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第24話 戸惑う気持ち
しおりを挟む「……お父様」
ようやく届いた返事。
来るまでがすごく長かった気がする。
(心配かけてしまったわよね……)
「手紙は、僕とリーファそれぞれに届いているようだね。それにしてもアクィナス伯爵領は本当に遠いなぁ」
「そうですね……あ、あの、カイン様」
「構わないよ? 早く読みたいだろう?」
「はい。ありがとうございます」
カイン様が笑顔で頷いてくれたので、その言葉に甘えてこの場で手紙を開封する。
───リーファへ
その書き出しで始まるお父様の字に目を通す。
私の怪我の心配、ティモンとモズレー伯爵への怒り、そして───
「───えっ!」
私は驚きの声をあげる。
「リーファ、どうした?」
「……カイン様」
私は思わず情けない声を出してしまう。
だって……
「お父様とお母様……戻ってくるのにかなり時間がかかってしまうそうです」
「え? どういう事?」
さすがのカイン様も驚いている。
「……向こうではずっと雨が続いていたようで、土砂災害が発生してしまったそうなんです」
「土砂災害!? それで被害は?」
「……怪我人はいないそうですが、どうも一番大きな道が塞がれているようです……」
怪我人はいないと聞いたカイン様が安堵の表情を浮かべる。
私も人的被害が無くてよかったと心から思う。
けれど、お父様は今すぐこっちに向かって、ティモンとモズレー伯爵家を訴えたいが、土砂災害への対応をしなくてはならない事と、大きな通りが塞がれてしまったので、暫く身動きが取れない事が書かれていた。
(そんな! お父様達が戻って来ないと正式な訴えが出来ないわ)
そう歯痒く思っていたら、カイン様も自分に届いた手紙に目を通し始めた。
「僕の方の手紙にもそう書いてあるね」
「これではもう、泣き寝入……」
「……いや? 泣き寝入りする必要は無いよ、リーファ」
「え?」
カイン様のその言葉に俯いていた顔を上げる。
「アクィナス伯爵は、この件、自分の代わりに僕に全て任せてくれるそうだよ?」
「カイン様に?」
「うん、ほら」
そう言ってカイン様は自分の方に送られた手紙を私に見せてくれる。
要約すると、本来は自分の手で血祭りにあげてやりたいが、残念ながら叶いそうにないので代わりにカイン様に彼らをボコボコにしてくれ、と書いてあった。
(お父様……って、あら?)
「これで、モズレー伯爵家を堂々と追い詰められる」
カイン様はちょっと黒い笑顔でそう言いながらニンマリ笑うけれど、私としてはその先に書かれている事が気になって仕方がない。
「カイン様……お父様の手紙に求婚の事を書いていたのですか?」
カイン様とその話をしたのは手紙を出してからではなかったかしら?
どうしてお父様からの返信にその事が触れられているの?
「ああ、リーファから僕との“恋人”と“婚約”の話に頷いて貰ったあと、娘さんと結婚させてくださいと書いて急いでもう一通手紙を出しておいたんだ」
いつの間に……と驚いた。
「……私が良いのなら喜んで! ……と、書いてありますね?」
「うん、良かったよ。リーファは伯爵殿にとって大事な一人娘だから渋られるかもと思っていたんだけど」
カイン様がどこか嬉しそうに微笑んだ。
「……」
それって、もしかしたら私が手紙に、“お世話をしてくれる事になったマーギュリー侯爵様は、とても優しくていい方なの”と書いたからかもしれない。
(お父様……どんな顔で私の手紙を読んだのかしら?)
そう思うと今更だけど、自分の書いた手紙が恥ずかしくなってきた。
「リーファ、これで僕たちは正式な婚約者だよ?」
「こ……」
なぜかその婚約者という響きに私の頬にジワジワと熱が集まる。
ティモンとはあくまでも口約束だけの関係だった。
だから、私に正式な婚約者という存在が出来るのは初めて。
何だかとても照れくさい。
(でも、これは期間限定の関係なのよ……)
なのに……どうして私はそれを“寂しい”だなんて思ってしまっているのかしら?
───自分で自分の気持ちがよく分からなくて戸惑ってしまった。
◆◇◆
それから数日後。
「……ガーデンパーティーですか?」
「うん。そんなに規模の大きくないパーティーの招待状が届いているんだけど……リーファの身体の調子がいいなら一緒にどうかな? と思って」
「パーティー……」
カイン様には“確実に奴らを追い詰めるために、もう少し時間をくれないか?”と言われたので、今は特にする事も無いまま平穏に過ごしていた。
(ティモンの試験結果の発表もまだだものね……)
結果次第ではティモンがどう出てくるか分からない。
ただ、カイン様は絶対にティモンは不合格になるだろうと言っていて、おそらくだけど、そのタイミングでティモンとモズレー伯爵家を追い詰めるつもりなのかなと私は思っている。
そんな平穏な日々の中で持ちかけられたのが、とある家で開催されるガーデンパーティーに行かないか? という話だった。
「……ガーデンパーティーなら、昼間に開催されるし会場も屋敷の外、どうだろう?」
「昼間……屋敷の外……カイン様、それって……」
私が戸惑いながら訊ね返すとカイン様は優しく微笑む。
「うん。どうしてもリーファにとって“室内の夜のパーティー”は、まだ辛い記憶が残っていると思うんだ。でも、怪我も良くなったからそろそろ外に出てみてもいいのでは? とも思うし」
……僕としてはデートもしたいけど。
カイン様は苦笑しながらそう言って、ガーデンパーティーの招待状を見せてくれた。
「カイン様……」
私の傷付いた心の傷口を広げないようにと考えてくれている……その事が堪らなく嬉しかった。
「リーファ。パートナー必須のパーティーでは無いんだけど、僕に君をエスコートさせてくれないか?」
「……」
(そうよ……いつまでもここでお世話になってずっと怯えて暮らすわけにはいかないもの……)
私は頷いてそっとカイン様の手を取った。
───
このガーデンパーティーは、ティモンの試験結果発表の前日の開催だった。
時期的にティモンが参加したら……と怖かったので、カイン様は主催者の家に連絡をとってくれて、モズレー伯爵家の人間が誰も参加しない事まで確認してくれていた。
「明日が発表か……あと一日日程がずれていたら参加出来なかったかもね」
カイン様は私の手を取り馬車に乗り込みながらそう言った。
「それよりリーファ、馬車は大丈夫?」
「はい。でもあまりにも久しぶりで……少し戸惑いますね」
あの時、馬車に轢かれそうになった記憶は消えない。
だから馬車に乗り込む事ももっと怖いかと思ったけれど、私の心は自分でも驚くくらい落ち着いてくれていた。
……きっと、それはカイン様が横にいてくれて優しく手を握ってくれているから。
そう思うと心強かった。
───
私達がガーデンパーティーの会場に着くと、既に人はそれなりに集まっていて、それぞれ好きなように過ごしていた。
主催者に挨拶に行くと、若き侯爵のカイン様と地味な伯爵令嬢の私が一緒に現れた事に少し驚いていたけれど、それよりも主催者はとにかく自慢の庭園を見せたくて仕方がないと言った様子。
結局、挨拶の殆どは庭の話で終わってしまい、何かを聞かれることは無かった。
(ちょっと拍子抜け……)
カイン様も予想外だったのか残念そうに言った。
「……僕としては、リーファの事を可愛い婚約者だって紹介したかったのに。びっくりするぐらい聞かれなかった。何だか庭にしか興味なさそうだったね」
「そうですね」
あの庭好きはボブさんに匹敵するのでは───なんて考えていた時だった。
「え? やだ……嘘、もしかして、リーファ?」
(────!)
後ろから聞こえた、その聞き覚えのある声に私の身体がビクッと大きく跳ねた。
「リーファ?」
「……」
カイン様が様子のおかしくなった私に心配そうに声をかけてくれる。
だけど私はそれに何も答えられず固まってしまい、後ろを振り向く事も出来ない。
「ねぇ、リーファ! リーファでしょう? そうよね?」
その声の主が私に近づいて来ようとしているのが分かる。ますます足が竦んで動けない。
(どうして……どうしてここに?)
パーティーなんて、いつもどこかしらの家でたくさん開催されているのに。
こんな偶然は酷い……
「もう! リーファったら! 何で無視するの~? あ、もしかしてまだ私の事を怒ってる?」
その声は……
どこからどう聞いても、私がずっと親友だと思っていたローゼの声───……
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