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第37話 確実な証拠
しおりを挟む「うぁあぁぁあぁぁーー待て! やめろ、やめてくれぇぇぇ!」
真っ青な顔で叫びながらこっちに向かってくるティモン。
カイン様が何を話そうとしているのかようやく分かったらしい。
(今さら遅いわ……!)
「……ティモン? 何だ……どうした?」
さすがのモズレー伯爵もティモンの只事ではないその様子がおかしいと思ったのか、焦りの表情を浮かべ始める。
(ティモンのこの反応……やっぱり、モズレー伯爵は口止め料の事を知らなかったのね)
そもそもとして、その事を知っていたら伯爵はこんなにも大勢の前で堂々としていられるはずがない。
「そんな事だろうと思いましたが、どうやらあなたはティモン殿から何も話を聞いていないのですね?」
「……だから、何の話だ?」
カイン様の言葉に伯爵は眉を顰める。
「モズレー伯爵殿、先日の事です。あなたの息子ティモン殿は、僕がリーファへの暴力行為を訴えているという話を知るやいなや、マーギュリー侯爵家を訪ねて来ました」
「……ティモンが?」
「だ、だから! い、言うなと! やめろ! もう、やめてくれぇぇ!」
カイン様は必死の形相で静止してくるティモンの声を無視したままにっこりと笑う。
「……!」
伯爵も嫌な予感がするのか、顔色がどんどん悪くなっていく。
「ティモン殿はそこで僕にリーファ……アクィナス伯爵令嬢への暴力行為の口止めを申し出て来たのですよ」
「……なっ!? く、口止め!?」
「うわぁあ! だ、だから……や、やめてくれぇぇぇ!」
どういう事だ! と慌てて振り返って息子を見る伯爵。
ティモンは真っ青な顔で頭を抱えて取り乱しながら叫んでいる。
「……さらにティモン殿は、口止め料まで支払うと口にされていましてね?」
「く、口止め料だと!?」
「そうです」
「───っ!」
カイン様はにっこり微笑む。
この話には伯爵だけでなく、他の人達も大きく驚いていた。
───やっぱり犯人じゃないか!
───謝罪もせず、金を払って揉み消そうだなんて……
そんな声がたくさん聞こえてくる。
「ま、待て! マーギュリー侯爵……つまり……」
「ははは……そうですよ。ティモン殿はしっかり暴力行為を認めたうえで、口止め料の支払いの件を紙に残してくれていましてね」
「……なっっっ! か、紙に……!?」
「これはあなたが求めている確実な証拠となりますが、どうされますか? 筆跡鑑定されますか?」
「────!」
筆跡鑑定などしなくても、もはやティモンのこの様子が全てを語っている。
さすがの伯爵も……嘘だ! これはデタラメの話で捏造された書類だ! とは口にしなかった。
「……ティモン!! お、お、お前という奴は……!」
「う、うわぁあぁぁーー」
ティモンは泣きながらその場に崩れ落ち、モズレー伯爵も顔面蒼白のまま呆然と立ち尽くす。
ずっと成り行きを見守っていた人たちの冷たい視線も、モズレー伯爵親子とローゼへと向けられていく。
(これで彼らの醜聞は一気に社交界に広まっていくことになるのでしょうね……)
すでに広がりつつあるローゼの醜聞に加えてこの話は面白おかしく社交界に浸透していく気がする。
ティモンもモズレー伯爵も悪足掻きなどしなければ、きっとここまでにはならなかったのに。
「……リーファ」
「…………カイン様」
カイン様が腕を伸ばしてギュッと私を抱きしめる。
私もそっと背中に腕を回して抱きしめ返す。
(あたたかい……)
この温もりに包まれていると、大好きという気持ちが溢れそうになってしまう。
「……ありがとうございます」
「うん。だってボコボコにすると約束したからね」
「……はい」
その言葉にクスッと笑ってしまう。
「リーファもかっこよかったよ」
「……そうですか?」
「ああ」
カイン様が優しく微笑みながらそう言ってくれた。
それだけで胸があたたかく、幸せな気持ちになれる。
「さぁ、リーファ。約束の謝罪の時間だ」
「……ええ」
カイン様の言葉にしっかり頷いて彼の手を取った。
───その時は私もティモンも地面に頭を擦り付けながら、アクィナス伯爵令嬢に対して謝罪しようではないか! そうだな……慰謝料もそちらの言い値で払おう!
モズレー伯爵はこの言葉を発した時はこんな事になるなんて全く思っていなかったのでしょうね。
申し訳ございませんでした……
と、まさに言葉通り地面に頭を擦り付けて謝罪する三人を見ながらそんな事を思った。
(ローゼは絶対に私に頭なんか下げたくない! と、拒否していたけれど……)
暴行現場にいて、彼を止めるどころか一緒になって笑い罵り、ティモンの行為を煽っていたローゼも幇助罪に問われるが? とカイン様から脅されたローゼは顔を真っ青にしてモズレー伯爵親子の横に並んで頭を下げていた。
ただ、この謝罪の言葉はきっと心からのものでは無いと思う。
三人とも素直に反省する人達ならこんな事にはなっていない。
それでも、ティモンとローゼのした事がきちんと世間に伝わり、これから先、どこにいてもずっとこの話がついてまわり、後ろ指をさされながら生きていく事こそが一番の屈辱に違いない。
そして、同じくモズレー伯爵家の名も地に落ちたも同然。
その名を社交界で名乗る度に笑い者となる未来が想像出来た。
(それと、慰謝料の支払いもどうなるかしら?)
私への慰謝料はお父様とお母様が戻って来てから具体的に話し合う事になるけれど、カイン様は搾り取れるだけ搾り取る気満々の顔をしている。
(カイン様ったら、とっても悪い顔をしているわ……)
ティモンや伯爵を責めている時もそんな黒い顔が時折見えたけれど……
でも、カイン様のそんな所も好き。
私の為にここまでしてくれたのだもの……嬉しい、愛おしい……そんな気持ちの方が強い。
(あとは、カイン様にちゃんと告白をして、それできちんとこのおかしな関係を───)
そんな事を考えた時だった。
頭を下げて謝罪していたはずのティモンが顔を上げて私を呼んだ。
「なぁ、リーファ……」
「……ティモン?」
この期に及んで何を言うつもりなのかと身構える。
「確かに殴ったり蹴ったりした事はやり過ぎたし、悪かったとは認める。だが、お前は今でも俺に惚れているんだろ? だから、俺に謝って欲しくてやり直したくてこんな事を企んだのか?」
(────はい? やり直す?)
とんでもない発言に言葉を失った。
「だって、お前……婚約だのなんだの言っているが……実はマーギュリー侯爵にはしつこく言い寄られているだけなんだろ?」
……私がまだティモンの事が好き?
これで全て丸く収まったと思ったのに、ティモンはまだ何かを勘違いしているようだった。
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