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12. いけない距離
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しばらく無言で見つめ合っていた私達だったけれど、おそるおそる口を開いた。
「ヴィンス様……これはどういう事なのでしょうか」
(それに、また指輪が熱を持っている……?)
私はそっとペンダントにして首から下げている指輪を取り出す。
指輪の真ん中にはまっている石が淡く光っていた。
(え! 光っ!?)
私の手元を見ていたヴィンス様も口を開いた。
「ミリア……もしかしてそれ、僕のプレゼントした指輪?」
「え? は、はい、そうです」
私が頷いたらヴィンス様が目を大きく見開いて固まった。
驚かれる理由がさっぱり分からない。
「えっと、ヴィンス様、どうしましたか……?」
「いや……持ってくれてはいる、とは思っていたけれど本当に肌身離さず身に付けてくれていたんだと思うと嬉しくて……」
ははは、と照れ臭そうに笑うヴィンス様。だけど、その笑いはどこか寂しそうにも見えた。
もしかすると、これまでの私はずっとこの指をを指に嵌めていたのに、今はつけていなかったから寂しく思っていた……のかもしれない。
「だってこれは───」
「これは?」
「ヴィンス様が……わ、私を守ってくれる物だとって言ってくれました……から」
「あぁ、そうだね」
(違う! そうじゃない───効果なんて気にしたこと無かった)
これは、あなたがくれたから。
ヴィンス様が私のためにと用意してくれたプレゼントだから。
それだけで私の大切な大切な宝物なの。
……そう言えたらいいのに。
「……」
───って、今は指輪よりももっと大事なことがあるわ。
私は慌ててヴィンス様の腕を見る。
「傷……は塞がりましたね」
「うん。痛みがなくなったおかげか、不自由なく動かせるようになったね」
そう言って腕を振り回して見せるヴィンス様。
私は全く気付けなかったけど、どうやら今までは動かしづらかったらしい。
「でも……」
肌に傷跡は残っている。
今の謎の光と共に起きた現象は、どうやら開いていた傷口だけを塞いだみたいだ。
痛みは無くなったそうだけど、ちょっと不思議だと思った。
(どうして、こんなに中途半端なのかしら……?)
傷口は塞いだのに、傷跡までは消せないの?
そもそも、この現象は本当に何?
そんな中、ヴィンス様が小さな声で呟いた。
「……ミリアの言っていた、しおれていた花が元気になったというのも、これと同じなのかな」
「そう、かもしれません……いえ、多分そうです」
だって、どちらも私は心の中で願ったわ。
花には元気になって欲しい、ヴィンス様には傷が良くなって欲しい、と。
その瞬間、謎の光が起きて……
「…………まさか、夢見とは違う別の……力?」
指輪が反応しているのは“聖女の力”だから?
夢見の力を失くしたのと入れ替えに、実は新しい別の力が発現していたということ?
(そんな話、聞いたことがないわ)
私が指輪と自分の手のひらを見つめていると、ヴィンス様が優しく私の頭を撫でる。
「だから、言っただろう? ミリアはやっぱり聖女なんだよ」
「……聖女」
「そんなことは、既に分かっていた事だけどね」
「ヴィンス様……」
私自身ですら、もう自分は聖女じゃないと思っているのに。
ヴィンス様だけは、変わらずずっとずっとそう信じてくれていたのだと思ったらまた涙が溢れそうになる。
「ミリア……泣かないでくれ」
ヴィンス様の指がそっと私の目尻に溜まった涙を拭う。
「ヴィンス様……」
「……ミリア」
互いに見つめ合って名前を呼び合った。
すると、ヴィンス様の顔がそっと近付いて来て涙の跡にそっとキスを落とした。
(……え!?)
「だ、駄目です……!」
「どうして?」
うっとりこのまま身を委ねそうになった私は慌ててヴィンス様を突き放そうとする。
だって、これは“いけない距離”だ。
どう考えても今のは挨拶のキスではない。もっと特別なキスだった。
「どうして? だって、私とヴィンス様はもう婚約者……ではありません! だ、だから駄目なのです」
「ミリア……」
「ヴィンス様にはもう新しい婚約者となられたレベッカ様が、います」
(これはレベッカ様への裏切りだわ……)
申し訳なさでいっぱいになる。
やっぱりこれ以上は駄目だ。近くにいると何時までたってもヴィンス様の事が忘れられない……
「ミリア!」
「ヴィンス様、私達、もうこれ以上会うのは……」
「───待ってミリア!! ちゃんと僕の話を聞いてくれ!」
ヴィンス様が、ガシッと私の両肩を掴む。あまりのその勢いに私は何も言えずに黙り込んだ。
「まず、大前提として……僕はミリアとの婚約解消の話に頷いた覚えは無い!」
「……え? でも、陛下の命令が……」
「確かに命令はあったけど、僕は頷いていない。抵抗した!」
だから、閉じ込められたんだけど……とヴィンス様は悲しそうに言った。
「それに、ミリアが“本物の聖女”なんだから父上が言っていたのはそもそもミリアの事となる。だから、婚約解消はする必要は無い!」
ヴィンス様は強気にそう口にする。
「どういう事ですか?」
「ミリアも言っていたけど、父上も僕に言ったんだよ。“聖女と結婚するのが役目なのだ”と」
「……」
「だけど、あの女は偽者なんだ。だから、僕があの女と婚約を結ぶ事は有り得ない」
ヴィンス様の目がまっすぐ私を見つめる。
「だから、ミリア……」
「……っ!」
そんな目で見ないで欲しい。
私の決心なんて、簡単に揺らいでしまうのよ。
「僕は君に三本の薔薇を贈ったよ?」
「あれは……」
「たまたまではない、と言ったよね?」
「……っ!」
気まずくてヴィンス様の目が見れない。
「ミリア、三本の薔薇の意味……君なら分かるだろう? 僕は───」
「そ、それでも、駄目です……!」
(嬉しい……本当はあなたの気持ちが嬉しい、でも……)
私は首を横に振る。
夢見の力を失ったはずの私が、ヴィンスの言うように本当に聖女のままで、レベッカ様が偽者だったとしても、それをきちんと証明しなければ私は追放された役立ずの聖女のまま。
何も変わらないし、ヴィンス様の隣りには立てない。
(あの不思議な現象だって聖女の力なのかもまだ分からないもの……)
「駄目じゃない。僕が結婚したいのは君だけだ、ミリア」
「!」
ヴィンス様が、私の手を取りそっと手の甲にキスを落とす。
「ヴィンス……様」
「だから、頷いてくれミリア。不甲斐ない僕だけど、どうか今度こそ君を守らせてくれ」
そう口にするヴィンス様の目は真剣だった。
(ヴィンス様の目……真剣だわ……)
でも……
「む……無理です……わ、私はあなたの妃にはなれません!」
────私の口から出た言葉はこれだった。
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