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第4話 地味でつまらない女
しおりを挟む「ふふ、そんなハッキリ言っちゃうのね」
「だって、地味だろう? ローゼの華やかさの欠けらも無いような女」
「ふふ、分かるけど、そんな言い方は可哀想よ~?」
リーファが地味なのはしょうがないじゃなーい。
と、ローゼは小馬鹿にしたように笑う。
「地味すぎて手を出す気にもならないよ」
「きゃー、ますます可哀想!」
「地味過ぎて顔を見ているだけでも萎えそうだが、とにかく結婚さえしてしまえば、後は俺の好きに出来るはずなんだ」
「ふふ、そうすれば私は“未来のアクィナス伯爵様”の愛人になれるのね?」
(何を言っているの?)
さっきからこの二人は、どれだけ私をバカにするのだろう?
確かに私は地味かもしれない。だけど、それはここまで笑われるような事なの?
それに……
結婚さえしてしまえば、ティモンの好きに出来る?
アクィナス伯爵家の子供は確かに私だけよ。
本来なら私が婿取りをして夫となる人が爵位を継ぐ……ティモンはそう思ったからこその発言なのだろうけど。
(お父様とお母様は私が好きな人の元に嫁げるようにと、無理に縛りたくないからと言って親戚から養子をもらう準備をしていたのよ?)
それに、ローゼも堂々も愛人になるだなんて……何を言っているの……
「……」
耐え切れなくなった私は、そのままの勢いで二人の前に飛び出した。
「……え?」
「や、だ、うっそ! リーファ!? 何でここに?」
今、まさにローゼのドレスの肩紐を解こうとしていたティモンの手がピタッと止まる。
二人は言い逃れなんて出来ないほどの密着状態で驚きながら私の顔を凝視した。
「リ、リーファ! こ、これはだな……そうだ、ごか……」
この様子で誤解だ! が通じるとでも思ったのか、ティモンが必死に誤魔化そうとしている。
私は首を横に振りながら睨むようにして二人を見た。
「ティモン、ローゼ……全部聞こえたわ」
「「……!」」
チッと舌打ちしたのは、二人のうちどちらだろう?
私は怒りなのか悲しみなのかよく分からない感情が渦巻いたまま二人を問い詰める。
「どういう事なの? 二人はずっと私に隠れて関係を持っていたの?」
「「……」」
「ティモンが私に交際を申し込んだのは、お金と爵位が目当てだったの?」
「「……」」
「二人はそうやってずっと影で私のことを嘲笑っていたの?」
「「……」」
二人は黙ったまま答えない。それが悔しくて悲しくもあり、ますます私を苛立たせる。
ティモンの事は大切な幼なじみで恋人だと思っていた。
ローゼは、明るくて華やかで美人で自慢の親友だと思っていた。
そう思っていたのに!
まさか、こんな形で裏切られるなんて思ってもみなかった。
「……どうしてなの! ちゃんと答えて───……」
「黙れ! ガタガタ煩いんだよ! この地味女!」
そう言ってティモンの拳が私の頬に飛んで来た。
(……え?)
