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27. 王子様はお怒りです
しおりを挟む「そうか、そうか。それではよろしくた…………ん?」
陛下はニコニコと笑顔で頷いた……と思ったらすぐにギョッとして固まった。
きっと、頭のはで今、自分の聞いた言葉を繰り返しているに違いない。
「……! ……?」
そして、ふぅ……と深く息を吐いてからもう一度私を見て口を開いた。
「聖女ミリア……? 今なんと言った?」
「この国のために聖女として仕えるのはお断りさせていただきます、と申し上げました」
「……!」
私がもう一度、陛下の目をしっかり見つめてそう述べるとやっぱり陛下は固まった。
「待て待て、何を言っておるんだ。聖女ミリ……」
「いいえ! 何度訊ねられても、私の答えは変わりません」
「聖女ミ……」
「それから、大変申し訳ございませんが、聖女ミリアという呼ばれ方も不快です」
「……っ!」
ヒュッと息を呑んだ陛下の横から、ちょっと待てぇぇ! と間に入って来たのは王太子殿下。
「おい、お前たち……い、いったい何を言っているんだ!? ヴィ、ヴィンス! これは何事だ!」
「どうしました、兄上」
ヴィンス様は不思議そうに首を傾げながら王太子殿下と向き合う。
「お前! どうしました? でも首を傾げている場合でもないだろう!?」
「え? なぜですか?」
「ミリア嬢……夢見と癒しの聖女が断ると言っているんだぞ!? お前と結婚するのではないのか!?」
王太子殿下は今にも掴みかかる勢いでヴィンス様に迫っていく。
(ヴィンス様を傷つけたら王太子殿下であっても許さないわよ……!)
「もちろんです。何度も言ってますがミリアは僕と結婚しますよ?」
「だろう!? それなら───」
「いえ、僕達はこれから国を出て自由に生きると決めているので。だからミリアはこの国の聖女にはなりません」
「───は?」
王太子殿下も固まった。
あら? その顔! 親子そっくりだわ、なんて思ってしまった。
「父上、そういう事ですから。僕は今、この場で王位継承権を放棄します」
「ほ、放棄……だと?」
「はい。ミリアと生きていくのに不必要な物なので。むしろ、邪魔です」
陛下はヴィンス様に正気か? なんて目を向けるけれど、ヴィンス様は飄々とした様子で頷くばかり。
「じゃ、邪魔……だと!?」
「はい。ミリアは僕の……第二王子ヴィンスの妃にはなりたくないそうなので」
「妃に……なりたく、ない?」
陛下が驚愕の表情で私を見る。
私はにっこり笑顔で大きく頷いた。
───王都に戻り、ここに乗り込む前、ヴィンス様は私にこの先どうするつもりなのかと訊ねた。
あの時、私の心はすでに決まっていて、ヴィンス様にはっきり自分の気持ちを告げた。
私はこの国の“聖女”として生きるつもりは無い、と。
今回王都に戻ることを決めたのは、もう一度聖女として扱われたかったからじゃない。
レベッカ様を止めることと、レベッカ様が振りまいた呪いを国民のために浄化すること。
だから、その役目を果たした後はもうこの国にいる必要なんてない。
『ヴィンス様さえ一緒にいてくれれば、私は生きていくのがこの国じゃなくたって構いません』
そう告げたらヴィンス様は嬉しそうに私を抱きしめてくれた。
国王陛下は頭を抱えた。
「そんな……聖女、聖女がいなかったら我が国は……」
「知りません。そもそも“聖女の力”に頼りきりだからこういう事になったのでは?」
「なっ!」
ヴィンス様の言葉に陛下がぐっと言葉を詰まらせる。
「ミリアが夢見の聖女としてここに滞在していた頃、あなた達はいつも朝になるとミリアに“夢は視たか?”と大勢で詰め寄っていました」
「それは! 夢見の聖女なのだから訊ねるのは当然だ」
陛下からすれば、夢見の聖女なのだから毎日何かしらの夢を視て当然だとでも言いたいらしい。
「最初はそうだったとしても、年月が経つにつれてミリアの夢見の力は、毎日視るものではない力であることは分かっていたと思いますが?」
「そ、それは……」
陛下はヴィンス様からそっと視線を逸らすと目が泳ぎ始めた。
「ミリアが、“予知夢を視ていない”と答えると、あなた達はいつも分かりやすく失望の表情をミリアに向けていましたね?」
「よ、予知夢が視られなかったのだから仕方が……」
「───その時のミリアの気持ちを考えた事がありますか? 夢を視れないなら価値がない……そんな風に思わせる態度ばかりを取られてきたミリアの気持ちが!」
ヴィンス様が怒ってくれている。
それは私がずっと意識しないように思ってきたこと───
“夢を視なかった”
そう口にした時、私への態度を変えなかったのはヴィンス様だけだ。
他の人は表面上「そうですか。ではまた何か視た時はお話ください」とそう優しく口では言ってくれても、その目にはどこか落胆の色が常に見え隠れしていた。
影でため息をつかれていた事も知っている。
(───あぁ、だから私は夢見が出来なくなったんだ……!)
だんだん私の夢見の力は不安定になっていき、レベッカ様が現れた後、ずっと視ていないと気付いたけれど、その理由がようやく分かった。
レベッカ様が現れた事で、無意識に感じながらも考えないようにしていた、
“私はもう要らない”
そんな思いが強く働いて私自身が夢見の力を封印してしまっていたからだったんだ。
(……熱ッ!)
そのことをようやく理解した時、ヴィンス様から貰った指輪が熱を持った。
今はネックレスではなく指にはめているその指輪。それを私はじっと見る。
(本当に不思議な指輪ね)
落ち着いたらヴィンス様にこの指輪は何なのか聞いてみないと。そう思った。
(……そして、今夜は久しぶりに夢を視る気がする───)
「あなた達がこの先、癒しの力に目覚めたミリアをどう扱うかなんて簡単に想像出来ますよ?」
ヴィンス様の追求はまだ続いていた。
「毎日のようにミリアの元を訪れては、あれを癒せこれを癒せ……浄化しろと要求するつもりですよね?」
「……ぐっ!」
「そして何か不測の事態が起これば全部ミリアの力のせいにするのでしょう?」
「ヴィ、ヴィンス……」
「そして、少しでも力が弱まる兆候でも見られたら、またあっさりミリアを切り捨てる…………ふざけるな! いい加減にしろ!」
「……うっ」
(ヴィンス様……)
ヴィンス様の怒鳴り声に驚いたのか陛下はそれ以上は何も言わずに項垂れていた。
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