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第27話 諦めが悪いようで
しおりを挟むローゼが叫び声をあげたせいで、余計に注目を集めてしまった。
それまでは、私達の近くにいた人達だけが聞き耳を立てている様子だったのに、離れた場所にいた人達までもが何事かと興味を示して、どんどんこちらに集まって来る。
(とんでもない事態になっているわ)
まさか、パーティーがこんな事になるなんて予想もしていなかったし、カイン様がこんなにも色々な事を調べていたなんて知らなかった。
「マーギュリー侯爵様! 酷いですわ!」
ローゼが泣きながらカイン様に訴えかける。
もはや、色仕掛けの話どころではなくなってしまっている。
「酷い? どこがだ。酷いも何も、僕は本当の事を言っただけだろう?」
「──っ!」
「リーファを自分の引き立て役にして、チヤホヤされるのが楽しかったんだろう? だからこそ、自分を差し置いてリーファに言い寄る男の存在が許せなかった。違うか?」
「~~っ!」
「リーファを口説こうとしていたはずなのに、いざ誘惑してみたらあっさり自分に堕ちてくる男達を見て嘲笑うのは楽しかったか?」
「……っ!!」
ローゼは無言でカイン様を睨みつける。
「やっぱり、女としての魅力は私の方が上……そう思っていたのだろうが、実際はそうじゃない。フェルド男爵令嬢、君は男達にとって単なる“都合のいい女”に成り下がっていただけだ」
「なっ! 都合……」
「どの男達も君自身の魅力に惹かれたわけじゃないんだよ」
カイン様の言葉にローゼは悔しそうに唇を噛んでいる。
男性達を誘惑しては関係を持っていた事をローゼはさっきから否定していない。つまり、それは全て事実だと語っているのと同じだった。
そんなあまりにも緩すぎる貞操観念に対して今、ローゼはパーティー参加者達から、かなり白い目で見られている。
そしてきっとこれは、すぐに社交界にもあっという間に広がっていくはず。
(それにしても……)
求婚? とか、交際の申し込み? とかされる心当たりが全く無いのだけど?
ティモンは置いておくとして、他の男性って誰なのかしら?
そんな事を思いながら、集まって来た人達を眺めていると何人かの令息と目が合った。
(……ん?)
なぜか揃いも揃って顔色が良くない彼らは、私と目が合うとどこか気まずそうに目を逸らしていく。
(なに……?)
不思議に思っているとカイン様が私の耳元でこっそり言った。
「……あぁ、誘惑されてフェルド男爵令嬢と関係を持った男達のうちの何人かはこのパーティーにも参加しているのか」
「え?」
「顔が真っ青だからよく分かる。今すぐにでもこの場から逃げ出したいって顔をしているよ。巻き込まれたくないんだろうなぁ……」
なるほど……
彼らは出来る事なら、今すぐにでもこの場から逃げ出したいけれど、今、ここで動いたら、自分はローゼと関係を持ったことのある男ですと暴露するようなものだものね……
(それにしては随分と顔色の良くない人が多い……)
ローゼはいったい何人誘惑して関係をもったのかしら?
それに、もしかするとティモンと付き合いながらも同じことを続けていたのかしら?
(ティモンは気付いて………ないわよね、きっと)
なんとなくそう思った。
「あんな女に誘惑されてコロッと落ちるような男共に、リーファが取られなくて良かったと心から思うよ」
「カイン様……?」
「そこだけはあの女に感謝かな?」
カイン様は小声でそう言いながら苦笑した。
「フェルド男爵令嬢は、リーファから男を奪っているつもりだったんだろうけど、実際はろくでもない奴らからリーファを守ってくれていたようなものだからね…………屈辱だろうなぁ」
「あ……」
言われてその通りだと思った。
ローゼが誘惑しなかったら今頃その中の誰かと婚約していたかもしれない。
「これは僕が勝手に思っている事だけど、フェルド男爵令嬢は誘惑に成功した後は男達にリーファについてある事ない事を吹き込んでいたんじゃないかと思うんだ」
「……え!?」
「だってそうだろう? 別れたあとに再びリーファを口説こうとされたら、誘惑した意味が無いからね」
だから、私は何も気付かないままだったのかと納得する。
再びローゼに視線を向けると、目が合った。
ローゼは私を睨みつけると、指をさしながら叫ぶ。
「……っ! リーファのくせに調子に乗ってるんじゃないわよ!」
「!?」
「あんたは、何してもパッとしない冴えない、つまらない女……見る目のない侯爵様だって、どうせすぐに他の男達みたいに目が覚めるはずよ! また捨てられて後悔するといいわ!」
───見る目のない侯爵?
私は自分をバカにされる事は慣れているから今更傷ついたりしないけれど、カイン様をバカにするのは許せない!
そう思ったら、ローゼに向かって声を荒らげていた。
「カイン様をバカにしないで!」
「はっ?」
「何も知らないくせに勝手な事を言わないで!!」
「はぁ? 何がよ!」
私に反抗されたからか、ローゼの表情はますます怒りが強くなる。
「カイン様はいつだって温かくて優しくて頼りになるとても素敵な人なの! ローゼが誘惑し続けてきた他の人達と一緒にしないで!」
「うるさいわよ……リーファのくせにっ……!」
「……」
「……」
私達はしばらく無言で対峙する。
「ローゼ。今のあなたは何を言っても見苦しいだけよ。周りをよく見たらどう?」
「……は?」
ローゼはハッとして辺りを見回す。
思っていた以上に注目されている事、人々から向けられている軽蔑の眼差しを感じて少し怯んだ様子を見せた。
「な、によ! どいつもこいつも何でそんな目で見るのよ……」
「……」
「リーファなんかに……この私が劣るなんて有り得ない……」
ローゼはブツブツと何かを呟いた後、突然、何かに気付いたかのようにハッとして顔を上げる。
「ふふ、そうよ……そうだった……ふふ」
「……ローゼ?」
また、あの不気味な笑い。
何だろう? と思っているとローゼは、またしても私に指をさしながら言った。
そしてどこか勝ち誇った笑みを浮かべている。
「リーファ! あなた、ちょっとだけ見目麗しい侯爵様の婚約者になれたからって浮かれてるかもしれないけどね?」
何がそんなにおかしいのか、ローゼはふふ……ふふふと笑いながら続ける。
この状況を見守っている人たちもその不気味さに引いていた。
そんな空気に気付かないローゼは自信満々に続けた。
「いいこと? 今、私にベタ惚れしてくれているティモンはね、未来の官僚になる男なのよ」
「え?」
「それも、誰よりも優秀な成績で、よ! 将来の大出世は間違い無しなの」
「……!?」
優秀な成績? 大出世!? あのティモンが?
と、思わず叫びそうになったのをギリギリ堪える。
「そんなティモンは私を妻にしてくれるはずだもの……だから、私は未来の優秀な官僚の妻となるのよ? ふふ、羨ましいでしょう?」
ローゼの言葉に周囲もざわめく。
「リーファもマーギュリー侯爵も、今ここで私を蔑むような目で見てくるあなた達も……皆、皆、私をバカにしたことを後悔するといいわ!」
(……ローゼ、あなたって人は……)
どうやら、ティモンの合格(しかも何故か優秀な成績)を確信しているらしいローゼは、とんでもない発言をしていた。
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