【完結】どうか、ほっといてください! お役御免の聖女はあなたの妃にはなれません

Rohdea

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22. 王子と聖女の帰還

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「……雪が」
「かなり、積もっていますね」

  それから、私たちは王都に向けて出発した。
  そして久しぶりに足を踏み入れた王都はすっかりと景色を変えていた。

「御者の方がこれ以上は無理だというから降りてみれば……」

  辺りは雪、雪、雪!

「どこを見渡しても真っ白ですね」
「ミリア、寒くない?」

  本当にローブがあって良かったと心から思った。

「私よりもヴィンス様の方が薄着ですよ?」
「ありがとう。でも僕は大丈夫」

 (まさか、ここまでだなんて……)

  雪は今も降り続いている。
  このままでは街の各機能はストップ……いや、もう遅いかもしれない。

「早くどうにかしないと……」

  この異常気象ともいえる雪がレベッカ様のせいなら、私は早く彼女を止めないといけない。
  私がグッと拳を握りしめる。

「ミリア、仕方がない。ここからは歩きだ」
「はい」

  ヴィンス様が手を差し出してくれたので、私はそっとその手に自分の手を重ねた。
  この尋常ではない寒さでお互い冷えきっているはずの手は、何だか繋ぐと不思議と温かく感じた。



「ヴィンス様の髪色が元に戻っているから変な感じです」

  手を繋ぎながらお城までの道を歩いているけれど、慣れない雪道のせいで、すごく時間がかかってしまう。

「そう?」
「私ったら、すっかり黒ヴィンス様に慣れてしまっていたみたいです」
「黒ヴィンスって……」

  ヴィンス様が苦笑いする。
  王都に戻るにあたってヴィンス様は髪色を元の金色に戻していた。
  曰く、ここまで来たらもう変装の意味は無い、という事らしい。

「んー……ミリアは黒ヴィンスの方が良かった?」
「え?」
「ミリアが望むなら、この先の僕は一生黒色でも──」
「いえいえいえ!  まさか!  黒色でも金色でもヴィンス様であることに変わりはありませんから無理に変えないで下さい」
「そう?」
「そうです!」

  (だって、黒でも金でもヴィンス様は私の光だもの!)

  私がそう心の中で思っていたら、ヴィンス様がじっと私を見つめていた。

「えっと、何か顔についてます?」
「……王城に着く前にミリアに一つ聞いておきたい事があるんだ」

  ヴィンス様の目が真剣なので、これは真面目な話なのね、と私も背筋を正す。

「僕らはこれから王城に戻って、この異常気象の原因だと思われる偽聖女のレベッカを退治する」
「そうですね」

  私は頷く。

「その際、ミリアに新しい力……本当の癒しの力が備わっている事を皆が知る事になるはずだ」
「ええ。それでレベッカ様がめちゃくちゃにしたものを戻さなくては、と思っていますけど」

  とにかく優先順位はレベッカ様の力の封印が一番。
  一応、力を押さえ込んだとはいえ、復活されたら厄介なので。
  この国の復興はレベッカ様をどうにかしてからと決めている。

「うん。それで僕が聞きたいのはその後だよ」
「その後、ですか?」

  ヴィンス様がギュッと手を強く握った。

「────ミリアは全てが元に戻った後、どうするつもり?」
「え?  どう?」
「その事をちゃんと聞いていなかったな、と思ってさ」
「……」
「父上を始め、兄上や君を追放する事に同意した者たちはおそらくミリアを……」

  ヴィンス様が何を言いたいか分かった。
  彼らはきっとレベッカ様に擦り寄って私を追放した事など嘘だったかのようにコロッと手のひらを返すのだろう。
  ヴィンス様が危惧してるのはそれだ。
  優しいこの人はそれで私がどう思うかを気にしてくれている。

「……ヴィンス様」

  私はギュッとヴィンス様の手を握り返した。

「ヴィンス様は言ってくれましたよね?」
「うん?」
「───僕が欲しいのは“ミリア”であって“聖女”や“王子の妃”ではないんだ、と。その気持ちは」
「もちろん、今も変わってない!」