何? 痛い……と思ったと同時に私はその場に倒れ込んだ。
一瞬何が起きたのか分からず茫然としてしまう。頬がとても痛い。ヒリヒリする。
そっと左頬を手で押さえる。腫れている気がした。
「お前みたいな何の取り柄もない地味女は、黙って俺の言う事を聞いておけば良いんだよ!」
「……」
「ローゼのような華やかさも美しさも何も無い、つまらない女のくせに!」
「ちょっとちょっと、ティモンったら言い過ぎよ~?」
「ははっ! 本当の事だろ?」
ローゼは口ではそう言っているけれど、その目が表情が全てが私をバカにしている。
「俺はな! こいつを子供の頃から、ずっとつまらない女だと思っていたんだよ!」
「……!」
ティモンは私に向かって指さしながら“こいつ”呼ばわりした。
「地味でつまらないが、きっと将来の俺の為に利用出来る……そう信じてここまで付き合ってきてやったんだよ」
「えー、そんな昔から思ってたの~? ひどーい。ティモンって鬼畜ーー」
ローゼがケラケラと笑う。
「それがあと少しだったのに、何、リーファのくせに俺の輝かしい未来の邪魔をしているんだよ! ふざけるな!」
「……」
ああ、これは最近の心変わりなんかじゃないんだ。
ずっとずっと、最初からティモンは私の事を……私の事なんて嫌いだったんだ。
(地味でつまらない女……)
自分の心がどんどん冷えていくのが分かる。
そして思うのは、この二人の好きになんてさせてたまるものですか! という気持ち。
そんな思いで二人の事を睨みつけたのが良くなかったのか。
ティモンは私の顔を見るなり怒り出した。
「……リーファのくせに、なんだその目は!」
「ね、生意気よね~」
「お前みたいな女は黙って俺の言うことにずっと大人しく従っていれば良かったんだ! そうすればこの俺が仕方なく嫁に貰ってやったのに!」
「…………それはお飾りの妻として?」
私が聞き返すとティモンはニヤリと笑う。
「そうだよ! よく分かってるじゃないか! 俺が愛してるのはローゼだからな!」
「ふふ、ティモンったら」
「だから、お前みたいな地味でつまらない女は要らないんだよ!」
「……痛っ」
さっき、私を殴ったティモンは、今度は蹲っていた私の背中に蹴りを入れる。
「きゃ~痛そう、ティモンったら、可哀想よー?」
「顔とか見える所じゃなきゃいいだろ? バレないさ」
(───!)
そう言ってティモンは悪魔のように歪んだ笑みを浮かべながらもう一度私を蹴った。
「えー? でも、使用人とかには分かっちゃうでしょ~?」
「大丈夫。こいつは入浴は使用人を使わず一人で入るらしいし、着替えも複雑なドレスでなけりゃ一人で着ちまうそうだからな!」
ティモンは幼なじみなだけあって私の事をよく知っていた。
「まぁ、万が一バレてもリーファが黙ってさえいればいい事だからな!」
────どれくらいそれが続いたのか。
私にとっては長く長く感じたけれど、多分時間にしてみれば、ほんの数分。
ティモンは気が済んだのかようやく止めてくれた。
「いいか? 余計な事を言うなよ、リーファ! 言ったらどうなるか分かってるだろうな?」
「ふふふ、ごめんなさいね~リーファ」
ティモンとローゼはそう言って逃げるように去って行った。
私はどうにか身体を起こす。
「……痛い」
殴られた頬や蹴られた背中、身体中が痛かったけれど、一番痛いのは心だった。
「情けな……それに、怖かっ…………っっ」
目からはポロポロと涙が溢れていく。
反抗らしい反抗も出来ずにされるがままだった自分が情けなくて悔しかった。
──どれくらい泣いたのだろう。
でも、ずっとここにいるわけには行かない。
「…………帰ろう…………痛っ」
ティモンは本当に最初に殴った頬以外は見える所には暴行しなかった。
乱れた髪を軽く整え、痛む身体を引きずりながらどうにか馬車寄せへと向かう。
(主催者への挨拶……は後でお父様に言って手紙を送ってもらおう)
会場には絶対に戻りたくない。きっとあの二人は何事も無かったような顔をして戻り、会場で談笑しているに違いないから。
「……」
ティモンとの関係、誰も知らなくて良かった……
心からそう思った。
(悲しいのか悔しいのか情けないのか……自分の気持ちがよく分からない)
分かるのは、恋人と親友を失ったという事だけ───……
「えっと、我が家の馬車は……どこ?」
馬車寄せに着いたはいいものの、フラフラしていた私はこの時、あまり前を見ていなかった。
だから、近付いてくる馬車の音に気が付かなかった。
「────危ないっ!」
(……え?)
誰かのそんな声でハッと顔を上げると、ちょうどまさに今、私の目の前に馬車が迫って来る所だった。
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