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第18話 失礼な訪問者
しおりを挟むどうして、ティモンがマーギュリー侯爵家に?
目眩がしたせいで、またしてもふらつきそうになった私を駆け寄ったカイン様が支えてくれる。
「リーファ! 大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい……ちょっと目眩が……」
ティモン……
あまりにも非常識すぎる。約束も取らずにこんなに朝早く訪問するなんて。
ここまで常識の無い人だったのかと愕然とする。
(いいえ……だから、平気で私を殴ったのよね……)
私を支えてくれながら、カイン様は家令に訊ねる。
「要件は何だと言っている?」
「失礼だとは分かっているが至急、確認したい事があるから訪問させてもらった。今しか時間が無くて申し訳ない、との事です」
「確認したい事? リーファに会わせろ! という話ではないのか?」
「そこまでは言っていません」
私がここにいると知って来たわけでは無い?
いったい、ティモンは何を考えているの?
「これは……あれか? リーファがここにいるのではと目星をつけたと言うより、暴行事件の事を聞き出そうとしているのかな」
「え?」
「モズレー伯爵家に抗議をしたと言っただろう? ただ、何で今更のこのこと本人がやって来たのかは分からないけど」
それもこんな時間に……と、カイン様は付け加えた。
「とにかくリーファは部屋に戻るんだ。鍵もしっかりかけて……絶対に姿を見せてはダメだ」
「はい」
私は大きく頷く。
「あの面倒な男は……追い返してもいいけど、後々、煩そうだから……仕方がない。話だけ聞いて五分で帰ってもらおうかな」
(……カイン様)
「リーファ、心配しないで? すぐに戻るよ」
カイン様は私の頭を撫でると玄関へと向かった。
私は言われた通りに部屋へと引き返し、鍵をしっかりかけて大人しくティモンが帰るのを待つことにした。
◇◇◇
せっかくのリーファとの朝の時間を邪魔された僕はかなり苛立っていた。
リーファは何だか僕の事を意識してくれている様子だったから、とても幸せな気持ちだったのに。
どうせなら、その苛立ちをこの男に全部ぶつけてやろうか?
そんな気持ちで目の前の男を見る。
「───初めまして、かな? モズレー伯爵家令息のティモン殿」
「ティモン・モズレーと申します。本日は朝早くから申し訳ございません」
一応、詫びる気持ちはあるらしい。だったら来るな! としか思わないが。
僕は、ほとんどこの国にいなかったからこの男と顔を合わせるのは初めてだ。
(こいつがリーファを……)
あんなに酷い有り様になるまで傷付けた男……
そして、リーファはあの時、幼なじみとだけ言ってはっきりと関係を語らなかったが、こいつは元恋人なのだろう。
(元恋人……それだけでもボコボコに殴ってやりたい気分だな)
まぁ、残念ながらそれは今じゃない。
だが、後々、僕は絶対にこいつを殴ってやると決めている。
リーファの受けた痛みをこいつも思い知るべきだ。
「うん、本当に。こんな非常識な訪問は初めてだよ。これが未来の官僚になろうとしている人のする事なのか? と心から思うよ」
「……ぐっ」
最低男は“未来の官僚”という言葉に反応を示した。
「……か、官僚試験の事……ご、ご存知なのですね……」
「それなりに話は伝わってくるからね」
「そ、そうですか」
「それで? こんな常識外の時間に、さぞかし今は勉強で忙しいはずの君が何をしにここに来たのかな?」
「……っ」
僕が苛立っている事に気付いたのか最低男は、少し怯えながら答える。
「ち、父に、マーギュリー侯爵様が俺を訴えている……と聞きまして、それで、その……」
「……」
本当に今更だな。
(……ああ、でも、そういう事か)
やっと分かった。
この様子……モズレー伯爵は、僕があの手紙を送った当初、こいつにまともな確認をせずに返事を返して来たようだ。
だけど、何かの拍子にようやくこいつの耳に入った……ってところか。
それで慌ててやって来たと……そんな所だろう。
(子が子なら親も親だな……)
どうしようもなさにほとほと呆れる。
「そ、それで……リー……」
「君がアクィナス伯爵令嬢をあそこまで執拗に傷付けた理由はなんだ? 彼女が何をしたと言うんだ?」
こいつの口から“リーファ”の名が出ようとするだけで腹が立つ。
ダメだ。この男だけはやはり許せない。
俺の怒りを感じた最低男は、一瞬たじろいだけれど、すぐにヘラッとした笑顔を浮かべる。
その事にもイラッとした。
「ご、誤解です……侯爵様は誤解しているんですよ……」
「誤解だと?」
「そ、そうなのです! あの女、リーファ・アクィナス伯爵令嬢は……とんでもない悪女のような女なのです!」
「……悪女?」
僕は今すぐ殴りつけたい気持ちをどうにか押し殺して続きを促す。
リーファが悪女? まさか、こいつは自分の罪から逃げるためにリーファを悪にしようというのか?
