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第40話 公爵令嬢の友人
しおりを挟む(サマンサ嬢の特に仲の良いという友人の令嬢二人……)
まだ、はっきりそうだと決まったわけではない。
だけど、怪しいと思った二人がこのタイミングで声を上げた。
これを偶然と呼んでいいものか、とわたくしは考える。
そして当然だけど、会場は何事かと騒がしくなっていく。
納得がいかない? 婚約に対する異議の申し立てか? なんて声がわたくしの耳に聞こえてくる。
「……コンラッド様」
「クラリッサ?」
ダンスを止めたわたくしは小声でコンラッド様に訊ねる。
「今、声を上げたお二人のうちのどちらか、もしくは両名……あの日、王宮に来ていた方でしょうか?」
「……」
コンラッド様がチラッとサマンサ嬢の隣にいる二人の令嬢の顔を見たあと、少し考え込む。
報告書が行方不明になった日に、仕事以外で王宮に訪問していた人のことをコンラッド様は調べていたはずだ。
「……来ていたな」
「お二人ともですか?」
「いや、最初に声を上げた方の令嬢だけだ」
「!」
(これで、ますます可能性は高くなった)
わたくしのその反応でコンラッド様も察したらしい。
「クラリッサ。もしかして彼女が?」
「───おそらく、ですが」
わたくしは彼女たちの方に視線を向ける。
彼女たちの目は、明らかにわたくしに対して敵意を向けていた。
そして、間に挟まれたサマンサ嬢は───
(明らかに動揺しているわ)
サマンサ嬢は動揺しながらも必死に二人に声をかけているけれど、押し切られてしまっている。
───ちょっと! 何を言い出しているの!
───いいから、いいから。黙って聞いていて。
───そうよ! 私たちに任せて!
───え?
そんな会話がここまで聞こえてきそうだった。
「サマンサ嬢が元気をなくしている原因がわたくしだと思ったのではないかと」
「え……?」
「彼女たちからすれば、わたくしは友人の恋の邪魔者ですから」
コンラッド様は下を向いてそういう事か……と呟いた。
けれど、すぐに「それなら……」と言って顔を上げた。
「サマンサは……? サマンサが二人を止められれば──」
「いえ。残念ながら、サマンサ嬢は絶賛混乱中のようです……」
二人でチラッと様子を見るとサマンサ嬢は完全に押し負けていた。
「……そうだった。サマンサは予想出来ない突発的な出来事への対応力は弱いんだった……」
コンラッド様が顔をしかめて肩を落とす。
(サマンサ嬢は真っ直ぐ突き進むタイプのようだものね……)
「……コンラッド様。サマンサ嬢が落ち着いて冷静さを取り戻してくれるまでは、彼女たちの相手をするしかありません」
「クラリッサ……」
「こんなの誰も幸せになりませんから」
わたくしを責めようとしている彼女たちも、そして彼女たちが心配しているサマンサ嬢も。
「───はじめまして」
「!」
「……っ」
二人の令嬢はわたくしが近付くと少しだけ身体を震わせた。
そんなに怯えるなら初めからしなければいいのに、とも思うけれどきっとこういうのは理屈ではないのよね。
「……いったい、何が間違っていて納得出来ないのか教えてもらえますか?」
「コンラッド殿下と、王女殿下の婚約です!」
言い淀むかと思ったけれど、気丈にもその令嬢ははっきりと告げた。
「わたくしたちの婚約が?」
「はい! だってコンラッド殿下の隣にはずっと……」
「───サマンサ様がいたのに、ですか?」
「え……」
わたくしが途中で遮ってそんな言葉を発したせいなのか驚かれた。
だって、会話の主導権を取られるわけにはいかないもの。
「コンラッド様からも、サマンサ様からも他の殿下も含めて幼馴染だという話は聞いていますが?」
敢えてサマンサ様の名前も出してみる。
出来ればここで思い留まって欲しい。そう願ったけれど無理そうだった。
二人の令嬢はキッとわたくしの顔を睨みつける。
「それでも、コンラッド殿下とサマンサ様は特別仲が良くて……誰が見てもお似合いの二人でした!」
「そうです! 私たちの理想のカップルだったのです……! それを……!」
「理想の……」
本当に根強い噂だったのね、と改めて感じた。
幼馴染同士の王子と公爵令嬢の恋……物語の題材にもなりそうな関係。
そんな関係に憧れを抱いた人たちがどんどん噂に尾ひれをつけて広げていった結果なのかもしれない。
(本当に噂というのは怖いわね……)
たとえ、間違っていても声の大きな方が、まるで正義となってしまうのだから。
「王女殿下が現れてから、サマンサ様は明らかにショックを受けているんです!」
「今だってこんなに青白い顔でお二人の婚約の話を聞いているんですよ!?」
今、青白いくなっているのは確実に別の理由だけれど、興奮している彼女たちにはきっと言っても分からない。
「ねえ! ───ジェシカ! テレジア! 待って、違うわ! 私の話を聞いて!」
「いえ。サマンサ様、分かっています」
「だってずっと、王女殿下のことが憎いと仰っていたではありませんか」
「え……?」
ジェシカとテレジアと呼ばれた二人の令嬢は、必死に止めようとしたサマンサ嬢の言葉すら聞こうとしない。それだけでも思い込みの深さが窺える。
「私……がそう口にしたから?」
「そうですよ! コンラッド殿下と王女殿下は愛のない政略結婚で無理やり割り込んできた邪魔者なのよ、とずっと」
「コンラッド殿下は王女殿下に騙されているのだから、とも!」
「……!」
サマンサ嬢がハッとする。その言葉には心当たりがあるようだった。
「わ、私……私が言った……から」
呆然とした表情で呟くサマンサ嬢の姿を見てわたくしは胸が痛んだ。
(本当に似ている……)
────クラリッサ殿下が“あの令嬢が気に入らない”そう口にしたからです!
────私たちは王女殿下がそう仰ってたから、リムディラ伯爵令嬢に嫌がらせを行いました!
わたくしがアルマに嫌がらせを行っていたことが、知れ渡った時、わたくしの代わりに主に実行していた令嬢たちはみんな口を揃えてこう言った。
“王女殿下が言ったから”
あの時、初めてわたくしは自分の発する言葉の重さというものを実感した。
教育係は昔から、“ご自分の発言には責任を持ってください”と、口を酸っぱくして言っていたけれど、わたくしはそんなもの……と全部聞き流していた。
そうして、何一つ王族としての責任や立場を理解していなかったわたくしは、あの日……皆に背を向けられた。
(サマンサ嬢は王女ではないけれど、公爵令嬢……貴族の中でもトップの令嬢……)
おそらく今、サマンサ嬢は自分の発言や行動の影響というものを大きく感じている。
わたくしにはその気持ちが痛いほど分かってしまう。
そんなことを考えていたら、二人の令嬢がついに決定的な言葉を口にしようとした。
「───それに、私たち王女殿下の隠している秘密を知っているんです」
「この秘密を知ったらここにいる皆様だって王女殿下はコンラッド殿下の婚約者には相応しくないと思うはずです!」
このたび、コンラッド殿下の婚約者とお披露目されたランツォーネの王女の秘密──……
そんな穏やかではない発言に一斉に会場内が騒がしくなる。
(───! やっぱり報告書を拾ったのは彼女たちだった!)
「皆様、聞いてください! クラリッサ王女殿下は────」
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