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7. また来たよ
しおりを挟む「え? 特に王都で今、騒がれているような話は無い……ですか?」
「いつもと変わらず、そんな感じだったわよ?」
買い付けから戻ってきた店主さんに、『今、王都の方で大きな話題となっているような面白い話とかありました?』と聞いてみた。
店主さんは『ここは辺境だからね……情報に飢えてるわよね』と苦笑いしながら答えてくれたけど、その返答はいつもと変わらない、だった。
(どういう事!?)
夢見の聖女交代は明らかに大きな話題になるはず。騒がれないはずがない。
あれからもう二週間になるというのになぜ……?
(これだと、私……ミリアが夢見の聖女のままなのでは……?)
だから、ヴィンス様はあんな風に言ったの?
「……」
いや、私の解任は国王陛下自らが下した発言であることは間違いない。
何らかの事情で発表が遅れているだけ───……
「あ、でも騒がれている……という程では無いけれど、最近“聖女様”の話を聞かないね、って話題にしている人は多かったかな」
「!」
その言葉に身体が震えた。
やはりこれまでの頻度を考えると、最近静かだなと思うらしい。
「えーと? 夢見の聖女様だっけ? 未来が視えるって凄い力よね」
「……そ、そうですね」
「今までもその力で事故や災害などの危険を伝えて来てくれたって聞いてるし。王子様と結婚して、その力でこれからもこの国を助けてくれるなんていい聖女様よね」
「……」
店主さんのその言葉に返せる言葉が見つからなかった。
(この国を助ける……聖女)
……そうなるはずだったのに。そうなりたかったのに……
「さて、ミリアさん。今日こそ簡単な花束が作れるようになりましょう!」
「は、はい!」
私は溢れそうになっていた涙を拭って前を向いた。
❋❋❋❋
店主さんが花の配達に出てしまい、私は今日も店番をしていた。
来客のベルが鳴ったので顔を上げると───
「……えっと、なぜあなた様が本日もここにいらっしゃるのでしょうか?」
「もちろん、客だよ!」
私の質問に対して、店に入って来た人───目の前の彼は、とっても爽やかな笑顔でそう答えた。
「お、お客様……」
「それに、昨日“また来るよ”と言ったはずなんだけど。ミリア、ちゃんと話、聞いてた?」
「!?」
また来るよ!?
黒ヴィンス様、そんな事を言っていたの!?
驚いた私の表情でヴィンス様は全てを悟ったらしい。
「なるほど……聞いてなかった、と」
「……お、覚えがありません……」
いつ? 帰り際?
「ミリア? 君の可愛らしい顔が引き攣ってしまっているよ? 大丈夫?」
そう言って目の前の彼───ヴィンス様(今日も黒い)は、私の顔に向かって手を伸ばそうとする。
ハッとした私は慌ててその手を避けた。
「ミリア……」
「っ!」
ヴィンス様が寂しそうな顔になった。そんな顔をするのはずるいと思う。
だから、ヴィンス様の顔を見ると色んな決心が鈍りそうになるので、私はそっと目を逸らした。
「……今日も薔薇の花を一本くれないか?」
「え?」
また? と思った。
私が目線を戻すとヴィンス様は少し寂しそうに笑った。
「大事な子に贈りたいんだ」
「大事……な?」
私は、昨日と同じ赤い薔薇を手に取り、ヴィンス様に手渡そうとしたけれど、彼は今日も受け取ろうとしない。
「───もちろん、君だよ? ミリア」
「っっ!」
「僕が大事に思っているのは昔も今も君だけだ、ミリア」
「~~~っ」
(ほ、頬が熱い……)
私の顔は今、きっと真っ赤になっている。
こんなの困るのに……
それでも“嬉しい”と思ってしまうのは、突然、態度が冷たくなった人達をたくさん見たから。
(ヴィンス様だけ変わらない……)
笑顔もくれる言葉も、私を見つめるその瞳も────
「……ミリア。そんな顔を僕に見せるなんて、“襲ってください”と言っているようなものだよ?」
「お、襲っ!?」
「ここがお店でなかったら大変だったね」
「~~!」
ヴィンス様はどこまで本気で言っているのか分からない言葉で私を翻弄し続けた。
「さて……これ以上、仕事の邪魔をするのはよくないから、今日もこれで帰るよ」
「え……?」
「だってここでの仕事は、ミリアが自分で見つけた場所、なんだろう?」
ポカンとしていた私の頭を優しく撫でるヴィンス様。
その前の発言に気を取られすぎていて避ける事が出来なかった。
(私が自分で見つけた場所……)
「王宮だろうと何処だろうと僕はミリアが元気でいてくれれば、居場所なんて何処だって構わないんだ」
「ヴィンス様……」
そう言われて気付いた。
ヴィンス様は“聖女はミリアだけだ”と口にしたのに、王都に戻れとは言わなかった。
「それじゃ、また来るよ。今日はちゃんと言ったからね?」
「え、あ……」
ヴィンス様はそう言って出口に向かう。
(そ、そうだ……昨日聞きそびれたこと……!)
私は慌ててヴィンス様の服の裾を掴んで引き止めた。
「ヴィンス様……待って……」
「ん?」
「ど、どうして……」
「どうして?」
ヴィンス様が首を傾げる。
そんなヴィンス様の目を見て私は訊ねた。
「───どうして髪が黒いのですか!」
❋
────その頃の王宮では。
行方不明になった第二王子、ヴィンスを皆が懸命に探していた。
「どうしてまだ、見つからないのよ! あんなに目立つ容姿をしているんだから目撃情報の一つや二つや三つ出てくるものでしょ!」
「レ、レベッカ様……申し訳ございません……」
(──どこに行ってしまったのよ、ヴィンス殿下!)
厳重に繋いでいた鎖が何故か外され逃げ出された。本当に有り得ない。
私の婚約者……ゆくゆくは夫となるヴィンス殿下の行方は未だに分からない。
「それに、どういう事なの? 元聖女……ミリアの居場所も分からないって」
「……も、申し訳ございません。馬車を幾つか乗り継いでいた所までは把握出来ていたのですが……その……」
「その、何よ!」
私は目の前の使えない“下僕”に怒鳴りつける。
「と、途中から何故か、元聖女様の存在が察知出来なくなり……」
「はぁ?」
「ま、まるで何かに護ら……」
「グダグダうるさいわよ! いいからさっさと二人の行方を探しなさいよ!」
(意味分かんないんだけど!)
───何故か、“予定通り”に私の補佐という任務に就かなかったあの女──ミリア。
ミリアは、私が聖女として皆にチヤホヤされて婚約者だった王子からもドロドロに溺愛されて幸せになっていく様子を間近で見ることになってどんどん絶望していくはずだった。
そして、そんな生活に耐えきれなくなったミリアは遂に闇堕ちして私を──
「悪役はどうしても必要なのよ……」
(だから、頃合いを見てお城に連れ戻すつもりだったわ)
それで、ヴィンス殿下とラブラブ真っ最中の私を見せつけて……いざ闇落ちへ! と思っていたのに。
ヴィンス殿下には逃げられ、二人揃って居場所が追えないってどういう事?
何が起きているの?
「あの、レベッカ様……これはもう未来視で視ていただくしかないのではありませんか?」
「え?」
「レベッカ様の未来視ならすぐにお二人の場所が分かるのでは?」
(チッ……なんて事を言い出すのよコイツ!)
私は大得意の泣き真似の表情を作り、目を潤ませながら口を開く。
「くすん。何を言っているの? ……私のこの力は国の幸せの為にあるのよ? 人探しだなんて……そんな事の為にむやみやたらに使う力では無いわ……」
「レベッカ様……」
(だから、さっさと二人を探して来なさいよ!)
私の知っている未来に何がなんでも戻すんだから!
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