5 / 46
第5話 助けてくれた人
しおりを挟む───それから先の事はあまり覚えていない。
覚えているのは、誰かの「危ない!」という声にハッとした後、自分の目の前に馬車が迫って来ていた事。
ダメ……このままだと轢かれてしまう! 逃げなきゃ!
そう思った事までは覚えている。
「─────……?」
私は静かに目を覚ました。
最初に思ったのは、あれ? おかしいわ。私、馬車に轢かれたのでは? だった。
(どういう事?)
目を開けた私の視界に飛び込んできたのは見知らぬ部屋の天井だった。
とりあえず、ここが自分の部屋ではない事だけは分かる。
全身が痛いけれど、それはティモンに蹴られた時の身体の痛みに違いない。
馬車に轢かれていたらもっと酷い怪我を負うか、最悪だと──……
そう思うとゾッとする。
(……生きている……つまり? 私は馬車に轢かれなかった?)
でも今、私は明らかに寝かされている。
フッカフカのベッドに。
寝心地が私のベッドと比べ物にならないほど気持ちいい。本当にここはどこ?
状況把握の為に、身体を起こそうと力を入れた。だけど……
「痛っ……!」
ティモンに蹴られた背中が特に痛む。そのせいで上手く起き上がれなかった。
「───お嬢様! お目覚めですか!?」
(え? ……誰?)
おそらく、メイド? と思われる人が慌てた様子で私に駆け寄ってくる。
「目が覚めて良かったです……あ、お医者様を呼んで参りますね! そのまま楽にしてお待ちください」
「え? あ、あの……!」
ここが何処なのかくらいは説明して~……
と、思ったけれど、そのメイドらしき人はバタバタと慌てて部屋から出ていってしまう。
「……お医者さま?」
つまり、ここはどこかの屋敷?
考えられるのは、パーティーの主催者の屋敷に運ばれたという事だけど……
「こんなに豪華な屋敷だったかしら?」
ザッと見ただけでも分かる。
この家はかなりのお金持ちだ。
今、私が寝かされているこの部屋にある調度品や飾ってある絵画、花を活けてる花瓶……どれをとってみても、かなりの高級品だと分かる。
「うーん?」
私が首を傾げていると、
「お嬢様、お待たせしました。お医者様をお連れしました」
そんな彼女の声と共にお医者様と思われる年老いたおじいちゃん先生と、歳の若そうな男性が部屋に入って来た。
(……後ろの男の人は誰!?)
「では、診察しようかの」
「よ、よろしくお願いします?」
色々と疑問はあったけれど、私は大人しく診てもらう事にした。
────
「ふむ……お嬢さん。この身体中の怪我は……」
「……っ!」
(どうしよう……なんて答えれば?)
素直に暴行を受けたと言ってもいいの?
ティモンに何かされない?
私がお医者様からの質問の答えにつまっていると、先生と一緒に入って来た謎の男性が、衝立の向こうから訊ねてきた。
「……彼女は運ぶ時に痛そうにしていたが、馬車と接触しそうになった際に出来た怪我とは違うのか?」
「違いますな」
お医者様がキッパリと否定する。
「こちらの頬の腫れも違いますぞ」
「何だと? その顔の傷は先程負った怪我ではなかったのか!?」
お医者様のその言葉に驚いたのか、男性が衝立を超えて姿を現した。
そしてじっと私の事を見た。
「侯爵様……これは人の手によるものと思われますぞ」
「人の手、だと?」
人の手、と聞いた男性が怪訝そうな顔になる。
その表情は怒っているようにも見えた。
「失礼、お嬢さん。この身体中にある傷も誰かの手によるもの……そうですな?」
「……」
お医者様にそう訊ねられるけど、こんな見ず知らずの人達の前で頷いていいものなのかよく分からない。
もしも、この人達がティモンやローゼと繋がりがあったら……そう思うと素直に頷けなかった。
そのせいで、私の口から出たのは別の言葉になってしまう。
「私……は、馬車に轢かれたのではないのでしょうか?」
謎の男性が静かに首を横に振る。
「いや。君は轢かれてない。すんでのところで助かった」
「そう……なんですね」
「だが、君はそのままその場に倒れて意識を失ってしまったんだ」
「え?」
だから、あの危ない! という声かけをされた後の事を覚えていないのか、と納得した。
「馬車と接触……はしなかったように見えたが倒れたうえ、意識も失っている。頭を打った可能性はあると思った。そしてよく見れば顔に怪我を負っていたので僕の屋敷に君を運んだんだ」
「お、お屋敷……」
僕の?
つまり、ここはこの若い男性の屋敷?
「す、すみませんが……あの、貴方は?」
何処の誰なのかしら?
覚えのない顔なので、少なくともこれまで私と面識があった人ではない。
失礼だったかなと、心配になったけれど彼は気を悪くした様子もなく答えてくれた。
「ああ、すまない。僕はカイン。カイン・マーギュリー」
「マーギュリー……って、侯爵家の……?」
「そうだ。先日、留学から戻って来て僕が跡を継いだばかりなんだが」
男性が腕組みをしながらそう答えた。
(まさかの侯爵家!)
そして、この国にいなかったから全然面識が無かったのかとも納得した。
「……それで、君はどこの令嬢なんだ? 何故そんな酷い怪我をしている? 誰にやられた? どうして馬車の前に飛び出した?」
「え、あ……」
次から次へと訊ねて来るので、答えようにも追いつかない。
「あの時、僕が声をかけなかったら、君は間違いなく轢かれていたぞ?」
侯爵様の目が怒っている気がする。
これは、もしかして私の足取りがフラフラしていたせいで、自ら馬車の前に飛び込んだと思われているんじゃ……!?
「まさかとは思うが……命を無駄にするつもりだった、のか?」
「そ、それは違います!!」
そこだけは全力で否定させてもらう。
そんなつもりは一切無かった。
どんなに惨めで悔しくても私はそんな事は絶対に考えたりしない!
私は彼の目をしっかりと見つめながら否定する。
「……では、何があったんだ?」
「そ、それは……」
出来れば口にしたくは無いけれど、でも、この方は見ず知らずの私を助けてくれて屋敷まで運んで治療までしてくれた。
その義理はちゃんと果たさないといけない。
(それに、この国の社交界にいなかった方なら、ティモンとの繋がりはないはず!)
「わ、私は……リーファ・アクィナスと申します。アクィナス伯爵家の娘です」
「アクィナス伯爵家? 伯爵令嬢だったのか」
「はい。それで、こ、この怪我は……」
しんっと静まり返った部屋に自分の声がとてもよく響いていた。
125
お気に入りに追加
7,744
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる