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23. 偽聖女について
しおりを挟む「国王陛下の目……とても冷ややかでした」
「……」
「陛下だけではありません……王妃殿下、王太子殿下や妃殿下も……です」
そう、今思い出してもあれは異様な空気だった。
あれは、私が役立たずの聖女になった事を理由に向けられた眼差しではなかった──?
「……前にも少し口にしたけど、あの女は未来視は出来ない。一応、それっぽい事を語ってはいたけども」
「……」
「でも、父上を始めとして皆、それを信じた。それも不自然なくらいあっさりとだ」
つまり、ヴィンス様が言いたいのは、レベッカ様が語っていた内容は怪しかったのに皆、何一つ疑うことなく信じてしまった、という事ね?
だから、ますます警戒した、と。
「そんな事が二度三度続いて……その頃かな? に気付いたんだ。あの女が放つ甘ったるい花のような香りに」
「……」
「でも、かなり強く放っているはずなのに、不思議なことに誰もその香りを気にする様子がなかったんだ」
「あ! それは、私もです。全く感じた記憶がありません」
何故、ヴィンス様だけ敏感に感じ取れたのかしら?
「うん……みたいだね。誰に聞いても何の話だ? と言われた。理由は分からないけど、感じていたのは多分、僕だけ……だったのだろうね」
「香りを感じとってしまったから、ヴィンス様はレベッカ様の虜にならなかった?」
「あれは、無意識下で人の心に影響を与えるものなのかもしれない」
───そんなのゾッとする。
色々、想像してしまって私はブルッと身体を震わせた。
「あの女はそれを分かっていて……日に日に僕の前では匂いがきつくなっていったから、効いている様子のない僕に対して焦っていたんだろうなとは思う」
嘘の未来視に加えて、体質なのか意図的なのかは分からない香りで皆の心を手に入れる……何がしたいの?
「レベッカ様の目的って何なのでしょう?」
「え?」
「未来の王妃になりたい! だったら王太子殿下の妃の座を狙いますよね? でも、レベッカ様はヴィンス様と結婚するのは自分だと私に言いました……」
そうなると未来の王妃になりたいとは思っていなさそう。
では?
「……僕としては“聖女”としてチヤホヤされたい! が一番な気がするけどなぁ……」
「……」
そんな理由で?
と、思ったけれど、レベッカ様なら有り得るかもしれない。そう思った。
もしそうなら、黒い力を生み出す今のこの事態はショックに違いない。
そして、だいたいのレベッカ様の事が分かった所で、一つ疑問が浮かんだ。
「ヴィンス様」
「うん?」
「ところで、なぜヴィンス様はレベッカ様の未来視がおかしいと思ったのですか?」
確か前にレベッカ様の未来視は“誰かに限定した個人だけの未来”を語っていたからだとヴィンス様は言っていたけれど。
「ああ、簡単な話だよ。あの女が僕に告げた事が完全に間違っていたからだ」
「間違っていた?」
私が聞き返すとヴィンス様はピタッとその場に足を止めた。
慌てて私も足を止める。
間違っていた──確かにそうなると、その力を疑いたくなる気持ちは分かる。
でも、なぜ……?
「ミリア……」
足を止めたヴィンス様が、甘く優しい声で私の名前を呼びながら頬を撫でた。
擽ったいけど胸がドキドキするわ。
だけど、急にどうしたの?
そう思っていたら、ヴィンス様が熱っぽい目で私を見つめる。
「僕はミリアのことがずっとずっと大好きなんだ」
「は、はい……知って、ます」
急にそんな事を言われてしまっては私の顔が熱くなる。
もう、余計な思い込みはしない。ヴィンス様の気持ちはちゃんと分かっているからこそ余計に。
「───なのに、あの女……レベッカはそんな僕の気持ちを否定したんだよ」
「え? 否定?」
ヴィンス様が心底嫌そうな顔で頷く。
「しかも! さも、まるでそれが当然であるかのように言ったんだ」
「……! な、なんて言ったのですか?」
私が聞き返すと、ヴィンス様は躊躇いの表情を浮かべた。
「大丈夫です! 教えてください」
そう頼み込むと、ヴィンス様はもう一度優しく頬を撫でてから口を開く。
「───『聖女だから……なんて理由だけで選ばれた令嬢と婚約していてお辛いですよね』『本当は自分にはもっと相応しい人がいるのでは? そう思っていらっしゃるんでしょう?』と、最初に言われたよ」
「……」
(少し前の私が考えていた事みたい……)
「僕は聖女だからミリアが僕の婚約者になってくれて嬉しかったし、ミリア以外の人なんて一度も考えた事が無かったのにね」
「ヴィンス様……」
「父上や母上、兄上達が何を言われて、そしてそれがどこまで当てはまったのかは知らない。でも、少なくとも僕は……僕にとってはあの女の言うことは全て嘘だった」
そう言ったヴィンス様が、顔を近付けるとチュッと軽く私にキスをした。
──こ、こんなところで!
と言いかけて気付いた。
「そ……そういえば、王宮なのに、ぜ、全然人がいませんね」
「門番も立ち入りを制限していたから全体的に人が少ないんだとは思う」
「…………やっぱりこのままじゃ駄目です! 行きましょう」
改めてそう決意し、再び歩き出した私達はレベッカ様の部屋へと急いだ。
「……」
「ミリア? 大丈夫?」
レベッカ様の部屋の前に着いた私は、扉を見つめて一瞬佇んだ。
目敏いヴィンス様はすぐにその事に気付いた。
「大丈夫です。ただ、またここに来るとは……そう思ってしまいました」
「……もともと、ミリアの部屋だったからね」
(不思議……何だかここに住んでいた事がもうすごく昔のことのような……)
実際は出てからほんの数ヶ月しか経っていないのに。
この部屋に来ること。
本当はもっと辛い気持ちになるかと思っていたけれど、そうでないのは……
私はチラッと横にいるヴィンス様を見る。
(ヴィンス様が隣にいてくれるから)
「……ミリア。さっきも言ったけど今、レベッカの立場はどちらか二つだ。僕としては尋問してくれていればいいな……そう思っているんだけど」
「もし、レベッカ様がヴィンス様の言っていた先程の香り……を皆に使っていたら」
この扉を開けた後は敵だらけ……になる。
それも、謎の香りで彼女の虜になっている人達に守られている……なんてなっていたら、もう面倒でしかない。
(───それでも、こんな事は終わらせる!)
私はこの先の人生を変に縛られることなくヴィンス様と自由に生きていきたいから。
「……」
「……」
私たちは顔を見合せて無言で頷き合うと、扉を開けた。
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