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8. 不思議な現象
しおりを挟む「ミリアさん? 大丈夫?」
「え……? あっ! す、すみません!」
その声でハッと意識を取り戻した。
いつの間にか店主さんが戻って来ていたらしい。
そんな私を見て店主さんは、心配そうな表情になった。
「さっきからずっと呼んでいたのだけど、ぼんやりしてどうかしたの? 変な客でも来た?」
「へん……な」
(王子様が二日連続で来ています……とは言えない!)
変ではないけれど、店主さんが知ったら衝撃を受けてしまう気がする。
(しかも、その王子様……変装してこの街に滞在しているそうなんです……もっと言えない!)
「いえ、そんな事はなかったです」
「そう?」
私は笑って誤魔化した。
───まさか、ヴィンス様が黒ヴィンス様になっていた理由がただの“変装”だったとは。
『ちょっとね、皆に無断で城を出て来ちゃったんだ。今はまだ捕まって連れ戻されるわけにはいかないんだ』
ヴィンス様はバツの悪そうな顔でそう言った。
つまり、変装は追手のことを考えたから……なのだろうと思う。
確かに黒ヴィンス様はだいぶいつものヴィンス様とは印象が変わるけれども。
(それよりも、理由は……何?)
ヴィンス様はなぜ、無断で城を出て来たのかという理由は聞いても教えてくれなかった。
だけど……
勝手に想像して私の胸はトクンと小さく高鳴ってしまった。
(だって昨日、この店に来た時“見つけた”と言っていたわ)
もしかしなくても、あれは“私”の事だった?
つまり、ヴィンス様は私を探すために城を出た────?
(ずるい、ずるい、ずるい!)
ほっといて欲しいのに……!
そんな事をされたらいつまでたっても私はあなたの事を諦められない──……
「───ミリアさん。斬新な花束が出来上がってるわよ」
「はっ……!」
店主さんの言葉で意識を戻した私は、おそるおそる自分の手元を見る。
「迷わずその色を選んでいたけど、そんなに黄色と黒い薔薇が気に入ったの?」
「え! あ、これ、は……」
(ヴィンス様の事を考えていたらつい……)
これはどう考えても重症だ。
「花束なのだから、も、もっと華やかにしないとダメですよね! ……えっと、他の花、他の花……」
慌てて別の花を選ぼうとした。
すると、元気がなくなっているのか、ぐったりしおれてしまっている花が目に入った。
「あの、あれは……?」
「あぁ、売れ残っちゃった花でもう売り物には出来ないかなって花たちよ。残念だけどもう廃棄にするしかないかなって」
店主さんは寂しそうにそう言った。
(寿命……といえばそれまでだけど、そう聞くとやっぱり寂しいわ)
「廃棄……ですか」
私はそっとその花たちを手に取ってみる。
もう、要らない、用済みだとと捨てられてしまう運命のお花……
「……」
私はこの時、その廃棄になる予定の花に聖女の解任をされた自分の姿を重ねてしまった。
───お花さん……あなた達は、元気になりさえすればまだ頑張れるかもしれないのにね。
そう思った時だった。
「え……?」
「あら?」
私の手の中にあるしおれていたはずの花たちが元気を取り戻している。
こ、こんな事って有り得るの?
そう思って店主さんの顔を見たら何度も目を擦っている。これは明らかに驚いていた。
つまり、普通じゃない!
「うーん、おかしいわね……もう廃棄……だと思ったけれど見間違いだった? 気が早すぎたかしら? ちょっと貸して」
「……」
私は手に持っていた元気になった花たちを店主さんにそっと渡す。
渡した後、自分の手のひらをじっと見つめた。
(今、私の手元が一瞬光ったような気がする……気の所為?)
……気の所為、よね? だけど……
私はギュッとネックレスにして首から下げている大事な指輪を服の上から掴んだ。
(何だか、指輪が熱を持っている気がする────)
❋❋❋❋
「いらっしゃいませ……」
「────ミリア!?」
翌日。
ヴィンス様は宣言通りに今日もお店にやって来た。
こうも連続で 私が留守番している時間にやって来れるのは偶然なのかしら?
(それにしても……)
城を無断で抜け出し、追っ手から逃れる為に変装しているわりにはフラフラと出歩き過ぎではないの? とも思う。
(……って、私には関係ないけれど!)
一方の私は、本日、ちょっと寝不足で朝を迎えていた。
昨日のちょっと不思議な現象が気になって気になって仕方がなかったから。
あの時は気の所為だと流したけれど、やはりおかしいと思う、
そんな事を考えていたおかげでなかなか、眠れなかった。
そんな状態でヴィンス様を出迎えたのがいけなかったらしい。
なんとヴィンス様が大きく取り乱してしまった。
「な、なんという事だ……!」
「……?」
「可愛いミリアの顔が曇ってるじゃないか! いったい何があったんだ!?」
ヴィンス様が私に詰め寄って来た。
「な、何が? ……えっと、ね……眠れなかっただけです……」
「なっ! それは、だけじゃないだろう!?」
落ち着いて欲しくて宥めようとするも、ヴィンス様の興奮は収まらない。
(……店主さんや他のお客さんには私の顔色を見ても特に大丈夫? とか聞かれなかったのに)
「……どうしてヴィンス様には私の様子がおかしいと分かるのですか?」
「え?」
ヴィンス様が、きょとんとした顔をする。
何でそんな表情になるのかと私の方が驚いた。
「何を言っている? そんなのミリアの事だからに決まってるだろう?」
「私のこと……?」
ヴィンス様は何を当たり前のことを聞いてくるんだ、と私に言う。
そして、私の手をそっと取ると優しく握った。
その仕草に胸がドキッとする。
「僕が何年、ミリアと一緒に過ごして来たと思っているんだ?」
「ヴィンス様……」
「笑った顔、怒った顔、困った顔、泣いた顔……僕はずっとミリアのそんな顔を隣で見て来た」
「……」
「だから、断言出来るよ。ミリアの変化なら、ミリア自身より僕の方が詳しいんじゃないかな?」
「え!」
さすがにそれはどうかと思う。
私はないないと首を横に振る。
でも、ヴィンス様はそれを無視して更に私に迫ってくる。
「だから、僕に話してくれないか? ミリア。君に何があった?」
「……」
私が言い淀んでいると、何かに気付いたヴィンス様がはっとする。
「はっ! まさか……誰か嫌な客でも来たのか? よし! そいつの名前と特徴を教えてくれ! 僕が代わりに生きている事を後悔させてやるくらいの地獄を見せ───」
「ち、ち、違いますっ!」
ヴィンス様がとんでもない事を言い出したので私は慌てて止める。
「そんな変なお客様は来ていません!」
「そう? それならいいんだけど……なら、本当にどうしたの?」
「……」
ヴィンス様がもう一度私の手を優しく握る。
この手の温かさも温もりも何一つ変わっていないのに。
(頼ってしまっても……いいのかしら?)
自分で突き放したはずの手に……甘えてしまいそうになる。
ヴィンス様は私のそんな気持ちさえもお見通しなのか、じっと見つめてくる。
私はこの目に弱い。
「ミリア。僕を信じて?」
「じ……実は……ふ、不思議なことがあって……」
私はおそるおそる昨日起きた不思議な現象についてヴィンス様に話をした。
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