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第29話

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  どうして、ステファン様はそんなに気まずそうな表情をするのかしら?

「リュシー……軽蔑しないで聞いてくれる?」
「え?  軽蔑……ですか?」
「うん。リュシーに軽蔑されて嫌われてしまったら生きていける自信が無い……」

  (そ、そんなに……?)

  思わぬ愛の大きさに驚きが隠せない。

「ステファン様?  私、先程も言いました。あなたが今、私を好きでいてくれるなら、私が婚約者に選ばれた方法なんてどうでもいいのだ、と」
「……そうだね。はは、うん、リュシーはそういう人だったね」

  ステファン様はそっと私の頬に手を触れると、安心したのかフニャッっと力無く微笑んだ。

「どうでも良くないぞ!」
「そうよ、そうよ!」

  なのに外野がうるさい。

「うるさいです!  ……関係ないあなた達外野は黙っていて下さい!」
「「なっ!」」

  ピーチクパーチク騒ごうとする外野二人に向かって、私は睨みながら声を荒らげる。
  そんな私の態度に二人が驚いて黙った所でようやくステファン様が言った。

「…………イカサマをしたんだよ」
「え?」
「僕は絶対にリュシーが欲しかった。だから、イカサマをしたんだ」
「!」

  何だと!?  ふざけるなーー!
  と、騒ぎ出したどこかの皇子を無視して、私はステファン様をじっと見つめる。

  (だから、態度がおかしかったのね?)

  ようやく腑に落ちた。

「……あの頃のリュシーの話を信じていなかったわけじゃない。理由や状況が何であれ“婚約者を釣書の中から適当に選ぶ”という場面が本当にやって来たわけだから」
「ステファン様……」
「きっと、何もしなくてもリュシーが選ばれる。そんな気はした。でも、やっぱり僕はそれを確実にしたかったんだ。適当じゃない。僕はリュシーが欲しかったんだから」
「……」
「本当はこんな形では無く、もっと早く堂々と申し込めれば良かったのだけど、パヴィア公爵がね……」

  そう語るステファン様はどこか遠い目をする。
  公爵は自分の娘を婚約者にしたいが為に、妨害行為をしていたのかもしれない。
  ステファン様が私に好意を抱いているのが知られたら、そう……公爵が私を消そうとする可能性もあったのでは?  と思った。

  (怖っ!)

「それに、リュシーの語った“リュシエンヌがステファンバカ王子の婚約者になる年齢”まで待った方がいいような気もしてね」
「……」
「何であれ、僕はリュシーの気持ちも考えずに勝手に裏でコソコソと……」
「ステファン様!」

  私はそっとステファン様に手を伸ばして、ギュッと胸に抱え込むようにして彼を抱き込む。
  またしても外野が「おい!」「何してんのよ」と、騒いで煩いけれど無視。

「リュ、リュ、リュシー?」
「……聞こえますか?  私の心臓の音」

  もう、さっきからずっと私の心臓はドキドキバクバクしていて大変だ。

「う、う、うん……」
「ドキドキしてるでしょう?」
「う、う、うん……ついでに柔ら……」
「大好きなのです」
「うん?」

  私はギューッとステファン様を抱きしめながら言う。

「イカサマでも何でも、私だけを求めてくれようとしたその気持ちは嬉しいですし、そんなステファン様の事が私は大好きです」
「…………フグフグ」
「?」

  何やら変な事を言っているので不思議に思ったら、どうやら私はステファン様をかなり強く押さえつけていたらしく、彼は胸の中で何やらモゴモゴ言っていた。
  びっくりした私は慌ててステファン様を解放する。

「あぁ!  すみません……強く押さえすぎました!」
「い、いや……大丈夫……苦しいのに幸せ、なんて言う初めての体験をしたよ」
「そ、そうですか?」

  (苦しいのに幸せ?)

  と、私が内心で首を傾げていると、ステファン様がじっと私を見つめる。

「リュシー……僕も好きだよ。大好きだ」
「あ……」

  そのまま、ステファン様の顔が近付いてきて再び私達の唇が重なった。

「……あっ、ステ……」 
「……」

  さっきまでのキスはチュッという軽めのキスだったのに、今度はがっちり頭も支えられて全然離れてくれない。
  息が苦しい……

  (あぁ、苦しいのに幸せってこういう事……かしら?)

  頭の中がトロントロンに溶かされた私は、何とも見当違いな解答を導き出しながら、ステファン様との長くて甘いキスに酔いしれた。





「…………ん」
「リュシー……」

  どれくらい時間が経ったのか。
  ずーっとチュッチュとしていて離れる気配の無かったステファン様がようやく一呼吸置いたその時、ふと思った。

  (煩かった外野の二人はどうしたのかしら?)

  最初は「やめろー」「離れてー」とか騒いでいたはずなのに。
  そう思って、キョロキョロと辺りを見回すと、

「俺のリュシエンヌぅぅぅーー」
「何で私じゃないのよぉぉぉ」

  と、二人はその場で泣き崩れていた。

  (えぇぇぇ!  何あれ?)

  二人の様子に驚いている私に向かってステファン様は言う。

「こういう勘違いの塊みたいな人達には、見せつけるのが一番の薬みたいだね」
「ステファン様……まさか、二人に見せつける為にわざと……?」

  私はジトっとした目でステファン様を見つめる。

「まさか!  可愛いリュシーを前にして我慢出来なかっただけだよ」
「ほ、本当ですか……?」
「……リュシー?  僕は君に何年片想いして来たと思ってるの?  そして、ようやく婚約者となって貰えて近くにいられる様になってからの悶々とした日々……」

  (あ、何だか変な所に火をつけてしまった気がする)

「それが、これだけのキスで足りると?  足りるわけないよね?  あそこで蹲っている二人なんてもうどうでも良いから、僕はただリュシーに触れたい。それしか考えていない」
「あ……」

  そう言ってステファン様は、私の顎を持ち上げる。
  私はそっと瞳を閉じた。


  再び甘いチュッチュ攻撃を受けながら私は思った。
  ステファン様が満足する頃には私の唇、腫れてしまうのでは?  と。




   ───そして、ここが実は図書室の一角であった事を思い出したのは、何やら騒ぎ声がすると他の生徒から話を聞いた先生達が駆けつけて来た時。

「何の騒ぎだ!?」

  と、駆け付けて来た先生達がその場で見た光景は、
  抱き合いながら、チュッチュと甘いキスをしているこの国の王子ステファン様とその婚約者
  その傍らで泣き崩れる、隣国の皇子ウォーレン殿下特待生アンネ


  甘いのかしょっぱいのか分からないこのカオスな状況に先生達は、頭を抱えたという。

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