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第7話
しおりを挟むそうしてあっという間に迎えた、婚約披露パーティーの日。
当然、私の頭の中は“困惑”の二文字しかなかった。
──エスコートの際に、
『見たか? 殿下のあの態度』
『あぁ、よほどこの婚約が不満に違いない』
『何故、あの伯爵令嬢が選ばれたのだろうな……』
リュシエンヌがステファン殿下と共に会場入りすると、あちらこちらからそんなヒソヒソとした声が聞こえて来た。
(殿下……酷いわ。私がこんなに周りに馬鹿にされているのに無視するなんて……)
殿下にとって私なんてどうでもいい存在。そう言われている気がした。
───と、なるはずが。
「見たか? 殿下のあの態度」
「あぁ、よほどこの婚約が嬉しかったに違いない」
「何故、あの伯爵令嬢が選ばれたのかと思ったが……」
私がステファン殿下と共に会場入りすると、あちらこちらからそんなヒソヒソとした声が聞こえて来た。
(殿下……酷いわ。そんなにニコニコした顔をしていたら誤解されちゃうじゃない……)
殿下にとって私が“大切な存在”……そう言われている気がしてならない。
いや……やっぱり、これおかしいでしょう?
「あ、あの、ステファン殿下 」
とにかく、会場入りは思ったのと全然違ってしまったけれど、なるべく漫画の通りに事を進めなくては!
そう思った私は軌道修正を図る事にした。
「何かな?」
ニコニコとした笑顔を私に向けてくる。
(だから、その笑顔は眩し……)
「会場入りもしましたし……わ、私を放って挨拶周りには行かれないのですか?」
「は?」
殿下の笑顔が分かりやすく固まった。
(だって、会場入りした後は、これで最低限の役目を果たした、とか何とか言ってすぐにリュシエンヌから離れていたはずよ)
「リュシエンヌ!」
「は、はいっ」
何故か呼び捨てになった。
これまでは“リュシエンヌ嬢”って呼んでいたのに!
「何故、本日の主役でもあり、パートナーでもある君を放って僕が一人で挨拶周りに行くんだ? 行くなら君も一緒に決まってるだろう!?」
めちゃくちゃ正論で怒られた。
(やっぱり殿下は……殿下じゃない)
私が答えられずに黙ってしまうと、
「リュシエンヌ? ごめん、きつく言い過ぎてしまった?」
「!!」
そう言ってステファン殿下は優しい手付きで私の頭を撫でた。
───“リュシエンヌ”
記憶の中と同じ顔で私の事を呼んでいるのに、その声に甘さを感じるのはどうして?
どうして殿下の口からは一言も私を罵る言葉が出ないの?
「……っ、殿……」
私が堪らず殿下に声を掛けようとした時だった。
「これはこれは、殿下! こちらがあの日ようやく決まったあなた様の婚約者殿ですかな?」
はっはっは! と表面上だけは笑いながらこちらに近付いてきた男性。
(誰? じゃない、この人は───)
「……あぁ、そうだよ、パヴィア公爵。彼女が僕の婚約者に決定したルベーグ伯爵令嬢、リュシエンヌだ」
それまでニコニコしていたステファン殿下の笑みが消え、少し冷たい声色に変わった。
殿下のその受け答えで目の前の男性がパヴィア公爵だと知る。
「ルベーグ伯爵家の娘、リュシエンヌと申します」
「はっはっは! てっきり、我が娘を選んでくれるものとばかり思っておりましたが……それを拒否し続けたばかりか、まさかあんな方法で婚約者をお選びになるとは……私は驚きましたとも」
公爵は私の挨拶に答える事なく殿下に向けてそう口にする。
なかなか感じの悪い人だ。
「あぁ……おかげで、素敵な婚約者が出来たよ。リュシエンヌは可愛いだろう?」
「!?」
ステファン殿下がおかしな事を口走った挙句、私の肩に腕を回したと思ったら、そのまま抱き寄せた。
(近ーーーーい!)
思わずそう叫びそうになるのを必死で堪えた。
「可愛い? その娘が? 我が娘のエリンラよりも?」
「そうだ。とてもとても可愛い」
殿下はニッコリと笑ってそう答え、公爵はチラッと私の方に視線を向ける。
いや、こっち見ないでよ。
(それよりも、エリンラって……エリンラ・パヴィア公爵令嬢の事よね……?)
この国の貴族で一番身分の高い公爵令嬢。
普通なら、身分的にも彼女こそが殿下の婚約者となって悪役令嬢役を担ってもおかしくない立場の人。
でも、彼女は漫画には登場しない。
そんな彼女の名前が何故ここで飛び出し───……
───てっきり、我が娘を選んでくれるものとばかり思っておりましたが……それを拒否し続けたばかりか、まさかあんな方法で婚約者をお選びになるとは……
そうだ。今、パヴィア公爵は殿下にそう言った。
(殿下はエリンラ・パヴィア公爵令嬢との婚約を拒んでいた……? でも、公爵はその事に不満を持っていた……?)
そして、今、公爵が口にした“あんな方法”
それはきっと私が知っている漫画の中であの断罪時に暴露された方法と同じなのだろう。
(何で殿下があんな方法で……とは思ったけれど、漫画でも背景が描かれてなかっただけで、もしかしてエリンラ・パヴィア公爵令嬢との婚約を断る為だったのかしら?)
それなのに、結局はリュシエンヌみたいな好きになれない令嬢が選ばれてしまったと。
とことん運の無い王子だわ。
もしかして、それで腹いせにリュシエンヌに当たり散らしていたのかしら?
(だけど、現実のこの方は……)
そろりと殿下に視線を向けるとパチッと目が合った。
「!!」
何故かフニャッと嬉しそうに笑う殿下。
その笑顔に私の胸がドキッと大きく跳ねた。その笑顔は本当に反則だ。
「パヴィア公爵。見て分からないかな? 僕は今、とっても幸せなんだよ」
「で、ですが……」
公爵はそれでも食い下がろうとする。
「…………聞こえなかった? 幸せだから邪魔するなと最後まで言わないと伝わらないのか?」
「……っっ! 殿下……」
ゾクリとした。
殿下の声は一瞬で氷のような冷たい声に変わった。これはもうさっきの比じゃない。
公爵もその変わり様に言葉を失っている。
そして、殿下は冷たい声だけでなく冷たい視線も公爵に向けながら言った。
「これ以上、余計な戯言は言わないでもらいたい所だね」
「も、申し訳……ござい……ません……」
「…………エリンラ嬢に良い縁談があるよう願っているよ。──では行こうか、リュシエンヌ」
「!」
(リュシエンヌと呼ぶ時だけはいつもの甘い声に戻った!?)
殿下は青白い顔をしたままのパヴィア公爵をその場に置き去りにして私の肩を抱いて移動しようとする。
(ほ、本当に、こ、これは誰なの!?)
フニャフニャした殿下とも、あの婚約破棄を叫ぶ浮気者のバカ王子ともまた違う殿下の一面にまたしても私は困惑させられた。
無理……! そろそろ頭が爆発しそう……そんな事を思いながら。
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