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5. 追いかけて来た?
しおりを挟む指輪を握りしめていた私はあれ? と思った。
「……ん?」
気のせいかしら? 今、指輪がほんのり熱を持ったような……?
……そんなことあるはずない、と言いたいけれどレベッカ様を弾き返した時の謎の現象があるので完全に否定出来ない。
「……不思議な指輪ね」
だけど、あれが本当にヴィンス様の言っていたように私を守るものであったのなら……
(私、自分では気付かないうちにたくさんヴィンス様に守られていたのかもしれない)
そう思うと胸の奥が温かくなる。
と、同時に寂しさを覚えた。
「ヴィンス様……お礼もお別れも言えなかったけれど、どうかあなたが幸せでありますように」
───まさかこの時、お城でレベッカ様がヴィンス様の事で騒いでいるなんて知らない私はそう願っていた。
❋❋❋❋
(本当におかしい)
あれから更に一週間。
つまり私……夢見の聖女が解任されてレベッカ様が新しい聖女と認定されてもう、二週間は経つ。
(どうして未だに何も発表がないの?)
それとも、本当に私のいるこの場所が辺境過ぎて情報が入ってこないだけ? どっち?
「うーん……あ! でも、店主さんが今日は王都の近くの街まで買い付けに行っているから戻って来たらさり気なく聞いてみよう!」
王都に近づけばまた、違った話が入ってくるかもしれない。
そんな事を独りで呟いていたら、来客を告げるベルが鳴った。
私はハッと顔を上げる。
「お客様かしら? どうか花束の依頼ではありませんように……!」
店主不在のため、今日の私は店番という名の留守番要員。
先日から花束を作る練習を始めたのだけど……
あまりにも不器用すぎて、まだ花束などのアレンジは不可能だと分かった。
この壊滅的な不器用をどうにかしないと今後の生活に問題が発生すると自覚したばかり。
「いらっしゃいませ───」
そのお客様を見た時、何故かドキンッと胸が跳ねた。
フードを目深に被っているせいで顔はハッキリ見えないけれど、一瞬、雰囲気がヴィンス様に似ていると思ってしまったから。
(私ったらなんて、未練たらしいのかしらね)
これからも似たような雰囲気を持つ男の人を見かける度にこんな気持ちになっていたら大変だ。
私は落ち着こうと小さく深呼吸してから、お客様に向かって笑顔で声をかける。
「何をお求めですか? 申し訳ございませんが花束のご要望ですと、店主不在のため今は注文のみの受付になってお……」
「────見つけた!」
「……へ?」
そのお客様の発した言葉の意味が分からず、私は間抜けな声を上げてしまう。
見つけた? 何を? あぁ……お花? 求めていた花があったのかしら。
私はそう解釈した。
「えっと……どちらのお花でしょうか?」
「───ミリア!」
「ミッ!?」
そんな花は知らない!
ではなくて、今のは私の名前? どういうこと?
この街に来てまだ二週間。名前を呼び合う友人は疎か知り合いなんてまだ出来ていない。
(誰なの……この人!)
「……」
「あ、そっか……すまない。これでは分からない、か。申し訳ない」
私が怪訝そうな表情をしたのが伝わったのか、その人はフードに手をかけてそっと脱いだ。
そして、中から現れた素顔を見て私は思わず悲鳴を上げそうになった。
「─────ヴィッ!」
(うそっ────ヴィンス様!?)
待って! 落ち着くのよ私。
よく見れば髪の色がヴィンス様とは違うわ!
ヴィンス様は、それはそれは眩しく輝くような美しい金の髪だったけど、よーくご覧なさいな!
こちらの殿方はまるで漆黒の闇のような真っ黒の髪!
全然違うじゃな……
「ミリア! よかった、会えた……!」
「……!」
目の前の彼は、ここまで私が一生懸命考えた“ヴィンス様ではない”という否定を一瞬で打ち砕いてくれた。
「不穏な気配を察知したから、ずっと心配で気が気でなかったけど……思っていたより元気そうだ」
「ふおんなけはい……」
「花屋は可愛らしい君に良く似合う」
「かわいらしい……」
私の頭の中が大混乱しているようで、上手く言葉が脳内変換出来ずにいる。
目の前のヴィンス様? はどこの国の言葉を喋っているのかしらと思いたくなるくらい。
「ほら、二週間くらい前……何やら邪悪なるものが君を傷つけようとしただろう?」
「じゃあくなるもの……」
あの謎の指輪の力を思い出した。
まさかとは思うけれど、それはレベッカ様だとか言うのでは……
(いえ、まさか! だって彼女は新しい聖女!)
多少、性格は難ありかもしれないけれど、邪悪だなんて!
「ずっと気が気でなかったんだ……僕が察知したあの時、動けていればすぐにミリアの元に駆け付けられたのに、と」
「……」
「本当にごめん。君の聖女の解任の件だってそうだ。僕が皆を止めなくちゃいけなかった」
「……」
ヴィンス様? と思われる人が次から次へと口にする言葉に全くついていけない。
なんで、そんな事を察知したの? とか色々疑問は尽きない。
だけど、とりあえず分かったのは……
どうしてなのか。
今、目の前に大好きだった元、婚約者の王子様がいる!
……と、いう事だけだった。
(く、黒……いけど、ヴィンス様……本当にヴィンス様、なのよね?)
もう会えない、さようなら。
どう見ても心の中でお別れを告げたはずの元婚約者のヴィンス様が目の前に……いる。
……黒いけど。
「ミリア? 大丈夫?」
「……」
黒のヴィンス様が心配そうな表情で私の顔を覗き込もうとする。
そして慣れ親しんだいつもの手つきで私に触れようと手を伸ばし───
そこで、ようやく放心していた私はハッとした。
「ち、近寄らないで! ……く、ださい……」
「ミリア?」
伸ばされた手を避ける様にして後ろに下がった私を、黒のヴィンス様は不思議そうな顔で見つめてくる。
「あ、あ、あなた様は……この国の王子で“聖女”の婚約者です!」
正式な発表はまだ耳にしていないけれど、それはもう決定事項のはずだ。
私はお役御免の聖女……
あなたの婚約者の聖女はレベッカ様。
だから、今ここで彼に言うべきことは……一つ。
(本音は違うけど……でも!)
「……だから、わ、私のことは、ほっといてください!」
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