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それから ②
しおりを挟む「ヴィンス様……ど、どうして、ですか?」
「……」
馬車が止まりヴィンス様に到着したよ、と言われてそこで初めて窓の外を覗いた私は、思わず息を呑んだ。
(こ、ここは……)
こんなの、どうしてと聞かずにはいられない。
ヴィンス様は動揺する私を抱き寄せると優しい声で言った。
「ミリアはさ、十歳の時に王宮に来てから一度も言わなかったよね」
「な、何をでしょう?」
なんの事を言われているの分からずに私が聞き返すと、ヴィンス様は切なそうに笑った。
「“故郷に帰りたい”って」
「!!」
ビクッと震えた私の身体をヴィンス様がそのまま腕を回して優しく抱きしめる。
「ミリアは今回の件で王宮から逃げ出す時も、トパーズ男爵領を逃げ場所として選ばなかったよね」
「……」
「むしろ、ミリアは真逆の方向に逃げていた」
「……」
───あぁ、きっとヴィンス様は気付いていたんだわ。
私が心の奥深くにしまい込んでずっと気づかない振りをしていた心残り。
国民のために……と口にしながらも本当はずっと頭の中にチラついていた人達──両親の事を。
「両親に心配かけたくなかったんだろう?」
「だ、だって……」
喜んでくれたから。
未来が視える聖女だなんてミリアは凄いねって、誇りだよって。
「分かってるよ。だから、ここに来たかったのは僕の勝手な我儘なんだ。ちょっとだけ付き合ってくれる?」
ヴィンス様はそう言って私にそっと手を差し出してくれた。
「……」
私は無言で頷きながらその手を取った。
馬車を降りると、懐かしさに思わず身体が震えた。
私が十歳まで過ごした場所。
あの日、初めての未来視をするまでは、この場所を出ることになるなんて微塵も考えていなかった。
「……私は一人っ子なので、婿をとる予定でした」
それが夢見の聖女となり、王子様の婚約者となり……それから。
本当に私の人生はガラッと変わってしまったんだな、と思う。
「今、トパーズ男爵家は親戚から養子を迎えたんだっけ?」
「そう聞いています。会ったことは無いのですが」
そう答える自分の身体が震えていた。
緊張? 十年ぶり以上に両親に会うから?
どうしてこんなに震えているのか自分ではよく分からない。
「……ミリア」
ヴィンス様がそっと手を握ってくれた。
その温もりに安心したら身体の震えは徐々に治まってくる。
「怖がらないで平気だよ? 絶対に大丈夫だから」
「え?」
「だってミリア……捨てられた子犬みたいな顔をしている」
「!」
怖い? 私は怖がっている?
両親に会うことを……?
そんな事をぐるぐる頭の中で考えているうちに、とうとうトパーズ男爵家の門の前に辿り着いてしまった。
─────
「……まさか、殿下とミリアが訪ねてくるなんて思わなかったなぁ」
「そうね、こんな日が来るなんて」
十数年ぶり会う両親は年こそとっていたものの、突然の訪問にも関わらず、昔と変わらない笑顔で私を出迎えてくれた。
「大きくなったな、ミリア。あんなに子供だったのに」
「そして綺麗になったわね」
「あ、ありがとう……ございます……」
そう言われると少し照れくさい。
「そうでしょう、そうでしょう! ミリアは可愛くて綺麗で昔から僕の自慢なんです!」
「ヴィンス様!?」
ヴィンス様が得意そうな顔で頷いたので私は驚く。
「なんでミリアが驚くの?」
「そ、それは……」
「だって、本当の事だろう? 僕はミリア以上に可愛い女性を知らないよ?」
「~~っ!」
「まあ! 仲良しなのね!」
顔を赤くする私を見て、お母様が嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。
「いくら聖女だと言われても、ミリアに王子様の婚約者なんて務まるのかしらと心配していたけれどね」
「これは取り越し苦労だったなぁ……」
(お父様……お母様……)
昔と変わらない暖かいほんわかした空気。なぜだか涙が出そうになる。
「夢見の聖女様の話が聞こえてくる度にミリアは頑張っているんだろうな、とずっと思っていたよ」
「お父様……」
「王宮の人に、聖女が帰りたいと言い出すと困るから連絡を取るのは控えてくれって言われて本当は悲しかったわ」
「え?」
お母様のその発言に衝撃を受けた。王宮の人たちに止められていた?
