53 / 57
第50話 元護衛騎士の後悔
しおりを挟む一気にコンラッド様の纏う空気が冷たいものに変わった。
ジャンもそれを感じたようで表情がどんどん青ざめていく。
「うっ」とか「ああ……」とか怯えていて全く言葉が発せていない。
そうして、しばらく無言の時間が過ぎたあと、ジャンが青ざめた顔のままポツリと口にした。
「大切……パーティーでもそうでした。コンラッド殿下はそんなにも王女殿下のことが好き……なのですか?」
「ああ。クラリッサは私の初恋なんだ」
「初恋……?」
ジャンの顔が驚きの表情に変わる。
「だから、私はクラリッサを傷つけようとする者は決して許さないし、許せない」
コンラッド様はお前だ! と言わんばかりの顔でジャンを睨みつける。
睨まれたジャンは「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて慌て出した。
「……っ! ま、待ってください! で、ですが、王女殿下は……その……」
「──私は転落事故の起きたパーティーに参加していた人間の一人だ。それでもクラリッサが無実だとずっと信じていた。クラリッサが犯人だと疑ったことなど一度もない」
「なっ……! 疑ったことが……ない!?」
ジャンはさらに目を大きく見開いた。
その表情は信じられない……と言っている。
「何をそんなに驚く? そんなの当たり前だろう?」
「当たり前……? た…………確かに転落事故の件、王女殿下は無実……でした。それでも! あの場では王女殿下が他にも実際に行っていた酷い行為についても晒されていた……のに……そんな……」
「何が言いたい?」
コンラッド様が焦れったいな……という目でジャンを睨む。
ジャンは慌てた様子で口を開く。
「コ、コンラッド殿下は、あれらの話を聞いて王女殿下に幻滅したりすることは無かったのですか!」
「無い!」
ジャンのその質問にコンラッド様は、躊躇う様子一つ見せずに頷いた。
「私は自身の目を信じている。私が見たクラリッサはそんな子ではない。だが、それらが真実だと言うのなら、きっと何か理由があるはずだ、そう思っていた」
「そんな! どうしてですか! どうしてそこまで王女殿下のことを……」
そんなの有り得ない! と言わんばかりのジャンに対してコンラッド様は何でもないことのように告げる。
「どうして? そんなの自分が愛する人のことは、疑うよりもまずは信じたいじゃないか」
「し、信じ……る?」
「そうだ。たとえ、そんなことはないはずだと自分が信じた結果、裏切られてしまったのだとしても、それは相手が悪いんじゃない。見る目がなかった自分が悪かった、それだけだ」
「じぶん……が……悪い」
ジャンが呆然とした顔でコンラッド様の顔を見つめた。
完全に言葉を失っている。
「だから、他人を責めるのは間違っている。何よりそれは人として最低な──愚かな行為だ」
「────っ!」
コンラッド様のその言葉にジャンは両手で自分の顔を覆う。そして……
「う……うぁぁぁ」
そんな苦しそうな叫び声をあげると、そのままガックリと両膝を地面につけて蹲った。
ジャンの叫びはそのまましばらく続いた。
「コンラッド殿下と違って自分に足りなかったのは、強く相手を想う気持ち……だった、のでしょうか……」
しばらくして、ヨロヨロと起き上がったジャンが小さな声で独り言のように呟く。
そんなジャンの目は真っ赤だった。
(強く相手を想う気持ち……)
「私は……アルマのことを信じることが出来ませんでした……彼女のことを愛している……そう思っていた、はず……なのに」
「……」
「……」
「アルマは私の気持ちを分かってくれた人で……二人で幸せに……なれる、と……」
ジャンの独り言をコンラッド様とわたくしは口を挟まずに静かに聞いていた。
その言葉を聞きながら、わたくしはサマンサ嬢が口にしていた言葉を思い出す。
────仕組まれた出会いだったとしても、偽りの愛を本物の愛に出来なかったのは、その騎士と彼女の問題であって王女殿下のせいではないと思います。
(偽りの愛……)
思い返すと、ジャンはパーティーでアルマの隠しごとが判明していく度にどんどん項垂れていった。そして、最後は連行されていくアルマに対して声もかけなかった。
あの時もわたくしはやるせない思いを抱いた。
ジャンがアルマに対して強く想う気持ちがあったなら、違う未来が待っていたのかしら?
一からやり直したいと言ったアルマを信じて受け入れて二人で歩む別の未来が……
(でも、その未来はもう訪れない)
そんなことを思いながら、ジャンのアルマに対する後悔なのか懺悔なのかよく分からない言葉を黙って聞いていたら、コンラッド様がそっと隣に並びわたくしの手を握った。
(コンラッド様……!)
チラッとコンラッド様の顔を見ると目が合った。
「!」
そして甘くて優しくて蕩けそうな微笑みを浮かべてくれたので、わたくしの胸がキュンとする。
コンラッド様は本当にかっこいい。
今日まで何度も何度も助けられた。
わたくしは、いつもそんなコンラッド様に守られてばかり……
(……わたくしはあなたに何を返せるかしら?)
───でも、そうね。
ジャンの問題が片付いたなら、今度こそ“好き”と言いたい────
❋
「王女殿下、申し訳ございませんでした」
「ジャン……」
「全て、コンラッド殿下が言った通りです」
落ち着いたと言うべきか、ようやく気を取り直したジャンが深々とわたくしに向かって頭を下げている。
「私は、自分の身に起きたことに素直に向き合うことが出来ず、わざとあなたを傷付けてやろうと思いました」
「……」
「あの時、王女殿下が戻ってさえ来なければ……何度もそう思い、私とは対照的に幸せに向かって進もうとしているあなたを……妬ましいとさえ思いました」
「……」
「あなたを傷付ければ……私の気持ちも晴れるはずだと、そう思ったのです…………本当に愚かでした」
ジャンはそこまで言うともう一度頭を下げた。
「それで、あなたの気は晴れた?」
「────いいえ。晴れませんでした」
そう静かに首を横に振るジャンを見て、コンラッド様が言う。
「クラリッサたっての願いで、今回の件は不問とするが……次は無い。もし、またクラリッサを傷付けようとしたその時は───」
「わ、わ、わ、分かっています……! わ、私がもう王女殿下と関わることはありません」
(ジャン……)
「───クラリッサ王女殿下」
「……」
「本当に申し訳ございませんでした。そして、今度こそあなたのこれからの幸せを願っています」
ジャンがそう言った時、コンラッド様が私を抱き寄せて言った。
何だか顔が少し怒っている。
「お前なんかに願われなくてもクラリッサは私が幸せにする!」
「……そのよう……ですね」
ジャンは小さく笑うと最後に頭を上げて、何か言いたそうにわたくしの顔をじっと見た。
102
お気に入りに追加
5,052
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる