上 下
17 / 46

第16話 やっぱり愚かな男

しおりを挟む

◆◇◆


「……カイン様ったらおかしかったわ」

  カイン様から話を聞き終えた私は部屋に戻った。
  ソファーに腰をかけると、さっきのカイン様の様子を思い出してはまた一人で笑ってしまう。
   
  (カイン様って優しくて温かいけれど面白い人でもあるのね)

  出会ってまだそんなに経っていないのに、彼の側にいる事がとても居心地がいい。 
  そんな風に思ってしまう。

「不思議ね。カイン様は偽物の恋人なのにティモンよりも恋人っぽいなんて……」

  (ティモン……)

  ティモンの再試験の話はとにかく驚いた。
  面接で彼の本性を見抜いて不合格にして欲しいと願ってはいたけれど、まさかの再試験!
  でも、本当にティモンにそこまでの実力が無いのであれば、ここで落とされるはず。

「再試験の実施は、試験管の人達も一次と二次の結果があまりにも違いすぎて判断がつけられなかったからなのかしら……?」

  二次試験で落ちるほどの酷い試験結果を出したティモン。
  カンニングや替え玉受験などの不正を働いた?  もしくは体調不良だった?  ……きっと色々な憶測を呼んだに違いない。

「でも、一次試験の成績が優秀だっただけで、わざわざそこまでするものなのかしら?  簡単に切り捨てられなかったのは他にも何か理由がある?」

  そこだけは少し疑問だった。

「でも、もう私には関係のない話だわ」


  ───私はそう割り切って考えていたのだけど。
 

「ごめん、リーファ。少しいいだろうか?」
「……?  カイン様?」

  その日の夕方、部屋で仕事をしているはずのカイン様が私の部屋の扉をノックした。
  私が扉を開けると、カイン様が立っていた。だけどその顔色はあまり良くない。

「ど、どうされたのですか!?   顔色が……」
「え?  そんなに変……?」
「はい。とても悪いですよ?」

  カイン様は自分の顔色が悪い自覚があまり無さそうだった。
  こんなのますます心配になってしまう。

「えっと、とにかくまずは座って下さ……」
「……リーファ。モズレー伯爵家の三男……ティモンが君の家に現れたそうだ」

  (───え?)

  カイン様をソファーに座らせようと動いていた自分の手がピタリと止まる。
  ……今、なんて言った?
  振り返った私は無言でカイン様の顔を見つめた。

「……先程、アクィナス伯爵家から早馬で連絡があったんだ」
「早馬……」
「モズレー伯爵家の三男がお嬢様に会いたいと言って訪ねて来た……と」
「ーーっ!」

  (──ティモン!)

  彼はいったい何をしに来たというの!?
  あの時、殴られた痛みと蹴られた痛み……怖かった気持ち、裏切られた絶望……どんなに身体の傷が癒えても、無かったことにはならない。
  
  (身体が震える……)

「アクィナス伯爵家の者には、リーファを預かる話をした時に、もしもリーファを訪ねて来る者がいたら直ぐに教えるようにと言っておいたんだけど…………って、リーファ!」
「カイン様……」

  ふらつきそうになった私をカイン様が抱きとめてくれる。

「リーファ、大丈夫!?」
「す、すみません……」
「いや、僕の方こそすまなかった。何も知らないでいるよりは、と思ったけど言わない方がよかったかな……」

  カイン様の表情が固くなる。

「……いいえ、何も知らされない方がもっと嫌です……でも……気味が悪い」
「リーファ……」

  再試験の話みたいに、私と関わらない所でのティモンの話を聞くだけなら平気だった。
  だけど、ティモンが私に関わろうとしているなら話は別。

「今更……いったい何の為に……私に会おうと言うの……」
「……リーファ、大丈夫だ」
 
  カイン様がそっと優しく私を抱きしめる。
 
  (温かい……)
  
  カイン様の心臓の鼓動が聞こえる。少し早い?
  そして、私の身体を思ってそっと抱きしめてくれている……そう思うだけで気持ちが落ち着いていく。

  (もっと……こうしていたいな)

  素直にそう思った。

「……カイン様、もう少しだけこうしてもらってもいいですか?」
「喜んで」
「…………ふっ……」
「え!  ……なんでそこで笑うかな……」
「だって……!」

  カイン様の即答に心がほっこりしたと同時に笑ってしまった。

  (ああ……大丈夫。カイン様がいてくれているから私は笑えているわ───……)