  ヴィンス様は私が質問を最後まで言う前に私の欲しい言葉をくれた。
  その事に安堵して私は微笑みを浮かべる。

「……ヴィンス様がそう言ってくださるなら、私の気持ちはもう決まっています」
「ミリア?」
「私は────」



─────


「待て。今、不要不急な人間の王城への出入りは禁じている!」

  どうにか雪道を歩き続け、私とヴィンス様は無事に王城に着いた。
  おそらくそうなるとは思っていたけれど、私たちはやはり足止めをされてしまう。
  
  (自国の王子の顔も分からないの?  と問い詰めたい所だけど……)

  まさか、逃走中の王子がこんなに堂々とひょっこり戻って来るとは門番も思うまい。
  それに今、ヴィンス様には雪が積もっていて姿が分かりにくいというのもある。

「……自分の家に帰って来ただけなのに随分な言い草だね」
「は、い?」
「この顔が分からないのかな?」

  ヴィンス様が積もった雪を払いながら、にっこり笑顔で門番を脅し始めた。
  笑顔だけど目の奥が笑っていない。

「……ひっ!?  ヴィ、ヴィンス殿下!?  ほ、本物!?」
「へぇ、偽者なんているのかな?  初めて聞いたけど」

  ヴィンス様の言葉に門番はは冷や汗をかいて大きく動揺している。

「え、いえ!  ヴィンス殿下は、逃ぼ……失っ……ゆ、行方不明と聞いておりましたので!」
「……」
「も、戻られたのですね……ど、どうぞお通りくださいっ……!」

  ヴィンス様に軽く睨まれた門番は慌てた様子で中に通してくれる。
  てっきり、連れのローブを被った怪しい人間の私について聞かれると思ったのに動揺しすぎたのか何も聞かずに通してくれた。

  (良かったわ……)

  そう思いながら王城の中に足を踏み入れた。

「うーん……僕の登場に動揺したせいのか、今回、ミリアへの追求がなかった事は面倒事にならずに済んで助かったけど普段なら減棒ものだよね」
「明らかに怪しい人間を通してしまってますからねぇ……」

  そんな話をしながら私たちはまっすぐレベッカ様の部屋へと向かう。

「ミリア」
「はい」
「おそらくだけど、今、王宮でのあの女の扱いは……これまで通り聖女としてチヤホヤされている……か、聖女の資質を疑われて尋問を受けている……かのどちらかだと思うんだ」
「え?」

  それはまた、両極端だわと思った。

「ミリアが強い黒い力を感じ取った事からおそらく後者だと僕は思っているんだけど」
「だけど?」
「……もし、後者ならあの女の退治はやりやすいと思うんだ。でも……」

  何かしら?  ヴィンス様の言葉の歯切れが悪い。

「……あの女には、聖女の力とは別に妙な力……いや、体質なのかな……がある」
「どういう事ですか?」
「うーん……なんて言葉にすればいいのかな?  ざっくり言うと人を虜にする」
「え?」

  虜?  人を虜にする体質?

「……ミリアはあの女と接して感じなかった?」
「何をですか?」

  私はレベッカ様と数度、顔を合わせた時の事を思い浮かべる。

「あの女からは常に不思議な匂いがする。甘い花のような香りだ」
「甘い……花のような香り?」
「香水なのか……それとも香り袋のような物を持っているのか。そこまでは分からない」
「え……」

  そう言われても私は彼女と会った時にそのような香りを感じた記憶は無い。

「ただ、僕はずっとその香りが不快で仕方なかったんだ」
「不快……」

  そこまで思うのはよっぽどの事だと思う。

「僕はそれこそが、皆の様子が大きく変わった原因だと思っている」
「大きく変わった?」
「それまで長年、夢見の聖女として尽力して来てくれたミリアをあっさり放り出して蔑ろにした原因だよ」
「!」

  ヴィンス様にそう言われて、あの解任を告げられた日の皆の冷たい目を思い出した。
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