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第23話 万全の対策を
しおりを挟むティモンの再試験の日。
私は朝からずっと落ち着かない気持ちでいた。
侯爵家での私は、カイン様と過ごしている時以外は、だいたい本を読んでいる事が多かった。右手が動くようになってからは刺繍など手を使う事も出来るようになり、伯爵家で過ごしていた頃と変わらない生活を送っている。
でも、今日は何もやる気がしなくてずっとぼんやりしていた。
「リーファ」
「カイン様?」
部屋の扉がノックされたので、そちらに視線を向けるとカイン様が立っていた。
手にはお馴染みのティーポットセット。
今、何時かと思えば、もう夕方近い。
「休憩時間になったからリーファとお茶をしようと思ってね」
「カイン様……」
そんなカイン様の笑顔にホッとする。
カイン様は部屋に入り、テーブルにティーポットセットを置くと、ソファーに座ったままぼんやりしていた私の元に近付きそのまま跪く。
(え? ……何かしら?)
カイン様はそっと私の手を取り、手の甲にキスをする振りをすると、どこか芝居がかった口調で言った。
「さて、我が姫。本日のご気分は如何ですか? 姫のお望みのお茶をご用意させていただきましょう! どのようなお茶でも構いません。この僕にお任せ下さい」
「!」
「可愛い僕のお姫様のために、今日も葉の種類は豊富に取り揃えております」
「カイン様……」
そう言って丁寧にお辞儀をするカイン様。
その姿に笑みが溢れそうになる。
(カイン様ったら……もしかして私を元気づけようとして……?)
本当にこの方は……と胸の奥がじんわりと温かくなる。
「そ、そうね……それなら、き、気分が落ち着けるお茶が欲しいわ! さ、さっさと寄越しなさい!」
「…………仰せのままに」
「……」
どこか間違えた気がしつつも精一杯、お姫様っぽく振る舞って答えてみたら、カイン様は明らかに笑いを堪えていた。
───
「今日も、美味しいです……」
「それは良かった」
私が素直な気持ちを口にすると、カイン様が安心したように微笑む。
カイン様が私を落ち着かせるためにとよく淹れてくれているこれらのお茶はハーブティーだと聞いている。
育てているのはもちろんボブさん。摘まれたそれを使ってお茶を淹れてくれるカイン様。
そんなカイン様がお茶を淹れる慣れた手付きの裏には指導したというメイドもいて……
(私、侯爵家の皆様にとても大切にされているわ)
そう思えて心の奥がほっこりした。
「今日のリーファは朝からずっと憂い顔だったからね」
「あ……そんなにバレバレでしたか?」
さすがカイン様。なんでもお見通しなのね。
私がそう思っていると、なぜかカイン様は私の向かい側ではなく、すぐ隣に腰を下ろす。
わたしは慌ててテーブルの上にカップを戻しながら、カイン様を見つめるとばっちりと目が合った。
「……カイン様?」
私が呼びかけると、カイン様はそっと私の肩に腕を伸ばしそのまま抱き寄せる。
(……あ!)
「リーファ、大丈夫だよ」
「……」
「どうせ、あの男はろくに勉強していないはずだ。それで受かるほど官僚試験というのはそんな甘いものじゃない」
その言葉に私も静かに頷く。
「しかも、今回の再試験は一次試験と二次試験での実力の違いが大きすぎて実施されたものだ」
「はい」
「当然、向こうはあの男の本当の実力を知りたい。だから、一筋縄ではいかないような試験問題をたくさん準備していると思うんだ」
「一筋縄ではいかない……」
確かにそうかも。
そうなると、過去の問題集でも見た厄介な引っかけ問題が多く出題されていそうだわ。
(……あれは、考える事も多いし解くのに時間がかかるのよね)
しかも、あれらの問題の凄いところは一見、とても簡単に見えること。だから勘違いしそうになる。
ちゃんとじっくり問題を読んであれ? となって引っかけだったのかと分かる仕組み。
難問もありながらのそんな問題ばかりだったら難易度はとても凄いことになっているかもしれない。
「僕には、あの小者男がそんな試験を突破出来る頭を持っているとは到底思えない」
「……」
(コロッと暴力行為の証拠となる念書を書いてしまう人だものね……)
私とカイン様が知り合っていて、こうしてお世話になっている事までを知らないにしても迂闊すぎる行動だもの。
「試験官たちもちゃんと分かって見極めてくれるさ」
「そうですよね」
「うん、だから……僕は憂い顔よりもリーファの可愛い笑顔が見たいな?」
「え?」
カイン様のもう片方の手がそっと私の頬に触れる。
目が合ってしまいドキンッと私の胸が大きく跳ねた。
(目……逸らせないわ。どうして?)