────


「恐らくだけど……十中八九、再試験の事だと思うんだ…………あ、どうぞ」

  どうにか落ち着いた私をソファーに座らせたカイン様。
  そして、またあのリラックス出来るお茶を私のためにと慣れた手つきで淹れてくれた。

「ありがとうございます……」

  カップを受け取って一口飲むとカイン様の温かい心が伝わってくるようで心からホッとした。

「再試験……つまり、ティモンは勉強が思うようにいっていない、という事ですか?」
「おそらくは」
「……」

  なんて身勝手な人なのだろう。そんな感想しか出てこない。  
  再試験がどのように行われるかは知らないけれど、怠け気味だったティモンが勉強しようというのだから、難しいのかもしれない。
  それで、困ってまた私に手伝え……そう言いに来た?

「……そんなの自業自得じゃない!」

  私はカップをソーサーに戻しながら憤る。
  そもそも二次試験の結果だってティモン自身が招いた結果。
  ティモンの性格からいって“落ちない試験”と、舐めてかかったに違いない。

「うん。僕もそう思う」

  そう言って私の隣に腰を下ろしたカイン様は、そっと肩に腕を回して私を抱き寄せる。
  こんな時なのにその密着ぶりに胸がドキドキしてしまう。

「……リーファをこの家に住まわせておいて良かった」
「カイン様……?」
「もし伯爵家に帰していたら……と思うとゾッとする」

  現在、数名の使用人しか残っていない状態の防御力の低いあの家に、ティモンは我が物顔で乗り込んで来たかもしれない。確かにそれはゾッとする。

「まさか、リーファがマーギュリー侯爵家にいるとは思いもしないだろう」
「そうですね……ところで、我が家の者たちは何と言って追い返したのでしょうか?」
「お嬢様は今、誰にも会いませんし、会えません……と。手紙によると、何でだ!  と怒り気味でかなり不満そうな様子だったみたいだね」
「不満って……」

  ティモンはバカなの?
  あれだけの事をしておいて私が素直に会うとでも思ったの?
  自分のした事、忘れてるわけじゃないわよね?
  ……もしかして私はそこまで馬鹿だと思われている?

  (まさかとは思うけど、まだ私がティモンの事を好きだなんて勘違いしてるんじゃ……)

  ティモンの思惑が何であれ、平気な顔で私の前に姿を現そうとした事にますます腹が立ってくる。

「……リーファの身体の調子が良くなって来たなら、外でデートをしたいと考えていたけど、これはお預けにするしかないな」
「デ、デート!?」

  私はカイン様の腕の中でパッと顔を上げる。
  私の目がキラキラと輝いたのが分かったのか、カイン様が優しく微笑んだ。

「だって“恋人”だからね。デートは必須だろう?」
「恋人……」
「リーファはずっと屋敷から出られていないから、身体も動かせて気分転換にもなるしでいいと思ったんだ……それに」
「それに?」

  カイン様はたくさん私のことを考えてくれている、その事がたまらなく嬉しい。
  私は笑顔で聞き返した。

「それに……僕が純粋にリーファと……デ、デートがしたいと思った!」
「……え!」

  カイン様は照れ隠しなのか直ぐに少しだけ強めに私を抱きしめる。
  その顔を腕の中からこっそり見上げると頬が赤い。もしかして私も同じくらい赤いかも……そう思うと一気に恥ずかしさが込み上げてきた。

「もう一度、モズレー伯爵家に抗議を入れるか……?  今度は“恋人”として……」
「カイン様?」

  カイン様が私を抱きしめながら小さな声でブツブツ呟いている。
  気のせいでなければ“抗議”と聞こえた。

「うん……早くリーファと婚約して結婚した……ゴホッ……い、いや、アクィナス伯爵たちはいつ頃戻って来れるのかなと思ってね」

  何かを言い直していたカイン様だけど、お父様たちの事は私も気になっている。

「手紙の返信も来ていませんね……」

  私の手紙を受け取り、すぐに返事を書いてくれたなら、そろそろ返事が到着してもおかしくは無い頃。

「リーファ、大丈夫だ。僕がいる」
「ありがとうございます……」

  私の不安を感じ取ったかのように優しく抱きしめてくれるカイン様。
  彼が今は私の心の支えとなってくれている……そんな実感があった。


  ───そして。
  そんな愚かとしか思えないティモン。
  私に会うことを諦めていなかった彼は翌日、更に思いがけない行動に出ようとしていた。
しおりを挟む
感想 413

あなたにおすすめの小説

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

処理中です...