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第52話 愛しい人 (コンラッド視点)
しおりを挟む「……え?」
───あなたが、好き。大好きなのです…………コンラッド様
たった今、そんな夢のような言葉が聞こえた気がして自分の耳を疑った。
(今、クラリッサが私のことを好き、大好き……と口にしなかったか?)
自分がクラリッサのことが好きすぎて、ついに願望が形となって幻聴でも聞いたのかと思い、クラリッサの顔を見ようとした。
「──っ!」
(ク、クラリッサの顔が赤い! 耳まで真っ赤じゃないか!)
これは自分の夢でも願望でも幻聴でもないのでは?
ジワジワとそんな気持ちが胸に湧き上がってくる。
───いつかは私のことを好きになって欲しい。
婚約が成立してからずっとずっとずっとそう思って来た。
でも、まだ片思いの途中──そう思っていたがまさか、それが本当に?
「ク、クラリッサ……!」
「……コ、コンラッド様、わ、わたくし……」
「!」
(やはり、照れている!!)
クラリッサが真っ赤になってめちゃくちゃ可愛い顔を私に向けて来る。
私はそんなクラリッサの顔を見てグッと言葉を詰まらせた。
(なんでこの子は、ここぞ! っていう時にいつもそんな可愛い顔をするんだ!)
クラリッサはずっと家族に“可愛い”と言われ続けて来たという。
そのことは、かつての自分の性格の悪いところを助長したと思っているようで、私が可愛いと口にすると少しだけ複雑そうな表情を見せる時がある。
(クラリッサを見放した簡単には許せない家族たちだが、クラリッサのことを可愛いと言いたくなる気持ちだけは同意出来る……悔しいが)
なぜなら、私もクラリッサが可愛いと思う気持ちは抑えられない。
そんなクラリッサが……
「い!」
「い?」
「いつからっ!? いつからクラリッサは私のことを……!」
私はクラリッサの両肩を掴んで勢いよくそう訊ねる。
「え? い、いつから、ですか? えっと……」
私が興奮しすぎているせいで、クラリッサがかなり困惑している。
(だって仕方がないだろう?)
クラリッサはたった今、初恋だったというあの元護衛と決別したばかり。
ようやく、クラリッサの心の中からあの男が消えてくれる時が来た!
これで私はようやくスタート地点に立てた!
これからは、もっと口説いて口説いて口説きまくろう!
そんな押せ押せの気持ちでいたのに。
(いきなり、ゴール地点に辿り着いていた……とか、何か落とし穴がありそうで怖いじゃないか!)
だが!
今、目の前のクラリッサが可愛いく照れながら、確かに私を好きだと言って……いる。
「その、きちんと自覚したのが───」
「クラリッサ!!」
「えっ……?」
クラリッサへの愛しい気持ちが我慢出来なくなってしまった私は、そのままクラリッサの唇を塞いで甘い甘い唇にこれでもかとがっついた。
❋
「もう! ───コンラッド様! どうして、あなたはいつもいつもわたくしに最後まで言わせてくれないのですか!」
頬を赤く染めて、目もトロンッとしていたクラリッサがハッと意識を取り戻して怒り出したのは、すでに私がクラリッサの甘い唇をたっぷりと堪能してからだった。
「……いつも?」
「ま、前にもわたくしは気持ちを伝えようとしたのです! ですが、コンラッド様は、その時も……」
「その時も?」
クラリッサが恥ずかしそうに目を逸らす。そんな姿すら可愛い。
「わ、わたくしに少し強引にキ、キ……キスを……」
「え!」
なんてことだ!
私は自分の手で機会を奪っていたらしい。
「前から……クラリッサは……私のことが、好き?」
「好き、ですわ」
「…………ジャンよりも?」
クラリッサの顔がえっ? という表情になる。
我ながら意地の悪い質問だとは思うが、そこはやはり気になってしまう。
だが、私は答えを聞く前にそっとクラリッサを抱き寄せる。
「さっき、二人が話していたクラリッサの瞳の色についての話……妬いてしまった」
「え? 妬く?」
「わ、私だって……クラリッサの瞳……綺麗だと……思っ……」
「コンラッド様?」
なんてことだ……上手く言えない。
だけど、クラリッサを前にすると、どうしても情けない自分が時々顔を出してしまうんだ。
(しかし、ずるい男だ……ジャン)
勝手に一人で逆恨みして私のクラリッサを傷つけるために、のこのこやって来るとはな。
とことん性根の腐った男だったが、私のクラリッサの好きな部分の一つをさり気なく二人の思い出風の話題にして去って行くとは油断も隙もない男だった。
だが、私はもう二度とクラリッサとあの男を関わらせるつもりはない。
(私はあの男とは違う!)
