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第35話 壊れた“真実の愛”
しおりを挟むティモンはそれでも素直に認めたくないようだった。
大量の汗を流しながらも、あー……とか、うー……とか唸るだけで靴を見せて照合させようとしないし、もちろん謝罪もない。
(本当に最低な人……)
過去の自分はこの人の何を見ていたのだろうと、自分の見る目の無さに悲しくなる。
大勢の人が見ている前での暴露……ここまでしてもティモンが折れないのなら、最終手段はあのカイン様が持っている念書しかない。
(ただ、あの念書は……)
私はチラリとカイン様の顔を見る。
ずっと抱き寄せられたままの体勢だったので今はとても距離が近い。
そんな距離で目が合ってしまったので胸がドキッとした。
(い、今は恋心よりティモンをボコボコにする方が先!)
そう自分にいい聞かせながら、溢れそうになる気持ちに蓋をしてカイン様に訊ねる。
「……カイン様、もう念書を出すしかないのでしょうか?」
「……」
カイン様が黙り込んだ。
最も効果的な時がいつなのか考えているのだと思う。
本当はこんな回りくどい方法を取らなくてもあの念書を突きつければ、ティモンの犯した暴力行為はすぐに明らかに出来る。
書いた本人はすっかりその存在を忘れていそうだし。
それでも、こんな方法を取ったのは、ティモンやローゼが私にした酷い仕打ちを多くの人に知ってもらうため。
それに、ティモンが書いた念書の中にローゼの名前はないので、これだけだとティモンにしか責任を問うことが出来ない。
そんな理由から、諸々の所業を暴露して追い詰めてみたけれど───
(ただ、カイン様がまだこの段階で念書を出そうとしない理由はきっと……)
「お、おい! ローゼ! さっきから蹲って固まってばかりいないで君からも何か言ってくれ!」
自分だけじゃどうにもならないと思ったティモンは、ローゼに助けを求める事にしたらしい。
「このままじゃ、俺もローゼも犯罪者扱いなんだぞ!?」
「わ、わ、私……何も知らない! 関係ないわ!! 放っておいて!」
「は? おい、ローゼ! この俺が酷い言いがかりをつけられているんだぞ!? 俺の事を愛しているなら助けようとは思わないのか?」
ティモンのその言葉に、集まっている人たちからの失笑が漏れる。
───聞きました? 愛ですって……!
───薄っぺらそうですわよね。
───何も知らないって幸せだな。
昨日、暴露されたローゼのこれまでの行動を耳に入れた人達が冷ややかな目で二人を見ていた。
「あ、愛ですって?」
「そうだ。ローゼは何度も言ってくれただろう? 俺を愛してる、俺たちは“真実の愛”で結ばれているのだと」
「……!」
そう言ってティモンはローゼに手を差し伸べて立たせようとした。
だけど──
───パシッ!
ローゼはティモンのその手を冷たく振り払った。
「……ロ、ローゼ……?」
手を振り払われたティモンが愕然とした表情でローゼを見る。
「ふ、ふふ、笑わせないで! 官僚試験にも通らないティモンとなんてもう付き合ってる意味が無いわ!」
「……は?」
「私たちの間に“真実の愛”なんてあるはずないじゃない!」
ローゼの豹変にティモンはついていけず、ポカンとした表情を浮かべている。
「……不合格ですって? 信じられない! せっかく、リーファの絶望顔が見られると思ったのに、こんなにバカだったなんて!」
「お、俺がバ、バカ……だと!?」
ティモンがバカにされた事に怒り出した。
「だってそうでしょ? 特別試験まで受けたのにも関わらずたった一人だけ不合格よ? こんな馬鹿だったなんて……! これまでの他の男達よりあっさり誘惑されてから私に落ちるまでが早かった時に気付くべきだったわ……」
「……ん?」
ローゼの言葉にティモンの動きが固まる。
「…………他の男達、より?」
「あ……!」
ローゼがしまった! と言わんばかりに口を押えたけれど遅かった。
「……どういう意味だ、ローゼ? 他の男、たち……誘惑?」
「……」
ローゼがスッとティモンから目を逸らす。
「目を逸らしたな!? まさか、お前……俺以外の男とも……それも複数……」
「何の話かしら?」
「誤魔化すな! 今、確かに口にしただろう!」
「聞き間違いよ?」
「ふ、ふざけるな……!」
そのまま互いを罵り合う二人。それは正直、見ていてとても見苦しい。
「……どっちもどっちだろうに」
カイン様が呆れた声で呟く。
「そうですね……」
私の事が本当はずっと嫌いで憎んでいたらしいローゼ。
ティモンはそれで狙われたのだと分かるけれど、そんなローゼに誘惑されてあっさり落ちたのはティモン自身だというのに。
(カイン様とは大違い!)
「どうかした? リーファ」
「いえ、カイン様がローゼの誘惑に負けなくて良かったな、という事を改めて感じていました」
「リーファ……」
私がそう口にすると、カイン様がさっきよりも強く私を抱き寄せる。
「当たり前じゃないか! だって僕にはこんなにも可愛い可愛いリーファがいる」
「!」
また! カイン様ったら、なんて事を口にするの。
こんな時なのに頬に熱が集まって来てしまう。
「こんなに小柄な身体であれだけの非道な暴力行為にも耐えて……」
「カイン様……?」
「性格は素直で真っ直ぐで健気で可愛らしいし……なのに努力家……」
「……あの?」
「時折見せてくれるようになった笑顔がまた……こんなの…………無理」
カイン様は物凄い早口だったので殆ど聞き取れなかった。
私が目を丸くしてカイン様を見つめていると、それに気付いたカイン様が軽く咳払いをする。
「───あ! コホン……とにかく、僕の愛しくて愛しくてたまらない婚約者は可愛いと言いたかっただけだよ」
「カイン様……」
あぁ、カイン様……さっさと終わらせて私の気持ちをあなたに伝えたい!
偽物ではなく……許されるなら本当の婚約者としてあなたの隣に立ちたいから。
その為にも今は見苦しい言い争いをしている二人をどうにかしないといけない。
ティモンはまだ、はっきりと自分の口で罪を認めていないもの……!
……そう思った時だった。
「……えぇい! さっきから黙って聞いていれば! どいつもこいつも……!」
そう叫んで割り込んで来たのは、
もしかしたらこの場で一番厄介で面倒なのかもしれない……ティモンの父親、モズレー伯爵だった。
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