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1. お役御免の聖女

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  ───私の大好きだった婚約者の王子、ヴィンス様は、いつも私にこう言っていた。

『ミリア。僕は将来国を背負う兄上の力になりたい。だからミリアと僕で兄上の治世を一緒に支えよう!』

  お兄様を尊敬し大好きなヴィンス様らしい発言だと思った。
  また、私が自分の“力”の事で悩んでいた時は……

『ミリアのその力は、人々を幸せに導くための力なんだよ。だから、自信を持って?』

  そう言って頭を撫でて励ましてくれた。
  私の手を取って優しく笑ってくれるあなたがずっとずっと好きだった。
  ヴィンス様……あなたの為に……あなたのお役に立てるように、未熟な私だけど頑張るわ。

  (一度だけ視た、あの“誰もが幸せな未来”に必ず辿り着いてみせるわ!)


  ───そう思っていたのに。

  それはある日、呆気なく壊れてしまった。
  私にはもう何も視えない。
  この国の明るい未来も、あなたと一緒に生きるはずだった未来も────
  




❋❋❋❋



「ミリア・トパーズ!  今日をもって君の聖女としての役目は解任とする!」
「!」

  この国のトップである国王陛下がこれまで見たことがないくらい冷たい目をしながら私の聖女解任を告げた。
  そこには、いつも未来の義理の娘として向けてくれていた笑みなどはどこにも無く、ただなんの感情も乗っていない視線が私に向けられているだけだった。

  (陛下……?)

「ほう?  落ち着いているようだな。もっと取り乱すかと思っていたのだがな。まぁ、そなたは“夢見の聖女”。こうなる事は分かっていたということか」
「……いえ。今の陛下の発言は寝耳に水でございます」
「そうか……」

  でも “彼女”が目の前に現れた時から、私はお役目を果たせていない。
  昔からどこか不安定だった力はますます輪をかけて不安定になり、最近は何も視えなくなっていた。

  (何が夢見の聖女よね……今はただの役立たず……)

  そろそろ、ヴィンス様になんて説明しようかと思っていた所だったのに。

「ああ、聖女としての役割を解任するだけで君を王宮ここから追放するつもりは無い。微弱ながらも長年、“夢見の聖女”として尽くしてきたそなたを無下にするわけにはいかぬからな。そこは安心してくれ」
「……え?」

  陛下は全然全く安心出来ない言葉を口にされる。
  確かに王宮ここを追い出されたら私にはもう行く所など無い。実家に戻るわけにはいかないもの。
  たとえ、聖女でなくなるにしても、新たな仕事を与えられるならまだマシだと思うべきかもしれない。
  おそらく下働きのメイド辺りだろうか……出来れば人と関わらない仕事の方が助かるわ……

  そう思ったのだけど───

「ミリア・トパーズ。そなたに新たに与える任務は“新しい夢見の聖女”の補佐役だ」

  (……え?  ほ……さ?)

  予想とは全然違う言葉が聞こえて来たので私は戸惑った。
  そうして戸惑っていると、鈴を転がしたような可愛らしく甘い声が頭上から聞こえてきた。

「うふふ、とーーっても光栄なお仕事でしょう?  の力を持った聖女たる私の補佐となれるのだから!  ね?  嬉しいでしょう?  ミリア様……いえ、聖女様?」
「───っ!」

  それは、間違いなく“彼女”の声。

(確かに……“彼女”は私の力なんかよりずっと優れている。それは知っている───……)

  私はそっと顔を上げる。
  国王陛下を中心に、王妃殿下、王太子殿下、王太子妃殿下……そんな錚々たるメンバーの中にいたのは、少し前に、聖女としての力を見出されて王宮にやって来た“彼女”レベッカ様。

  (もう彼女はその位置に並ぶほど、その能力を認められているというの?)

  レベッカ様が見出されたのは、で、偶然、陛下をお助けしたからだと聞いたけれど……
  本当に自分はもう用済みなのだと実感させられて胸がチクリと痛む。
  それで、次に与えられる仕事が彼女の補佐?    
  なんて皮肉な仕事を用意するの。

「聖女・レベッカはまだここに迎えて日も浅い。だからこそ長年、聖女として過ごしてきたそなたの力が必要なのだ」
「……」
「ふふふ、お願いしまーす!」

  これは断ってもいい話なのだろうか?  王宮には居られなくなるだろうけれど。
  と、そう考えた時、ふと違和感を覚えてもう一度、謁見の場に並んでいる人達の顔を順に見ていく。

  (……どういう事?  ヴィンス様がいない?)

  国王陛下同様に、ついこの間まで私を将来の家族の一員として可愛がってくれていた人たちが一同に冷ややかな目を向ける中、その場に私の婚約者……ヴィンス様の姿がない事にようやく気がついた。

  (どうして?)

  私は訊ねずにはいられなかった。

「へ、陛下。お、恐れながら申し上げます……今、ヴィンス殿下はどこに……」
「ヴィンス?  …………あぁ、もう、そなたには関係ないことだろう?」
「……っ」

  バッサリと一刀両断されてしまった。
  そうだった。
  聖女ではなくなる───それは、ヴィンス様との婚約解消も意味しているのだった。
  解任を告げられたこの瞬間、彼と私はもう無関係の間柄になった。
  チクリと胸が痛む。

  (ヴィンス様……)

「うふふ、ミリア様?  ざーんねんでした!  彼……ヴィンス殿下はこれからは、私の婚約者となる人なのよ?  元婚約者だからといって彼に馴れ馴れしくしないでくださいねぇー?  元・聖・女・さ・ま!」
「……」

  レベッカ様は嬉しそうに弾んだ声でそう言うと勝ち誇ったような笑みを私に向けていた。
  私が彼女の補佐に着くという事は、これから彼と婚約者として仲睦まじく過ごし、やがて結婚するであろう二人の姿を側で見続けろということ。

  (……それは、なんて残酷なのかしら)

「───話はこれで以上だ。ミリア・トパーズ。では、そなたはこれから……」
「……陛下。大変申し訳ございませんが、新しい任務につきましてはお断りさせていただきます」
「なに?」

  陛下が眉を顰めた。
  王妃殿下達も、皆、同じような表情を浮かべ困惑している。
  レベッカ様の表情は──……

「ん?  そなたは今、自分が何を口にしているのか分かっているのか?」
「……はい」
「命令に背くというのか?」

  陛下の鋭い目が私を射抜く。

「はい。何を言われてもその任務だけはお受けする事は出来ません」
「つまり、そなたはどんな処罰でも受ける覚悟で言っていると?」
「……はい」
「追放されてもいいと?」
「はい」

  どんな処罰を与えられる事になったとしても、補佐だけは絶対に嫌だ。
  レベッカ様の補佐係……それを引き受けるくらいなら私は……ここを去る。

「……」

  (ヴィンス様……さようなら)

   こうして、この日。
   お役御免となった私は大好きだった婚約者の王子様に心の中で別れを告げた。
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