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第16話 やっぱり愚かな男
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「……カイン様ったらおかしかったわ」
カイン様から話を聞き終えた私は部屋に戻った。
ソファーに腰をかけると、さっきのカイン様の様子を思い出してはまた一人で笑ってしまう。
(カイン様って優しくて温かいけれど面白い人でもあるのね)
出会ってまだそんなに経っていないのに、彼の側にいる事がとても居心地がいい。
そんな風に思ってしまう。
「不思議ね。カイン様は偽物の恋人なのにティモンよりも恋人っぽいなんて……」
(ティモン……)
ティモンの再試験の話はとにかく驚いた。
面接で彼の本性を見抜いて不合格にして欲しいと願ってはいたけれど、まさかの再試験!
でも、本当にティモンにそこまでの実力が無いのであれば、ここで落とされるはず。
「再試験の実施は、試験管の人達も一次と二次の結果があまりにも違いすぎて判断がつけられなかったからなのかしら……?」
二次試験で落ちるほどの酷い試験結果を出したティモン。
カンニングや替え玉受験などの不正を働いた? もしくは体調不良だった? ……きっと色々な憶測を呼んだに違いない。
「でも、一次試験の成績が優秀だっただけで、わざわざそこまでするものなのかしら? 簡単に切り捨てられなかったのは他にも何か理由がある?」
そこだけは少し疑問だった。
「でも、もう私には関係のない話だわ」
───私はそう割り切って考えていたのだけど。
「ごめん、リーファ。少しいいだろうか?」
「……? カイン様?」
その日の夕方、部屋で仕事をしているはずのカイン様が私の部屋の扉をノックした。
私が扉を開けると、カイン様が立っていた。だけどその顔色はあまり良くない。
「ど、どうされたのですか!? 顔色が……」
「え? そんなに変……?」
「はい。とても悪いですよ?」
カイン様は自分の顔色が悪い自覚があまり無さそうだった。
こんなのますます心配になってしまう。
「えっと、とにかくまずは座って下さ……」
「……リーファ。モズレー伯爵家の三男……ティモンが君の家に現れたそうだ」
(───え?)
カイン様をソファーに座らせようと動いていた自分の手がピタリと止まる。
……今、なんて言った?
振り返った私は無言でカイン様の顔を見つめた。
「……先程、アクィナス伯爵家から早馬で連絡があったんだ」
「早馬……」
「モズレー伯爵家の三男がお嬢様に会いたいと言って訪ねて来た……と」
「ーーっ!」
(──ティモン!)
彼はいったい何をしに来たというの!?
あの時、殴られた痛みと蹴られた痛み……怖かった気持ち、裏切られた絶望……どんなに身体の傷が癒えても、無かったことにはならない。
(身体が震える……)
「アクィナス伯爵家の者には、リーファを預かる話をした時に、もしもリーファを訪ねて来る者がいたら直ぐに教えるようにと言っておいたんだけど…………って、リーファ!」
「カイン様……」
ふらつきそうになった私をカイン様が抱きとめてくれる。
「リーファ、大丈夫!?」
「す、すみません……」
「いや、僕の方こそすまなかった。何も知らないでいるよりは、と思ったけど言わない方がよかったかな……」
カイン様の表情が固くなる。
「……いいえ、何も知らされない方がもっと嫌です……でも……気味が悪い」
「リーファ……」
再試験の話みたいに、私と関わらない所でのティモンの話を聞くだけなら平気だった。
だけど、ティモンが私に関わろうとしているなら話は別。
「今更……いったい何の為に……私に会おうと言うの……」
「……リーファ、大丈夫だ」
カイン様がそっと優しく私を抱きしめる。
(温かい……)
カイン様の心臓の鼓動が聞こえる。少し早い?
そして、私の身体を思ってそっと抱きしめてくれている……そう思うだけで気持ちが落ち着いていく。
(もっと……こうしていたいな)
素直にそう思った。
「……カイン様、もう少しだけこうしてもらってもいいですか?」
「喜んで」
「…………ふっ……」
「え! ……なんでそこで笑うかな……」
「だって……!」
カイン様の即答に心がほっこりしたと同時に笑ってしまった。
(ああ……大丈夫。カイン様がいてくれているから私は笑えているわ───……)
────
「恐らくだけど……十中八九、再試験の事だと思うんだ…………あ、どうぞ」
どうにか落ち着いた私をソファーに座らせたカイン様。
そして、またあのリラックス出来るお茶を私のためにと慣れた手つきで淹れてくれた。
「ありがとうございます……」
カップを受け取って一口飲むとカイン様の温かい心が伝わってくるようで心からホッとした。
「再試験……つまり、ティモンは勉強が思うようにいっていない、という事ですか?」
「おそらくは」
「……」
なんて身勝手な人なのだろう。そんな感想しか出てこない。
再試験がどのように行われるかは知らないけれど、怠け気味だったティモンが勉強しようというのだから、難しいのかもしれない。
それで、困ってまた私に手伝え……そう言いに来た?
「……そんなの自業自得じゃない!」
私はカップをソーサーに戻しながら憤る。
そもそも二次試験の結果だってティモン自身が招いた結果。
ティモンの性格からいって“落ちない試験”と、舐めてかかったに違いない。
「うん。僕もそう思う」
そう言って私の隣に腰を下ろしたカイン様は、そっと肩に腕を回して私を抱き寄せる。
こんな時なのにその密着ぶりに胸がドキドキしてしまう。
「……リーファをこの家に住まわせておいて良かった」
「カイン様……?」
「もし伯爵家に帰していたら……と思うとゾッとする」
現在、数名の使用人しか残っていない状態の防御力の低いあの家に、ティモンは我が物顔で乗り込んで来たかもしれない。確かにそれはゾッとする。
「まさか、リーファがマーギュリー侯爵家にいるとは思いもしないだろう」
「そうですね……ところで、我が家の者たちは何と言って追い返したのでしょうか?」
「お嬢様は今、誰にも会いませんし、会えません……と。手紙によると、何でだ! と怒り気味でかなり不満そうな様子だったみたいだね」
「不満って……」
ティモンはバカなの?
あれだけの事をしておいて私が素直に会うとでも思ったの?
自分のした事、忘れてるわけじゃないわよね?
……もしかして私はそこまで馬鹿だと思われている?
(まさかとは思うけど、まだ私がティモンの事を好きだなんて勘違いしてるんじゃ……)
ティモンの思惑が何であれ、平気な顔で私の前に姿を現そうとした事にますます腹が立ってくる。
「……リーファの身体の調子が良くなって来たなら、外でデートをしたいと考えていたけど、これはお預けにするしかないな」
「デ、デート!?」
私はカイン様の腕の中でパッと顔を上げる。
私の目がキラキラと輝いたのが分かったのか、カイン様が優しく微笑んだ。
「だって“恋人”だからね。デートは必須だろう?」
「恋人……」
「リーファはずっと屋敷から出られていないから、身体も動かせて気分転換にもなるしでいいと思ったんだ……それに」
「それに?」
カイン様はたくさん私のことを考えてくれている、その事がたまらなく嬉しい。
私は笑顔で聞き返した。
「それに……僕が純粋にリーファと……デ、デートがしたいと思った!」
「……え!」
カイン様は照れ隠しなのか直ぐに少しだけ強めに私を抱きしめる。
その顔を腕の中からこっそり見上げると頬が赤い。もしかして私も同じくらい赤いかも……そう思うと一気に恥ずかしさが込み上げてきた。
「もう一度、モズレー伯爵家に抗議を入れるか……? 今度は“恋人”として……」
「カイン様?」
カイン様が私を抱きしめながら小さな声でブツブツ呟いている。
気のせいでなければ“抗議”と聞こえた。
「うん……早くリーファと婚約して結婚した……ゴホッ……い、いや、アクィナス伯爵たちはいつ頃戻って来れるのかなと思ってね」
何かを言い直していたカイン様だけど、お父様たちの事は私も気になっている。
「手紙の返信も来ていませんね……」
私の手紙を受け取り、すぐに返事を書いてくれたなら、そろそろ返事が到着してもおかしくは無い頃。
「リーファ、大丈夫だ。僕がいる」
「ありがとうございます……」
私の不安を感じ取ったかのように優しく抱きしめてくれるカイン様。
彼が今は私の心の支えとなってくれている……そんな実感があった。
───そして。
そんな愚かとしか思えないティモン。
私に会うことを諦めていなかった彼は翌日、更に思いがけない行動に出ようとしていた。
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