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4. 新しい生活

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「ミリアさん!  こっちの薔薇は向こうに運んでおいてくれる?」
「はい!」

  私は言われた通りの場所に運ぶため、薔薇の花が大量に詰められたケースを持ち上げる。

  (……重っ)

  ずっとお花屋さんって綺麗な花を売っているだけだと思っていたけれど、結構、重労働の世界だった。
  私って本当に何にも知らなかったわ……働くって大変……
  そんな事を考えながら何とかケースを抱えた。
  そして空を見上げながら思った。

  (あれから一週間かぁ……早いわね)

  ───新しい生活には思っていたよりも早く慣れた。

  レベッカ様を振り切ってお城から逃げ出した後の私は、とりあえず何も考えずに目の前の馬車に飛び乗った。
  最初は行けるところまで行こうと決めていた。出来る限り遠くに。

  (だって領地には帰れない……迷惑はかけられない)

  だから、ミリア・トパーズ男爵令嬢には戻らずに平民のミリアとして生きると決めた。

  聖女として見出され、王宮に住まいを移すことになった私を両親は誇らしげに見送ってくれた。
  だから、私がお役御免になったと知ったら悲しむだろうなぁ……そう思うと胸が痛くなる。
  親不孝者でごめんなさいと心の中でたくさん謝った。

  そんな事を考えながら馬車に揺られていた私は気付くと眠りに落ちていた。



『ミリア、足のステップは……そう、ゆっくり……』
『こ、こうですか?』
『うん、上手!  いい感じ……』

  ───久しぶりに夢を見た。
  王宮の部屋の一室で、私が下手くそなダンスのステップを踏んでいる。

  一瞬、予知夢?  と、思ったけれどこれは違う。これは単なる過去の記憶の夢だ。
  貧乏すぎて家庭教師を雇えなかったトパーズ男爵家。よって私はお城に上がった時、貴族令嬢としてのマナーが身についておらずとにかく苦労した。
  特にダンスはポンコツで講師は無理です、と投げ出したほど。

  (それでも、ヴィンス様は嫌な顔一つせずにずっと練習に付き合ってくれて……)

『うっ……痛っ』
『あぁあ!  ご、ごめんなさいっ!』

  私が思いっきりヴィンス様の足を踏んでしまう。
  それなのにヴィンス様は『大丈夫、構わない、もう一回頑張ろう!』そう言ってくれて何度も何度も練習に付き合ってくれた。

  今、人前でそれなりにダンスが出来るように見えるのは、全部ヴィンス様のおかげ。
  ……もう、そんな機会は二度と無いけれど。
  これから、“聖女”として人前でヴィンス様と踊るお役目を担うのはレベッカ様だ。
   レベッカ様の出身は貴族ではなく平民だと聞いている。
  なので彼女もこれから苦労が待っているのかもしれない───……

  (でも……)

   男爵令嬢の私ですら、当初は蔑みの目で見られたのに、不思議なことにレベッカ様はなぜか周囲にあんなにも好意的に受け入れられている。
  
  (ヴィンス様も私にしたように優しく彼女のお相手をするのかしら?)

  そう思うだけで胸がチクリと痛む。
  この胸の痛みも、モヤモヤする気持ちも時が流れればやがて自然と落ち着いてくれるものなのかしら。

  (ヴィンス様……)

  夢の中での過去の私は、再びヴィンス様の足を踏んでしまい、更には転んでしまうという失態を犯していた。
  でも、ヴィンス様は怒るどころか笑ってくれたので、私達は二人で顔を見合せて笑っている。

(……なんで今、こんな夢……)

   どうしてこんな残酷な夢を見せるのだろうかと思いながら私は静かに涙を流した。



  そして、その後も馬車を乗り継いで辿り着いた場所はかなりの辺境の地だった。
  これくらい王都と離れられば余計な雑音を耳にしないで済むはず。
  
  (しばらくこの周辺で働いて、いくらかお金を稼いでから国外に出るのもいいかもしれないわね)

  餞別がわりなのか、いくらかお金をくれたけれど、それでずっと生きていけるわけではない。
  これからは自分で稼いで生きていかなくては!
  そう決めて私は泊まる所と仕事探しを始めた。

  そして偶然、住み込みの従業員を探していた花屋さんに何とか採用されて、はや一週間。
  誰も、元王子の婚約者だった“夢見の聖女”がこんな所にいるとは思いもしないので、私は全く気付かれることなく日々は過ぎていく。

  (だけど、おかしいわ……)

  いくらここが辺境の地であってもそろそろあの話が届いてもいい頃なのに。

  ───第二王子ヴィンス殿下と新しい聖女レベッカ様の婚約。

  (なぜ、その話がまだ届かないのかしら?)
  
  やっぱりあの場所にヴィンス様が居なかった事と何か関係している?
  ヴィンス様はお元気なのかしら?

  仕事するうえで、指に付けていると邪魔になりそうだったあの指輪は、チェーンを通して首にかけるようにしていた。

  (ヴィンス様……あなたは今、何を考えている?)

  そんな事を思いながら、私は服の上からギュッと指輪を握り締めた。



❋ 



  ───その頃の王宮では。


「───ちょっと!  ヴィンス殿下はどこへ行ったのよ!?」
「レベッカ様……!  そ、それが……目を離した隙にいなくなっておりまして……」
「目を離した隙に?」

  私はもぬけの殻となった部屋を見る。
  確かに言われたように、どこをどう見ても今朝までここに居たはずの人物が居なくなっている。

  (どういう事よ……今朝までは大人しくここにいたじゃないの……!)

  私は見張り役だった者を睨みつけた。

「繋いでいた鎖は?」
「その……何故か外されていて……」
「他の見張りは?」
「全員、た……倒されてました」
「倒……!?」

  その言葉に私は目を剥いた。

  (有り得ない、有り得ない、有り得ない!)

「どうするのよ!  ヴィンス殿下が居なかったら、婚約発表が出来ないじゃないの!」
「そ、そう言われましても……」

  婚約に関する国王陛下の許可はあれからすぐに降りた。
  なぜか、抵抗していたヴィンス殿下も観念した様子を見せ始めていたじゃないの……
  後は正式にあの女ミリアから私に婚約者が変更になったのだと世間に大々的に発表する段階まで来ていたのに!
  当の王子が行方不明!?  どういう事よ!

  (そもそも、なんであの王子には!?)

「あぁ、もう!  私に婚約発表パーティーに一人で出ろと?」
「そ、それは……」

  そんな間抜けな事、出来るはずがない。二人セットで皆の前に出ないと意味が無いわ!

「何で……何が起きてるのよ。こんな未来は……!」
  
  そう叫んだ時だった。

「騒がしいな。何があった?」
「レベッカ様の声、廊下の端まで聞こえてましてよ?」

  そこに現れたのは王太子殿下と王太子妃の二人。

「そこはヴィンスの部屋だろう?  何をしている?」
「そ、それが……ヴィンス殿下が」

  とりあえず、今後の為にも彼らは私の味方につけておかなくちゃ!
  そう思った私は目を潤ませる。
  だって私、泣き真似は大得意なの!

「ヴィンスが?  そういえば、アイツは頭が冷えて大人しくなったのか?」
「聖女はミリアだけだ!  って。レベッカ様を偽者扱いするんですものねぇ……」

  二人がやれやれと肩を竦める。

「そ、それが、ヴィンス殿下……どこにも居ないんです……」
「何だと!?」
「まぁ!  婚約者のレベッカ様を置いて一体どこに?」

 (ふふ、二人はいい感じね……)

   私は王太子殿下と王太子妃にバレないようにこっそりほくそ笑んだ。

  
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