34 / 57
第32話 公爵令嬢の誤算
しおりを挟む❋ ❋ ❋
(どういうことなのよ、これはーーーー!)
私からコンラッドを奪ったあの憎き王女のとんでもない本性を知った私は、侍女の助言に従ってお茶会を開いた。
もちろん、この目的は王宮への立ち入りを禁じられている私の代わりに、王女の本性を広めてもらう為。
侍女の言う通り、お父様には反対されなかったのでお茶会は無事に開催された。
あとは私が王女の本性をうっかりバラすだけ!
……だった……のだけど。
「サマンサ様のお茶会に招待されるなんて夢のようですわ!」
「私もいつかは……と憧れでしたの」
「まさか、このような機会がやって来るなんて!」
「あぁ、美味しいです。やはり、公爵家ともなると使っている茶葉が我が家とは違いますね」
(……なんだか、やかましい……わね)
「───え、ええ。ありがとう……今日は楽しんでいってちょうだい……」
「ありがとうございまーーす!」
「きゃーー、美味しそう」
私がそう口にすると、彼女たちは仲良く口を揃えてお礼を言って、お茶やらお菓子やらに夢中になり始めた。
(え? 話は? どうして食べることばかりに夢中になって……? え? え?)
お茶会に現れたのは、今まで私と全くといって交流が無かった下位貴族の令嬢ばかりだった。
基本的に下位貴族の令嬢たちとこの高貴な身分の私では話が合わない。
教養もマナーも何もかも稚拙なせいで、一緒にいて私に得られるものも何一つないので敬遠していた。
(ここは、お菓子なんて殆ど手をつけずに含み笑いしながら「サマンサ様、最近コンラッド殿下とはどうなんですの?」とか聞いて色々と探ってくる所でしょう!?)
お菓子に夢中になっている彼女たちからは、コンラッドのコの字すら話題に出て来ない。
私は侍女に「どういうことよ!?」と目で合図を送るもののスッと視線を逸らされた。
(……チッ! よ、予定とはかなり違うけれど彼女たちが“お喋りな性格”なのは間違いなさそうよね)
さっきからこれ美味しいだのなんだのとこれだけ騒いでいるのだから、上手く誘導さえすれば社交界であの王女の真実の姿の噂を広げてくれること間違いなしのはず。
私は内心でニヤリと笑う。
「ところで皆様、これまで社交界では私とはあまりお付き合いして来ませんでしたが普段は──」
「ああ、はい。私はあまり社交界に顔を出さないので……」
「……私もです」
「お恥ずかしながら、家にあまり余裕がなくて社交界は……」
(…………は?)
なんと彼女たちの口から出るのは、社交界とは縁遠いという言葉ばかり。
(嘘でしょう!? こんな状態でどうやって私の代わりに噂を広められるのよ!?)
「ですから、今日はサマンサ様にお誘いいただけて本当に幸せです! ありがとうございます!」
「え、ええ。こちらこそあ、ありがとう……そう言っていただけて嬉しいわ……」
純粋に私を慕ってくれるような様子を見せてくれるのに……何かが違う。
私が求めていたのはこれじゃない。
おかげで会話も全然私の思う通りに進まない。
話題を一つふるだけで、あれやこれやと好きに喋られてしまい一向に私が望んだ会話にならない。
(このお茶会は失敗だったのでは?)
本気でそう思いかけた時、ついに待ってましたの話題に切り替わった。
「そういえば、コンラッド殿下の婚約が発表されましたね」
「お相手はランツォーネの王女殿下だと聞きましたわ」
「どんな方なのでしょう?」
(───来たわ! ついに! やっとあの王女のことを話せる!)
「──そうです、皆様、聞いてく……」
「私がお父様から聞いた話だと、あのコンラッド殿下がデレデレだそうですわ」
「ええ!?」
「想像出来ません!」
「あ、でもお相手の王女殿下も、コンラッド殿下の前では頬を赤らめたりして大変可愛らしい様子だったと私も聞いたわ!」
「それは素敵ね!」
(は? …………ちょっと?)
私の目の前で、コンラッドと王女のラブロマンスの話で盛り上がり始めた令嬢たち。
確かに侍女からは、
───サマンサ様と殿下の絆は、王子と王女の新しいロマンスに塗り変わっております。
と、聞いてはいたけれど!
まさか、ここまでだったなんて……
(え、やだ、ちょっと……この空気でその王女は殺人未遂を起こしていてーー……なんて言える?)
駄目よ。
今、そんな強引にその話題へと持っていったら、私が王女に嫉妬して悪意のある噂を広げようとしている……なんて目で見られてしまう気がするわ。完全に逆効果。
「~~~~っ!」
その後もコンラッドと憎き王女の話題で盛り上がる令嬢たち。
どれだけエピソードがあるのか、どれもこれもコンラッドが王女にベタ惚れしている話ばかり!
もうそこには、私とコンラッドのかつての噂なんてどこにも存在していなかった。
(な、何でなの……)
こうして私は完全に出鼻をくじかれた。
❋❋❋
「───に、なると思うだろう?」
「はい……」
わたくしが神妙な顔で頷くとコンラッド様は首を横に振った。
「そんなことはない。サマンサのお茶会は失敗している」
「え? サマンサ嬢のお茶会は失敗している……ですか?」
「うん、ほらここ」
そう言われてコンラッド様の手紙をそっと覗きこむ。
すると、そこには確かに“サマンサ嬢は噂を広めることは失敗した様子”と書かれている。
「本当ですね……でも、何故ですか?」
「……」
わたくしが手紙から目線を上げると、コンラッド様はちょっと悪い顔をしていた。
「……公爵家には私の手の者を潜ませているんだ」
「え!」
「サマンサの性格上、自分の代わりに社交界で噂を面白おかしく広めてくれそうなお喋り好きな令嬢をお茶会に呼べ! と命令すると思ってね。だからお喋り好きだけど社交界にはあまり縁のない令嬢たちをリストアップさせておいてお茶会に招待させるように仕組んでおいた」
「……コンラッド様」
「手紙を読む限り上手くいったみたいだ。まぁ、それでもサマンサは諦めの悪い性格だし、古い情報になったとはいえ、クラリッサの情報を握ったのは確かだから……油断は出来な──って、クラリッサ!?」
わたくしは自分からコンラッド様に抱きつく。
サマンサ嬢がわたくしの話を悪意を持って広めていても、冤罪だと証明された今なら、それを広めたサマンサ嬢は真偽の不確かな情報を悪意を持って広めた……と反撃することが出来る。
だから、サマンサ嬢のすることを放っておいてもよかったはず。
けれど、それをせずに未然に防ぐ方法を取ったのは……
(わたくしのため……)
噂が大きく広がれば、冤罪だと知ってもわたくしのことを悪意ある目で見る者は必ず現れる。
だって、人の印象なんてそうそう簡単には変わらない。
だから、これは少しでも変な先入観をわたくしに抱くことが無いように、と配慮してくれたからだ。
「クラリッサ? どうした?」
「……ありがとう……ございます」
「え?」
「……」
わたくしはありがとう以外の言葉が出て来なくて無言でギュッと抱きつく。
「よく分からないけど、クラリッサから抱きついてくれるなんて幸せだからいいかな」
「!」
コンラッド様はそう言って優しく抱きしめ返してくれた。
98
お気に入りに追加
5,047
あなたにおすすめの小説


【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる