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第3話 嫉妬
しおりを挟む───魔力が感じられない? 空っぽ? まさか、そんなはずは無い!
だって、私の魔力はいつだってあんなに溢れんばかりで……
『えっと、空っぽ? 先生、何を仰っているのですか?』
クラクラする頭をどうにか抑えながら私はお医者様に訊ねる。
お願い! 怒らないから勘違いでした、そう言って! と願いながら。
けれど、無情にもお医者様は難しい顔をしたまま静かに首を横に振る。
『そのままの意味ですぞ、ルキアお嬢様』
『……』
『今のあなたには魔力が全くありません』
『そ、そんなはず無いわ!』
そうよ! それなら、今も感じるこの身体の怠さを癒して見せればー……
そう思った私は先程中断した癒しの力を自分にかけよう……とした。
しかし。
(───え!? 嘘、でしょう?)
『………………っ』
何故か全く発動しない。
(何で!? 今まで一度だってこんな事は起こらなかったのに)
まさかまさかという思いから、今度は自分の魔力を辿ろうとした。
けれど、何故か自分の魔力を辿る事が出来ない。
これは力を使い過ぎて一時的に空っぽになったのとは違う。
───本当に……無い。魔力が全く無くなってしまった。
『そんな……そんな事って……』
それからの我が家は大騒ぎだった。
お父様は慌ててお城に向かい、お母様には泣かれ……
(どうしてこんな事に?)
私は自分自身の身に起きた事がとにかく信じられず、数日間は動く事も出来ずずっと呆然としていた。
────……
(1週間経って少しは心の整理もついたつもりでいたけれど、まだまだね)
ふとした事ですぐ思い出してしまう。
そのせいで顔が曇ってしまった私をミネルヴァ様は見逃してはくれなかった。
「あら? ルキア様。顔色が悪いですわよ? どうかされたのですか?」
「……あ、いいえ、別に何でもないわ」
私がそう返すとミネルヴァ様は、うーんと首を傾げる。
「そう、ですかねぇ? でも、何だか元気が無いように見えますわ?」
「…………それなら、少し疲れてるのかもしれないわね」
私がそう答えると、ミネルヴァ様はニッコリとした笑顔を浮かべる。
「そうですわ! ルキア様はいつも皆様の為に頑張って来られた方ですもの。少しは休息も必要ですわ!」
「……ミネルヴァ様……」
「ご安心ください! 私はまだまだルキア様の足元にも及ばない程の未熟者ですけどルキア様の代わりはしっかり果たしてみせますわ!」
「……」
(……ご苦労様。だから貴女は引っ込んでいて?)
「っ!?」
───何故かミネルヴァ様の言葉がそう言っているように聞こえてしまったのは私の心が荒んでいるからなのかもしれない。
(あぁ、なんて醜い嫉妬なの。自分が嫌になる)
「ルキア様? やっぱり変ですよ?? 何かありましたか?」
「……」
ミネルヴァ様に対してなんて答えたらいいのか分からず、曖昧な微笑みを浮かべる事しか出来ない。
そんな時だった。
「──ルキア」
後ろから私の名前を呼ぶ声がした。
この声はどこからどう聞いてもシグルド様の声に間違いない。
シグルド様はお忙しそうだったので“見送りはいりません”そう伝えて私達は部屋で別れたはずなのに?
(まさか、わざわざ追いかけて来た?)
「えっと、シグルド様?」
「あぁ、良かった。まだ近くに居てくれた」
そっと振り返るとシグルド様はホッと安心したような笑顔を浮かべながら私の元へと歩いて来る。
(いったい何の用──……)
「あ、もしかして、私、何か忘れ物でもしてしまいましたか?」
シグルド様がわざわざ追いかけて来る理由なんてそれくらいしか思い付かなかった。
するとシグルド様は頷きながら言った。
「あぁ、そうなんだ。私もうっかりしていてね」
「や、やっぱりそうでしたか……それはお手数をお掛けしました」
いけない、私ったら。
シグルド様はお忙しいのにお手を煩わせてしまったのだと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になる。
しかし、シグルド様はそんな私の様子を気にする素振りも無く言った。
「ルキア、手を出して?」
「手、ですか?」
「そう、両手を出してくれる?」
「両手ですか? は、はい……」
よく分からないけれど、言われるがままに手を出した。
「はい、これ」
そして、その手に乗せられたものを見て私は小さく「あっ!」と声を上げた。
「そう。さっきのお菓子の残りだよ。このお菓子はルキアの為に用意させたものだからね。帰りに残りを全部渡そうと思っていたのにウッカリしていた」
「あ、ありがとうございます……!」
(その為にわざわざ……?)
何とも言えないむず痒い気持ちが湧き上がって来る。
「───と、言うのは、実は口実でね?」
「……は、い?」
「もう少しだけ、ルキアの顔が見たかったんだ」
「……なっ!?」
そんな恥ずかしい事を言われたので、せっかく落ち着いたはずの頬の赤みが一気にぶり返す。
この王子様はなんて事を言ってくるの!
「あ! また、赤くなった」
「い、言わないで下さいませ!!」
私が赤くなった頬を押えたまま反論するとシグルド様は愉快そうに笑う。
「ははは! ルキア可愛い」
「で、ですからーー……」
「可愛いものは可愛いよ」
「~~~!」
……なんて、いつもの調子で二人の世界を作ってしまっていた私は、この時この場にいたもう一人の存在をすっかり忘れてしまっていた。
「お…………お二人……は、随分と仲が、よ、よろしいようですのね?」
(───あ!)
ミネルヴァ様の少々震えたようなその声でハッと我に返った。
そして、シグルド様もミネルヴァ様の発したその声で初めて彼女が今、ここにいた事を認識したらしい。
「えっと君は……?」
「ティティ男爵家のミネルヴァですわ、王太子殿下」
ミネルヴァ様は待ってました! と言わんばかりで弾んだ声を出した。
「……あぁ、ティティ男爵家。確か、先日……」
「そうですわ! ルキア様と同じ力を持っている事が分かりました、と先日ご挨拶させて頂きましたの!! 覚えていらっしゃるなんて、きゃー嬉しいです!」
「まぁ、珍しい力だからね」
シグルド様はそう言いながらニコッとした笑顔を見せたけれど、その表情はどこか硬いようにも思えた。
(……私の気の所為かしらね?)
私が内心で首を傾げていると、ミネルヴァ様はどこか興奮したまま話を続ける。
「そうですのよ! 私もまさか自分がと驚いておりますの! ですので王太子殿下、私は必ずこの先、貴方様の役に立ってみせますわ!」
「そうか」
「……ふふ、当然ですわ! だって私は────ですもの」
(今? なんて言った?)
ミネルヴァ様の言葉は、聞きなれない響きだったせいか、最後だけよく聞こえなくて、それが何だか妙に気になった。
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