クラリッサのことを大切にして共に手を取り合って生きていく───そう決めている。
ギュッ!
私は少し強めに力を入れてクラリッサを抱きしめる。
「──クラリッサ……私は君が好きだよ」
「わ、わたくしもです! コンラッド様のことが大好きです」
クラリッサがとびっきりの可愛い笑顔で私に向かってそう応えてくれた。
あぁ、胸がキュンとする。
私はクラリッサの額にキスを落としながら告げる。
「───クラリッサ。約束するよ。私は必ず君を幸せにする」
「コンラッド様?」
「たくさん傷付いてきた君が常に笑顔でいられるように」
私がそう告げたらクラリッサがうーんと考え込む様子を見せる。
「クラリッサ?」
「コンラッド様。実はわたくしもコンラッド様を幸せにしたいのです」
「え?」
「ですから、その……何をしたら、コンラッド様は喜んでくれますか?」
「!」
(また、この子はそういうことを……)
───今すぐ、クラリッサが欲しいと言ったらどんな顔をするだろう?
私は内心で苦笑する。
でも、さすがにまだ言えない。
「……」
「コンラッド様?」
首を傾げるクラリッサがあまりにも可愛すぎてそれ以上、直視出来なかった。
❋❋❋
「……コンラッド、あなた暇なの?」
「まさか! 愛しのクラリッサとの結婚式に向けて毎日忙しいが?」
「……」
サマンサはそんなこと聞いていないわよ! と言いたそうな冷たい瞳で私を見た。
「クラリッサ様から聞きました。最低な暇人男を追い出した後、コンラッドはようやく片思いを卒業されたとか」
「そうなんだ! クラリッサが私を好きだと言ってくれたんだ!」
「……」
私が笑顔で答えると、また冷たい瞳で見られた。なぜだ!
それに気のせいだろうか? サマンサ、すっかり遠慮がなくなっていないか……?
(しかし、“クラリッサ様”ね……)
二人はどうやら仲良くやっているようだ。
クラリッサに今日の予定を聞いたら、午後にサマンサ嬢とお茶の約束があるんです、とはにかみながら教えてくれた(可愛いかった!)
そしてその帰りと思われるサマンサの姿を見かけたので、片思いを卒業したことを報告しようと思ったらこの冷たい仕打ちを受けた。
「……クラリッサ様の気持ち、知らなかったのはコンラッドだけだと思うわ」
「は?」
「あなたがデレデレしている横で、クラリッサ様はあんなに顔を赤くして見つめていたのに。コンラッドが片思いなんだ! とか言っていたので何事かと思っていたわ」
「……」
サマンサのその言葉を聞いて驚いた。
(し、知らなかった……! そんな可愛い顔で私を見てくれていた? なんて勿体ない!)
私がショックを受けている横でサマンサが小さく笑った。
「───おめでとう。そしてお幸せに」
「サマンサ…………それはそれとして君の縁談はどうなったんだ?」
私の質問にサマンサは今度は大きく笑った。
「ふふ、私を誰だと思っているの? 私はあなたたち以上に幸せになってみせるわよ!」
「……」
「───と、クラリッサ様にも先程、宣言しておいたわ!」
「は?」
───だから、コンラッドもクラリッサ様に捨てられないように頑張ることね!
と、サマンサは笑いながらなかなかシャレにならないことを言って帰って行った。
(サマンサ……)
サマンサらしい激励だったのだろうとは思うが、きっとサマンサはあの調子で本当に幸せを掴み取るだろう。
そう思った。
(だが、一番……誰よりも幸せになるのはクラリッサだ!)
「…………クラリッサの顔がみたいな」
そう呟いた私は予定を少し変えて、愛しいクラリッサの元へと向かうことにした。
❋❋❋
────そして……
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