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9. 三本の薔薇
しおりを挟む「しおれた花が元気になった?」
「気の所為……ではないと思うんです」
一晩考えても、よく分からなかったあの現象。
こうして改めて口にする事で、やっぱり気の所為ではないのだと思えてくる。
「……ミリアはその花を手に取ったの?」
「はい。それと……」
「それと?」
「……元気になればまだ頑張れるのに……と心の中で思いました」
……まるでこの願いが叶ったみたいな現象だわ、と気付く。
どういう事なのかしら──
「……ミリア、それって」
深刻な表情を浮かべていたヴィンス様が口を開きかけたその時、店の従業員用入口の扉が開く音がした。
「あ! 店主さんが戻ってきました」
「え?」
これ以上、ヴィンス様と長々と喋っているわけにはいかない。
ヴィンス様もその空気は察したのだろう。何か言いかけていた続きを口にするのは止めていた。
「ミリア。今日も薔薇を」
「え、えっと、また一輪でよろしいですか?」
「……」
何故か今日のヴィンス様は黙り込む。
「あの……?」
「いや───三本で」
「え?」
ヴィンス様が私の目の前で指を三本立てている。
「さん……ぼん、ですか?」
私の胸がドクンッと大きく跳ねる。
三本? 三本って……
「ああ。今日はそれでお願いする」
「は、はい」
(……偶然、たまたまよ)
いつも一輪だから少し増やそうとしただけ。
別にヴィンス様は本数の意味を全部覚えてるわけじゃないだろうし……
そんな事を考えながら用意するとヴィンス様はやっぱりお金だけを払う。
今日もこの薔薇は私への贈り物らしい。
(気にし過ぎだと分かっていても……照れくさい)
「……ミリア。話の続きは別の日にしよう。お休みはある?」
「休みは……明日です」
「明日……用事ある?」
「いいえ、特に何も」
私は首を横に振る。
「それなら、明日。デートしよう? ミリア」
「デ?」
私が目を丸くしていると、ヴィンス様はにっこり笑顔で言う。
「ほら、話の続きもしたいし……さ」
「あ、そういう……分かりました」
デートという響きに胸が高鳴ったけれど、目的は話の続きをすること。
そう分かって安堵した。
「……それじゃ、明日迎えに来るよ」
「は、はい」
「───ミリア」
ヴィンス様があの甘い声で私の名前を呼んだ? と思ったら、顔が近付いて来た。
(────え?)
そして、私の耳元に顔を寄せるとそこでそっと囁いた。
「薔薇を三本にしたのは“たまたま”じゃないからね」
「!」
ヴィンス様はそれだけ言って耳元から顔を離す。そして、私の顔をじっと見た。
「……ミリア、真っ赤だ」
「~~!」
「そんなミリアも可愛いよ」
「ヴィ……」
ヴィンス様は、あははと笑ってそのまま帰って行った。
私はそうして帰っていくヴィンス様の背中を何も出来ずに真っ赤な顔でただ見つめていた。
(薔薇の花束、三本……それの意味は───)
キュッと胸が痛かった。
そうして、ぼんやりしているうちに店主さんが戻って来た。
「ミリアさん、留守番ありがとう───って顔が赤いわ。熱でもあるの?」
「こ、れは違っ! …………あ、何でも……ないです」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
(もう! ヴィンス様のバカーーーー!)
私の頬の火照りはなかなか治まってくれなかった。
❋❋❋❋
「ミリア! お待たせ!」
「……」
(本当に来た……)
そして、翌日。
ヴィンス様は黒いのにあの金色だった頃の眩しい太陽のような笑顔でやって来た。
私の大好きだった笑顔。その変わらなさに胸がキュンとなる。
「ミリア? また可愛い顔が曇ってる……」
「……ヴィンス様のせいですよ」
「僕の……」
「あなたのくれた薔薇のせいです!」
私がちょっと軽く睨むとヴィンス様が苦笑した。
「まさかとは思うのですが……ヴィンス様は……お一人なのですか?」
「え?」
お店の前でずっと話し込むわけにもいかないので、とりあえず街中を適当に一緒に歩く事にした私たち。
そうして気が付いた。
(ヴィンス様の護衛の気配が全くない……!)
これまでなら、必ずこっそり近くに控えていたはずなのに。
「内緒で城を出たと言っただろう?」
「それは聞きました。でも──」
まさか、王子様なのに護衛までいないなんて思わなかった。本当に一人で抜け出して来たということ?
何故なの?
私の目線で言いたいことが伝わったのか、ヴィンス様の表情が少し翳る。
「……ヴィンス様?」
「───だ」
「?」
声が小さくて聞き取れなかった。
「……今、あの城では誰を信用したらいいのか分からないんだ」
「え……」
(どういう事……?)
私は不安気な表情でヴィンス様の事を見つめる。
そんな私と目が合ったヴィンス様は寂しそうに笑った。
「……ミリアはさ」
「!」
話し出したヴィンス様がそっと私の手を取り握り込む。
ドキッとしたけれど、離してとも言えず、そのまま手を繋いだまま私たちは歩く。
「本当に“あの女”が、聖女に相応しいと思ってる?」
「え?」
あの女……すごい言い方をしているけれど、レベッカ様の事だ。
またその話をくり返すのかとモヤモヤする。
「こ、この間も言いました! レベッカ様は私以上の」
「───違う。聞いてくれ、ミリア。あれは未来視なんかじゃないよ」
「は、い?」
未来視ではない? どういうこと?
「確かに何らかの形で“未来”のようなものは知っているんだと思う……だけど、あの女の力はミリアとは明らかに違う」
どういう意味?
私は眉を顰める。
「……ミリアは、誰かに限定した個人“だけ”の未来なんて夢に見ていなかっただろう?」
「そ、うですね。どちらかといえば、事故や自然災害……人が出てくるとすればそれに影響を受ける人達……という感じでしたけど」
そもそもの始まりだって大雨による川の氾濫を夢に見た事だったのだから。
(でも、一度だけ私とヴィンス様の未来の夢を見たけどあれは何だったのかしら?)
気にはなったけど今はヴィンス様の話の続きの方が気になる。
「うん。僕が思うに夢見の聖女の力ってそういうものなんだと思う」
「……」
「でも、あの女は違う」
「違う?」
私が聞き返すと、ヴィンス様が繋いでいる方の手にギュッと力を込めた。
「あの女は、そうやってミリアがずっと見続けていたような人々の幸せを守ることに繋がる未来、を見ることは出来ていない」
(……え?)
私と目が合ったヴィンス様は少し悲しそうに言った。
「だからさ……もしかしたら、王都ではその事を周囲もそろそろ実感し始めている頃かもしれないよ?」
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