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13. 大事にしなくちゃいけなかったもの

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「ミリア……」
「!」

  ヴィンス様のその悲しそうな声を聞いて、私はようやく自分の発した言葉がどれだけ酷かったのかに気付かされた。

「……っ、ヴィンス様、わ、私───」
「妃にはなれない、か。うん。分かった、いいよ?」
「……」

  (……え?  いいよ?)

  私が言いかけた言葉を遮って発せられた言葉は「いいよ?」だった。
  その思ってもみなかった返答に私は唖然とした。
  なのにヴィンス様は私の混乱を知ってか知らずか握った手を離さないまま苦笑する。

「別にいいんだ。ミリアがなりたくないならにならなくてもね」
「ヴィンス、様?」
「だって僕が欲しいのは“ミリア”であって“聖女”や“王子の妃”ではないんだ」

  その言葉に強い衝撃を受けた。
  ヴィンス様が欲しいのは“私”───

  言葉を失った私と目が合ったヴィンス様は優しく微笑んだ。

「ある日、突然聖女なんて呼ばれるような存在になってしまって混乱しただろうに、それでも皆の期待に応えようと必死で頑張るミリア」
「……」
「苦手なことからも逃げずに前向きに挑んでいこうとするミリア」
「……」
「あとは、うん。本当は僕のことが好きなのに意地を張っちゃうミリア」
「……すっ!?  ど……っ!」

  す、好きって!
  え?  私の気持ち……バ、バレバレ?
  動揺が隠せない。

「僕はね?  そんなミリアをずっとずっと誰よりも近くで見てきて、“君”を好きになった」
「ヴィンス……様」
「聖女だから君を好きなわけでも、王子妃に相応しいから君を好きだと言ってるわけじゃないんだよ、ミリア」

  ヴィンス様の言葉の一つ一つが私の胸に刺さる。

  (バカだ……私……本当に大バカだ……最低……)

  誰よりも“聖女”に拘っていたのは私だ。
  だって“聖女”でないとヴィンス様の隣にいられないから。
  誰からも認められないから。
  
  (勝手にそう決めつけてた)

  本当に大事なのは……大事にしなくちゃいけなかったのはお互いの気持ちだったのに。

  未来の夢が視れなくなった……だから聖女ではなくなったので追放されて当然……
  だってもう私よりすごい力を持った新しい聖女がいるんだから……
  ヴィンス様はその聖女と結ばれる運命……

  そんな事を言い訳にして、自分が傷つきたくないからってヴィンス様の気持ちを無視して楽な方へと逃げていただけ。
  レベッカ様と結ばれる事はヴィンス様の幸せにはならない。私はこの事を分かっていたはずだ。
  だからこそ、本当は聖女ではなくなってしまった何も持たない“私”でも認めて貰えるように戦わなくちゃいけなかったのに。

  (それに……)

  ヴィンス様は分かってたんだ。私が聖女という存在に拘っていること。
  だから何度も……私が本物の聖女だって言い続けてくれた。
  ヴィンス様の本音は、聖女であろうとなかろうと私を求めてくれていたのに!

「……」

  (私だって、ヴィンス様が王子様だから好きになったわけじゃなかった……)

  確かに私達の出会いは結ばれる事が定められた、王子と聖女だった。
  でも、それよりも一緒に過ごしていく中で私は、“ヴィンス”という男の人を好きになった。

  ───どうして?  どうして私はそんな当たり前の気持ちを忘れていたの?

  王子と聖女は結ばれる……結ばれなきゃいけない────そんな気持ちばかりが頭の中に……
  ズキッ……
  突然、頭に痛みが走った。

  (……あ!)

  ……あぁ、そうか……
  最近やたらと見ていたヴィンス様と過ごした昔の夢は、そんな大事なことを忘れかけていた私にその気持ちを思い出させようとしていたのかもしれない───

  また、涙が溢れそうになる。
  でも、泣かない。今の私は泣く資格なんかない!

  私は、ヴィンス様から手を離すと自分で涙を拭う。
  そして頭を下げた。

「ミリア?」
「────ヴィンス様、ごめんなさい。私……私が間違っていました」
「え?」

  今、私がヴィンス様に伝えなきゃいけなかった言葉は、聖女がどうだとか婚約者にはレベッカ様がなるからとか、私では妃になれないとかじゃない。
  ヴィンス様が聞きたかったのもそういう事じゃない。
  彼が聞きたかったのはそんなしがらみを全部取っ払って残る“私の気持ち”だったのに。

  (───あぁ、ここに薔薇の花があればいいのに)

  ううん、駄目。そうじゃない。
  これはちゃんと自分の口で伝えなきゃいけないんだ。何かに頼っては駄目だ。
  私はもう一度涙を拭って顔を上げた。

「……好き、です」
「ミリア?」

  ヴィンス様の目をしっかり見つめる。

「私……もヴィンス様のことが、好き……なんです」
「……」
「聖女じゃなくてもいいから……妃にはなれなくてもどんな形でも……ヴィンス様と一緒に……いたい、です」
「……」
「あ、あなたが“王子”でなくても……好き!」

  ヴィンス様が黙り込んでしまった。

  (何を今更、調子のいい事を……とか思われてる?)

