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偽聖女との対決 ③
しおりを挟む「───皆様、お目覚めですか?」
私がそう訊ねると、皆、どこか放心状態だった。
どうやら、まだ頭がはっきり起きていないのかもしれない。
だけど、時間が経ってだんだん意識がはっきりして来たのかすぐに声を上げる。
「わ、我々は何をして?」
「こ、ここ数日の記憶が……ない?」
「はっ! そうだ! 闇の力が!」
「……偽聖女は?」
国王陛下と王太子殿下の言葉を聞いたレベッカ様がチッと舌打ちをした。
(偽聖女……やっぱりレベッカ様は偽者ではないのかと、疑われていたのね……)
だけど、謎の香りの力で洗脳して誤魔化して逃げようとしていたんだわ!
国王陛下や王太子殿下様子から、あの香りは相当強い洗脳する力があるのだと分かる。
人を虜にするという謎の香りは、いったいどこまで心の奥に浸透していたのかしら?
「……あの温かい光が本物の聖女の力だったのか」
「待て? 夢見の聖女が……本物の癒しの聖女だった?」
「つまり、我々は……本物を追い出し偽者を聖女と呼んで……」
二人がうわぁぁと頭を抱えだす。
王妃殿下と王太子妃殿下はそんな二人を困った顔で見つめていた。
「────今さら遅いよね」
「ヴィンス様?」
ヴィンス様が私の肩を抱きながらそう言った。
「だけど、もし、自分も洗脳されていたらあんな風になっていたかもしれないと思うと想像するだけで寒気がするよ」
「ヴィンス様……」
私はヴィンス様の顔を見上げる。
「だって、ミリア以外の女性に愛を囁くなんて想像するだけでも気分が悪い」
そう言われて、ふと、前に見た夢を思い出した。
夢の中でヴィンス様はレベッカ様の頭を撫でていた。確かにあれはすごくすごく嫌だった。
「……わ、私も嫌です」
「ミリア?」
「ヴィンス様が触れるのも……あ、愛を囁くのも、全部、私だけ……がいいです」
「当然! ミリアだけだ」
私が照れながらそう伝えると、ヴィンス様は嬉しそうに笑ってそう言ってくれた。
あぁ、今すぐギューッと抱き着きたい気分!
───だけど、そんなほのぼのした空気を壊すのはやっぱりレベッカ様だった。
「ちょっと! 私の目の前で何しているのよ!」
「何って……愛しいミリアと愛を語らっているだけだが?」
「あ、い……ですって!?」
レベッカ様が悔しそうに顔を歪める。
「ヴィンス殿下は私と結婚するの! ……そうなると決まっ」
「───レベッカ様に聞きたいのですが」
レベッカ様の言葉を遮って私は口を開く。
「レベッカ様はヴィンス様の事を好きなのですか?」
「は?」
レベッカ様とまともに向き合う機会があまり無かったから気付かなかったけれど、さっきから違和感ばかり覚える。
だって、レベッカ様は自分こそがヴィンス様の相手だと執拗いくらい口にするけれど、ヴィンス様の事を好き! そんな気持ちは一切伝わって来ない。
(まるで、ヴィンス様を通して別の何かを見ているよう……)
私はこんな人に……ヴィンス様の事なんて、全く愛してもいない人と結ばれるべき、と願ってしまって押し付けようとさしていたのかと悲しくなった。
「好きじゃないですよね? ヴィンス様の素敵なところ……何一つ分かろうとしないレベッカ様には絶対に渡しません!」
「な、生意気言うんじゃないわよぉーー! 役立ずの聖女の分際でぇぇえ!」
「!」
レベッカ様が怒りに任せて手を振り上げる。
(た、叩かれる──?)
「ミリアに触れるな!」
「きゃっ!」
だけど、すかさずヴィンス様が止めに入ってくれた。
「痛っ……離して! 離してよ!!」
「誰が離すか! 離したらミリアを殴る気だろ?」
「だって、生意気なのよ! 聖女の私に……」
レベッカ様が強く抵抗しようとした時だった。
「レベッカ! これはどういう事なんだ!」
「貴様、我々に何をした!」
「……ひっ!」
頭を抱えていた陛下と殿下がようやく正気に戻ったのか、ヴィンス様に押さえつけられている状態のレベッカ様に詰めよっていく。
「レベッカ! 父上と尋問のためにこの部屋を訪ねてからの記憶が無いぞ!」
「し、知らないわ!」
「何だと……! それからさっきから、何をしているんだ!」
「だって、聖女は私だもの! ヴィンス殿下と、結婚するのも私、癒しの聖女として名を馳せるのも私……それ以外は有り得ないわ! 何で皆、私を偽者扱いするのよーーーー!」
レベッカ様のその言葉に強く反応したのか、これまで以上に黒い闇がレベッカ様の身体から出てこようとしていた。
「……っ!」
(───レベッカ様は、どれだけ負の気持ちを持ち合わせているの!)
「あはははは! 見なさい、私のこの力を! ミリア、あんたは私には勝てないわ! 聖女は二人も要らない。この私だけなのよ───!」
「レベッカ様……!」
「あはははは!」
光の力で応戦しようとしたけれど、それを上回るすごい闇の力だった。
そんな大量に放出された黒い力に私の身体が囲まれてしまう。
そして、大量の負の気持ちで増幅した呪いの塊が自分の身体に流れ込んで来たのが分かった。
(あ、これ……ダメ)
咄嗟に自分に向かって光の力をかけたけど、意識が持っていかれる……
「ミリア!」
(ヴィンス……様)
意識を失う前に聞こえたのは愛しいヴィンス様の声───……
─────……
また、夢を見た。
未来視の夢じゃない普通の夢。
だけど、私は本能で分かった。これは“悪夢”だと───……
───夢見の聖女ですって。
───男爵家出身のくせにそれで第二王子の婚約者? 聖女様ってすごいのね。
───夢を見てるだけのくせに。
───当たり外れもあるんでしょ?
(──あぁ、これは私が王宮に迎え入れられたばかりの頃の周りの声だ……)
そんな風に言われてしまう事が悔しくて悔しくて。
だから、少しでもヴィンス様の隣に立っても文句を言われないようにってたくさん勉強を頑張った。
ただ、夢を見るだけじゃなくて、どうすればいいのかも提案するようにもした。
『ヴィンス殿下!』
ヴィンス様の姿を見かけたらしい。まだ幼い私が駆け寄っていく。
この頃の私にとってヴィンス殿下だけが頼れる人だったから。
『ミリア? どうかした? あぁ、また何か夢を視た?』
『いいえ、昨夜は夢を見ていません。ただ、ヴィンス殿下の姿が見えたから……』
『違うの? ……なら、悪いけどごめん。僕は忙しいんだ』
『え? あ、そうですよね……ごめんなさい……』
幼い私が明らかに落ち込んでいる。
(え? 何これ。私の知ってるヴィンス様はこんな言い方しなかったわよ?)
だって、ヴィンス様はいつだって優しかった。
こんな風に突き放すような言葉は言わなかったじゃない────
そう思った瞬間、ぐにゃっと視界が歪んで場面が変わる。
今度は大人になった私とヴィンス様。
『ヴィンス殿下、一緒にお茶しませんか?』
『すまない、ミリア。今、忙しいんだ』
『そ、そうですか……』
(おかしい。やっぱり、ヴィンス様が冷たい)
どうして?
どうして私の知らない場面ばっかり……
過去と違う!
『ミリア……最近、君から夢を視たという話を聞かないね?』
『え……あ、それは……最近は調子が悪くて……その』
『はぁ、そんなんじゃ君はもう聖女とは言えないよね』
『ヴィンス、殿下?』
私の知っている優しいヴィンス様とは違う……なのに同じ顔をした彼は私に向かってとても冷たい目をして残酷な言葉を告げた。
『もう、新しい聖女もいるしね───君はもう用済みだ。要らない』
『そ、そんな! ヴィンス殿下!』
どうにか考え直してと縋ろうとする私の手を振り払ってヴィンス様は行ってしまう。
その向こうで、彼を待っているのは───レベッカ様だった。
二人は合流すると笑顔で微笑み合って、手を繋いで───
(何これ……何これ……)
もう、嫌! こんなの知らない。こんなのヴィンス様じゃないし、私じゃない!
なんでこんな悪夢を見なくちゃいけないの───……
夢だと分かっているのに。
それでも辛くて私の心が押し潰されそうになった、その時……
「────ミリア」
(……どこから聞こえるの?)
「……ミリア」
(ヴィンス様の声……ヴィンス様が私を呼んでる!)
「─────ヴィンス様! 助けて!」
私は必死にヴィンス様の名前を叫んで手を伸ばした。
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