(私には自分から連絡を取るのは駄目だけど手紙が来たら返事くらいは書いてもいい……そう言っていたくせに!)
「可愛い娘への手紙くらいいいじゃない! ……と思ったけどねぇ」
「……」
「でも、ヴィンス殿下が毎年、丁寧な手紙をくださって、ミリアの様子も聞けていたから、元気なのだろうなと安心していたんだよ」
(───え!)
お父様のその言葉を聞いた私は、すごい勢いで横にいるヴィンス様の顔を見る。
───初耳なんですけど!?
私の視線の圧を感じたヴィンス様は苦笑いしていた。
(これは後でよーく話を聞かないと!)
「遠くに離れていてもずっとミリアを思って応援していたよ」
(……あ!)
お父様のその言葉を聞いてようやく自分が何に怯えていたのかが分かった。
(あぁ、私、また勝手に決めつけていた)
逃亡先に領地を選ばなかった理由──……
迷惑をかけたくない。お役御免の聖女だなんてがっかりさせたくない。
そう思った気持ちも嘘ではないし間違いじゃない。
でも、本当は、私の本音は───
(自分の居場所がもうここには無いのだとこの目で実感することが、ただ怖かったんだ……)
手紙は一度も来なかった。
十年も前に送り出した娘のことなんてもう忘れた。そんな風に思われていると知るのが嫌で。
……そんなはずなかったのに。
両親はここでずっと私のことを信じて思ってくれていたのに。
(本当に私はダメだわ……)
「お父様、お母様……ありがとうございます」
「ミリア!」
私は溢れそうになる涙を堪えながら両親に抱き着く。
二人はそれ以上は何も言わずに、とても優しく抱きしめ返してくれた。
トパーズ男爵家の屋敷を出て馬車に乗り込む。
乗り込んですぐに私はヴィンス様にお礼を言った。
「ヴィンス様、ありがとうございます」
「うん?」
「最後に……この国を出る前にここに連れて来てくれて」
私がそう口にするとヴィンス様は静かに微笑んだ。
「僕の我儘だと言っただろう? ミリアはそれに付き合ってくれただけだよ」
「ヴィンス様……」
(私、やっぱりヴィンス様が好き! 大好き!)
そんな気持ちが溢れる。
「国は違っても、今度は手紙を送る事が出来る。新しい場所で落ちついたら手紙を出そう?」
「はい!」
王都で起きたことが各地域に広がるのはまだまだこれからだ。
“聖女が不在”になった事や第二王子の王族離脱を、陛下や王太子殿下、王宮の人たちはどのように公表するつもりなのか……私には分からない。
ただ、変な噂として耳に入る前に……と私はお父様とお母様に話をした。
その上でヴィンス様とこの国を出て二人で生きていくことも告げた。
二人は「大変だったね」と頭を撫でてくれて、私の新しく進もうとする道を応援するとまで言ってくれた。
「ミリア……」
「ヴィンス様?」
ヴィンス様の手がそっと私の頬に触れる。そしてゆっくり顔が近付いてきた。
チュッと優しく触れた唇は甘くて幸せの味がした。
(ヴィンス様は聞かなくていいと言ったけれど)
何だか無性に夢で視た未来を聞いて欲しくなった私はヴィンス様に声をかける。
(やっぱり二人で協力してあの幸せな未来を目指したいもの!)
「ヴィンス様」
「うん?」
「私が視た夢の話……聞いてくれますか?」
「……いいの?」
私は微笑みながら頷いてそっとヴィンス様に耳打ちをした。
「はい。実は───……」
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