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28. 愛しい人 (ヴィンス視点)
しおりを挟むガックリと項垂れる父上を見て思った。
まさか、この僕が親子だといっても国王陛下に対してあんな風に声を荒らげるなんて想像もしていなかったんだろうな。
(だって、許せなかったんだ……)
父上も兄上も……誰もミリアの気持ちを考えていない。
あの女による香りに操られていた部分があるにせよ、長年、夢見の聖女として尽力してくれたミリアにした事を忘れたのか? そう言いたくなるくらいの手のひら返しっぷりだった。
せめて、もっと反省した様子を見せるのかと思いきや……軽い謝罪に、今後も国に仕えるのが当然と言わんばかりの主張。
これはミリアが見切りをつけるのも当然だ。
だってミリアは僕の質問に迷いの無い目で答えてくれていたんだ。
『私はこの国の“聖女”として生きるつもりは無いです』
『ヴィンス様さえ一緒にいてくれれば、私は生きていくのがこの国じゃなくたって構いません』
ミリアは国民のためにと言って、今回王都に戻る事を決めたけど、内心では僕が口にした“二人で国を捨てて逃げちゃう?”に心揺れていたんだとその言葉を聞いて分かった。
そんなミリアの気持ちが嬉しくて思わず抱きしめた時、更にミリアは言ってくれた。
『それに、ヴィンス様を傷付けて監禁したことは絶対に許せません』
(本当にミリアは他人の事ばっかりだ……)
愛しい頑張り屋さんの僕の聖女は昔からそうなんだ。
自分よりも他人の心配ばかりして、他人の為に頑張ってしまう。
僕がずっとそばで見てきたミリアはそんな子だった。
『ミリア、そんなに本を抱え込んでどうしたの?』
『これですか? もちろん勉強です!』
『勉強? 今だってミリアには講師がついて……』
男爵家出身で聖女の力を見出されて僕の婚約者となったミリアには未来の王子妃となる為の教育が詰め込まれていたはずだ。
そこに更に勉強するだって?
『お妃教育の勉強では足りない事ばかりなんです』
『足りない?』
『はい! 私が視るこの予知夢……もっと活かすには私の知識が足りません』
ミリアはとにかく頑張り屋さんだった。
男爵家出身の令嬢のくせに───
夢見の力なんて───
影でそう言われてショックを受けているはずなのに、それならもっと頑張って認めてもらう!
そう言って無茶をする。
『ミリア……』
『ヴィンス様! 私、皆様のお役に立てるようにもっともっと頑張ります!』
ミリアの笑顔はとても眩しかった。
そんな僕に出来ることは、ミリアを見守る事だけ。とても歯がゆかった。
あとは、せいぜい王子の権力を使ってミリアに危害を加えようと企む奴をボコボコにするくらい───
「ヴィンス! お、お前、父上に対してなんて事を言うんだ」
「……」
兄上が真っ青な顔で僕にそう言ってくるけど、もう関係ない。
僕はいつかこの兄上が治めることになる治世をミリアと二人で助けて支える事が目標だった。
それが自分の役目だと思っていた。
(でも、もうそんな気はさらさら無い!)
「──今の言葉は父上だけでなく兄上、あなたにも向けた言葉ですよ?」
「……っ!」
「兄上や父上がなんと言おうと、僕とミリアはこの国に尽くす事はありません」
「……ヴィ、ンス……」
僕は兄上に冷たい目でそれだけ言って、愛しのミリアに向かって言う。
「言いたいことは言ったし、やるべき事も済んだ。それじゃ、行こうか? ミリア」
「はい!」
ミリアも頷いてくれたので僕らは互いの手を取り部屋から出て行く。
部屋から出る寸前、最後に後ろを振り返ると、未だに項垂れたままの父上、放心状態の母上、言葉を失ったまま呆然と立ち尽くす兄上、そんな空気にどうしていいか分からずオロオロするだけの義姉……
(……この国は終わりだな)
このまま彼らが何も変わらなければ、この国はあっという間に崩壊の一途を辿るだろう。
僕はそう思った。
でも……
「ミリアはこの国を離れても、国民の安全と幸せを願うんだろう?」
「…………ヴィンス様には分かっちゃうんですね」
「もちろん! ミリアの事だからね」
「!」
僕がそう口にするとミリアは照れ臭そうに笑う。
(可愛いなぁ……本当に可愛い)
今すぐこの腕の中に抱きしめてしまいたいくらい可愛い。
でも、馬車までは我慢だと自分に言い聞かせた。
「……ミリア」
「え! あ、ヴィンス、さま!?」
待機させておいた馬車に乗り込んだ僕はミリアの隣に腰を降ろして、さっそく迫る。
「ミリア、好きだよ」
「っ!」
耳元でそう囁いたら、ミリアの可愛い顔が真っ赤になって更に可愛くなった。
こんな顔を知っているのが自分だけだと思うと嬉しくてたまらなくなる。
そんな可愛いミリアを前にして全く我慢出来なかった僕は、チュッとミリアの唇に自分の唇を重ねる。
好きなんだ。
君が姿を消したと知って追いかけてしまうくらい大好きなんだ。
我ながら執拗かったとは思っている。それでも……僕の中にミリアを諦めるという選択肢はなかった。
ミリアにチュッチュッと甘いキスをたくさん贈りながら、僕は自分の指にはまっている指輪を見た。
(加護の力が込められてる指輪───)
ミリアは、どこまで信じて肌身離さず付けていてくれていたのかは分からないけれど、ミリアに贈った指輪には僕の特殊な力が込められている。
ずっと誰にも言ったことが無かったけど、何故か僕には物心がついた時から不思議な力……守護の力と呼ばれるものがあった。
自分に宿る不思議な力について詳しく調べてみると、この力は“聖女”が現れるのと同じで何百年かに一度、そういった力を持ったものが生まれるのだそうだ。
聖女との関連性には触れていなかったけど、僕はミリアと出会ってから、勝手に“聖女を守護する為の力”なのでは? と、解釈した。
(理由なんて何でもいい。僕がミリアを守りたかっただけだ)
そして、ミリアの成人祝いに僕の力を込めた石を使って指輪を作らせた。
それは僕のこの指輪と対になっている。
だから、僕はミリアが姿を消す直前、監禁されている部屋でミリアの異変を指輪から感じ取ったし、姿を消したミリアの居場所も薄ら感じ取ることが出来た。
(いつかミリアにきちんと話さなくては、と思ってるけど……)
この話をしたらミリアはどう思うかな? 引かれないといいな……
「んっ……ヴィンス、様……」
可愛いミリアの口から色っぽい声が聞こえて来た。
───しまった! 考え事に夢中でずっとミリアの口を塞いでしまっていた!
僕は慌てて唇を離す。
「ご、ごめん! 苦しかった?」
「……」
ミリアの顔を見つめると、顔は真っ赤なままだった。
なんなら目元が潤んでてドキッとする。
「く、苦しかったです……でも」
「でも?」
「ヴィンス様とこうしていられる事が……た、たまらなく幸せなんです」
(─────可愛っ!!)
───うぁぁあぁ! 可愛すぎる!!
そう叫びたくなる気持ちをぐっと堪えた。
だけど、ミリアの可愛さはそれでは収まらない。ミリアは破壊級の可愛さで僕を見ながら言った。
「で、ですから、ヴィンス様、こ、これからもよろしくお願いしま────え?」
「……」
「え? ヴィンス様!? だ、大丈夫ですか───!?」
あまりのミリアの可愛さにやられた僕は目を回してしまった。
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