「俺は彼女にはめられた被害者なのです!」
「……ほう?」
「も、もともと俺は彼女の幼なじみで……それで、その……昔から彼女は俺に好意を持ってくれていたのですが、俺には他に愛する人がいまして……どうもリー……彼女はその事が許せなかったらしく、あの日は……」
この最低男は僕が何も知らないと思って、どんどん有りもしない嘘の話をでっちあげていく。
──俺は悪くない。悪いのは向こうだ。
とにかくそう主張したいらしい。
なんて、気分の悪い男なのだろうか。
「理由はなんであれ、令嬢に手を上げる事は感心しないが? ああ……君の場合は足も、だったか?」
「ぐっ……!」
この男はバカなのか?
いくらリーファを悪者にしたところで、暴力行為が正当化されるわけが無いだろう?
僕が同調するとでも思ったのか?
気分が悪いのでさっさと帰ってもらおうと思う。
「それで? わざわざ訪ねて来た目的はなんだ?」
「……っ」
一瞬、言葉に詰まった最低男は僕の顔色を窺うように言った。
「こ、侯爵様にはこの件を、で、出来れば、内密にして騒ぎ立てないでおいて欲しく……」
「……内密?」
「も、勿論! ただで……とは申しません!」
「……」
───その言葉を聞いた時、こいつはダメだ。心からそう思った。
◆◇◆
「リーファ、僕だよ」
ティモン、お願いだから早く帰って! カイン様を傷つけたりしないで!
と、ひたすら願っていたら部屋の扉がノックされた。
「……カイン様」
私がそっと扉を開けると、酷く疲れた様子のカイン様が立っていた。
「だ、大丈夫ですか? ティモンは……」
「大丈夫。それと、あの男は帰ったよ。だから、もう部屋から出て大丈夫だ」
帰った……その事にホッとする。
もし、万が一、部屋に乗り込んできたらどうしよう、カイン様が怪我をしたらどうしよう……それがとにかく心配だった。
「……リーファがここにいるという目星をつけたわけではなかったみたいだ」
「で、では、何をしに?」
「口止め」
「く……」
口止め……やっぱりティモンは……最低だ。
私が悔しくて唇を噛んでいたら、カイン様が優しく私を抱きしめた。
「……想像以上に最低な男だった」
「はい……」
「でもね、あのバカ男。僕に口止め料を提示したんだよ」
「え!」
私が顔を上げるとカイン様はにっこり笑った。その笑顔はちょっと黒い。
「おかげで、彼がリーファに暴力行為をしたという証拠が手に入ったよ」
「え?」
「ほら」
カイン様がニコニコ顔で私に差し出したのは、ティモンの直筆で書かれた口止め料の支払いについての念書のようなもの。
「口先だけでは信じられないと言ってね、書かせたよ」
「え……!」
「この訪問と口止めの要求は……あの男の独断だろうね。伯爵は白を切るつもりだったんだから。でもおかげで伯爵が出せと求めていた証拠も手に入れられたし……」
そこで言葉を切ったカイン様が、もう一度私を抱きしめる。
「リーファとの朝の時間を邪魔されて腹立たしいと思ったけど、結果としては良かった……のかな?」
「カイン様……!」
それもだけど、とにかくカイン様が無事でよかったと心から思う。
そう思って私から強く抱きついた。
「……リーファ?」
「カイン様……」
私達はそれ以上は言葉を発さず、ただお互いの温もりだけを感じていた。
……一方のティモンは、侯爵は話に乗ってくれた! 上手く口止めが出来たぞ! とほくそ笑みながら、リーファがいると信じているアクィナス伯爵家へと向かっていた。
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