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第33話 帰国の前に
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そして、翌日。
わたくしたちはランツォーネを後にする。
サマンサ嬢がこれ以上余計なことをする前に早く戻らなくては!
「──本当にお世話になりました」
出発前、お世話になったトゥライトル侯爵にお礼を伝えた。
「……王女殿下の冤罪が晴れて良かったです」
「ありがとうございます……」
そうは言っても、今回の件でこの国の負ったダメージは大きい。
お父様はきっと責任を取って退位を迫られるだろう。
では、その後を継ぐのは? 王太子のお兄様?
それでこの国は大丈夫なのか?
侯爵によると昨夜からずっとそんな議論が交わされているという。
「元宰相のディーラー侯爵やその娘について集めた証拠のこちらは私が責任をもって提出しておきますので」
「よろしくお願いします」
アルマの自白があったので、あの場では使う必要がなくなってしまったコンラッド様がかき集めてくれた証拠は、そのままトゥライトル侯爵に託すことになった。
今後の処分検討の際に使うことになるらしい。
「……王女殿下は彼らの処分に関して一切の口出しをしないと仰られたとか」
「はい。わたくしにはそこまで偉そうに言える資格はありませんので。自分の冤罪が晴れた……それだけで充分です」
「殿下……」
真実が明るみになった。
あとはもう法に則った処分をそれぞれに適切に下してくれればそれでいい。
「ですが───コンラッド殿下の調べ物に付き合っている間、私はあなた様が牢屋に入れられてから受けていた仕打ちの話を少しだけ耳にしました」
「……!」
その言葉に少しだけ身体が震えた。
わたくしの反応でトゥライトル侯爵は言いすぎてしまったと焦った顔になる。
「す、すみません……大変無神経な発言を……本当に申し訳ございません。ただ、殿下が受けた仕打ちを思えば少しは彼らの処分に口を出してもいいのでは、と個人的には思います」
「……いえ、大丈夫ですわ」
牢屋にいた時に受けた扱い……
侯爵が知っているのだからコンラッド様も当然知っている……
(そうよね……コンラッド様、前にその後のわたくしの状況を調べたと言っていたものね……知っていてもおかしくはない)
「幸い、そんなに傷は残っていませんから」
「王女殿下……」
「───でも、それって少しは傷が残っているって事だろう? クラリッサ」
後ろからコンラッド様のそんな声が聞こえたのでビクッと身体が跳ねた。
わたくしはそっと振り返る。
「コンラッド様…………聞いていらしたのですか?」
「荷物運び終わったよと呼びに来たら、随分と興味深い話をしていたからね、声をかけずにはいられなかったよ」
コンラッド様がちょっと怖い顔でこちらに近付いてくる。
「そうは言いますけど、今も身体に残っているのはそんなに大した傷じゃないですよ? ……それに食事だってちゃんと最低でも一日一食は出して……」
「───一日一食で! それも固くなったパンに具も無くて味のしない冷めたスープだろう!?」
「そ、それもご存知でしたの?」
目の前に立ったコンラッド様が悲しそうな顔をしたと思ったら、そのままわたくしをそっと抱き寄せる。
それはとても優しい温もりだった。
「クラリッサ……」
「は、はい」
「プリヴィアに帰ったら、私は君をうんと甘やかしたい!」
「え? わたくしを甘やかす、ですか?」
「そうだ!」
そして、何故かわたくしの頭を撫でながらコンラッド様がそんなことを言う。
「うーん……それは駄目です」
「……なんで!?」
「わたくしは家族にたくさん甘やかされて育って来たので……駄目人間になってしまいますわ。また、たくさん甘やかされて、もうあの頃の愚かなわたくしには戻りたくないのです」
「クラリッサ……」
コンラッド様は表情を少し固くしてわたくしに訊ねる。
「それなら君を甘やかすだけ甘やかして、それなのにあっさり話も聞かずに見放した家族を恨んでいる?」
「恨む……?」
「さっきの話に戻るけど、彼らはクラリッサ牢屋で酷い目に合っていることを知らなかったそうだよ」
「え? そうだったんですか?」
てっきり知っていて黙っているのだとばかり思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
「罪人といえど王女なので丁重に扱っている……そう虚偽の報告を受けていたそうだ」
「そんなこと言うなんて……つまり、あの牢番たちは元宰相の息がかかった人達だったのですね? ……どうりで人間扱いされなかったわけです」
ようやく腑に落ちた。
わたくしに強い恨みを持っていた元宰相が裏にいたならあの扱いも納得だわ。
「なるほど……お父様がわたくしが牢屋から出た時に“どうせお前は反省などしていないのだろう?”と言っていたのはそれが理由だったのですね」
そうして冷遇の日々が始まったわけだけど───
「恨む……そう言われるとどうなんでしょう? よく分からないです」
謝罪されてもやっぱり今更にしか思えない。だから、今だって謝罪を聞きたいとも思わない。
そしてどうせならこれから先、苦労すればいいとも思っているけれど、落ちぶれて不幸になれっていうのは違う気がする……だから。
「恨む……はちょっと違う気がします」
わたくしはそれしか言えなかった。
「クラリッサ……」
コンラッド様はまた悲しそうな顔でわたくしを抱きしめる。
トゥライトル侯爵はその様子を静かに黙って見守ってくれていた。
(コンラッド様の温もり、温かい……幸せ)
わたくしはコンラッド様の胸の中でその温もりにうっとりした気持ちになる。
このまま眠りたい───
「────聞こえていたか? お前たちがのうのうと暮らしている間、お前たちがあっさり見捨てて一人犠牲になっていた王女がどんな目にあっていたのかを。今更知って後悔しても遅いんだ」
(……ん?)
「コンラッド様、今なにか仰いました?」
うっとり気分に浸っていたら、頭上からコンラッド様の鋭い声が聞こえた気がしたので、そっと顔を上げた。
コンラッド様はにこっと笑う。
「いや、何でもないよ。独り言だよ」
「そうですか?」
「そうだよ───それじゃ、帰ろうか。クラリッサ」
「はい!」
わたくしは、コンラッド様に促されて歩き出した。
────わたくしは知らない。
歩き出した直後にコンラッド様が一瞬だけ後ろを振り返って冷たい目をしていたこと。
そして、ここまでの話をこっそり影で聞いていて、後悔の涙を流していた人たちがいることを。
わたくしは何一つ知らないままランツォーネ国を後にして、
(───次は、サマンサ嬢との戦いよ! コンラッド様は絶対に渡さないんだから!)
と、一人で気合いを入れていた。
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