「カイン、様……」
「……リーファ」
そして、カイン様の顔がそっと私に近付いて来たと思ったら────……
「カイン様! リーファ様! ただいま戻りました! アクィナス伯爵家の様子を見てきましたよ!」
「「!!」」
コンコン……とノックの音が聞こえた? と思ったと同時にバーンと豪快な音を立てて部屋の扉が開けられた。
そこに飛び込んで来たのはボブさん。
後にも先にもこんなに元気いっぱいに扉を開ける使用人はボブさんだけ。ちなみに乱暴にしているつもりはなく、身体が大きすぎて力があり余ってしまい制御が大変らしい。
そんな今日の彼は、試験が終わった後のティモンが、万が一、アクィナス伯爵家を訪ねたら大変だという事で様子を見に行ってくれていた。
「すみません、勢い余ってすごい音で……って……(あっ!)」
私とカイン様の姿を見たボブさんがピシッと固まった。
そして、まるで睨んでいる? と彼のことを何も知らなければ大きく誤解されてしまいそうな程、強ばった表情になる。
「……っ! (こ、これは! お二人……イチャイチャ真っ最中ーー!?)」
「ボブ?」
「ボブさん?」
言葉を発することはせず、身体がプルプルし始めるボブさんを見て私とカイン様はどうしたのかと首を傾げる。
「……っっ! (ああ、とっても見たかった……! ではなく、邪魔をしてしまった? 私は、なんて事をーー……)」
ボブさんがその場から動かない。顔も強ばったまま。
(どうしたのかしら? まさか、ティモンがアクィナス伯爵家の前に現れた?)
私は不安になってしまう。
カイン様の言うように、試験が難しくてまともに解答出来なくて、“これはリーファのせいだ”と私に逆恨みして乗り込んで来た……?
「ボブ? まさか伯爵家に何かあったのか? あの男が……」
「……はっ! 失礼しました。(つい、未来の侯爵夫妻の仲睦まじい様子の想像を……)いえ、あの小者男は現れておりません」
「そうなのか?」
「はい! 王宮で張っていた他の者の話によれば小者男は家にも戻らずに街の方へと向かった、との事なので本日は伯爵家に来ることは無いと思われます。(宿街に向かったらしいから女性と会っている……けしからん!)」
(良かった……)
どうやら意味不明な理由での突撃は無さそう。その事に安堵した。
「分かった、ありがとう」
「ボブさん、ありがとうございます」
「い、いえ。私からの報告は以上です。で、では、(お邪魔な)私はこれで失礼します!(カイン様! あとは思う存分イチャイチャの続きを! 是非! もっと!)」
ボブさんはまた豪快にニカッと笑って足早に去っていく。
「え……急いでどこかに行ってしまったわ」
「早く、にゃんこに会いに行きたかったんじゃないか?」
「でも、よく見たらまた、顔の怪我が増えていましたよ?」
「……ああ」
ボブさん頑張って……!
と、めげない彼を心の中で応援しつつ、ティモンが現れなかったという事でようやく、気持ちが落ち着いてきた。
そのおかげで自然と頬が緩む。
「……リーファが笑った」
「え?」
「ようやく笑ってくれた……良かった」
そう言って嬉しそうな様子のカイン様に再び、抱きしめられたので私のドキドキは再熱した。
そうしてしばらくの間、カイン様の温もりを感じていたら、再び部屋の扉がノックされる。
豪快に扉が開かなかったので今度は誰かと思えば、向こうに立っていたのは侯爵家の家令。
「ご主人様、リーファ様、(いい雰囲気のところ申し訳ございませんが)今、宜しいでしょうか?」
何かしら? と私達は顔を見合わせる。
そんな私達に家令は言った。
「───アクィナス伯爵様からお手紙が届いております」
「「……!」」
それは、待ちに待ったお父様からの手紙だった。
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