  ───それでもいい。

  私はぐっと拳を握る。
  それなら、今度は私がヴィンス様を追いかけるだけ!

「わ、私だって、ヴィンス様を守りたい!  あなたが好きだから!」

  私を信じ続けてくれたあなたを。
  そして、私の為に傷付いたあなたを、今度は私が守るわ!!

  ───私がそんな決意を込めた時だった。

  辺り一面に一段と眩しい光が放たれた。

「な、に……?」

  これまでの光とは比べものにならないくらいの眩しい光に驚きが隠せない。
  でも、この光はオロオロしているうちにすぐにスッと消えてしまう。

「な、何だった……の?」
「……」
「なぜ……」

  指輪が反応しているから、お花の件や先程のヴィンス様の怪我を塞いだのと同じ力……?
  でも、それにしては光の強さが桁違いだったわけで……
  ふと、そこでヴィンス様がずっと黙り込んだままでいる事に気付く。

「ヴィンス様……?  あの?」
「……」

  ヴィンス様がじっと自分の両腕を見つめている。
  そして突然、服の袖を勢いよく捲った。

「ヴィンス様……!?  いったいど……」

  突然、どうしたのかと声をかけようとして私はその光景にハッと息を呑んだ。

「……傷跡……が、消えている?」
「そうなんだ……」

  ヴィンス様も呆然とした顔で自分の腕を見つめている。
  さっきまで消えずに残っていたはずのヴィンス様の傷が今度は綺麗さっぱり消えていた。

  (どういうこと……?  まさか今の強い光が────)

「ミリア……」

  弱々しい声で私の名前を呼んだヴィンス様がそっと腕を伸ばす。
  そして、私をギュッと抱きしめた。

「ありがとう。君の気持ちが聞けて嬉しかった」
「ヴィンス様……」

  (もう、駄目……私に触れないで!  とは絶対に言わない)

  ここにいたいから。
  だから、私はそっと自分の腕をヴィンス様の背中に回した。

「……ミリア!」

  嬉しそうな声を出したヴィンス様の私を抱きしめる力がちょっと強まった気がした。







  ───そんな謎の光がちょうど辺境の地で放たれた頃……の王宮では。


  (……あ!  やったわ!)

「雨が……」
「おお!  本当に止んだぞ?」

  あんなに酷かった大雨が突然、ピタリと止んだ。
  
「レベッカ様の言う通りだった!」
「さすが聖女様!」

  (きゃーー!  さすが私!  適当な事を言っただけなのに天すらも味方につけちゃうなんて~!)

  先程までの嵐が嘘のように静かになり、なんと空には太陽まで現れた。

「ははは!  だから言っただろう?  聖女レベッカは凄い力の持ち主なのだと!」

  王太子殿下も一緒になって私を持ち上げてくれる。
  偶然なのか何なのか知らないけど、これは最高よ!  最高のタイミングだったわ!
  と、私が浮かれていると、そこへ大臣が飛び込んで来る。

「王太子殿下!  聖女様!  大変です」

  大変?  やめてよ、せっかくのいい気分の所なのに……

「は、氾濫していた川……起きていた土砂災害……そして避難中に怪我をした住民……全てが元通りになっています!」
「は?  元通り?」
「え?」

  私と殿下は同時に声を出す。

「ま、まるで……綺麗さっぱり、も、元の状態に戻っているのです!」
「そんなことが!?」
「~~……!」

  驚きの声を上げる王太子殿下。
  その横で私は喜びの悲鳴を上げそうになったのをどうにか堪えた。

  (────やったわぁぁあ!  私……ついに“覚醒”したんだわ!)

  ありとあらゆる全ての物を癒して浄化する最強の力よーーーー!
  何故かあるはずのは見られなかったけど、これは間違いないわ!  私の力よーーーー!
  だって、こんな事が出来るのは私しかいないもの───

「レベッカ!  これも……君の力なのか!?」
「そうですよ~殿下。これも聖女たる私の力ですよ!」

  私はニヤけそうになる口をどうにか抑えて微笑みながら答えた。
  ───そう。この先、大後悔する事になるこの一言を……

「ふふふ、この世に私に癒せないものなどありませんから!」

  王宮内は歓喜に湧いた。
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