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第29話 王女の仕返し

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「──パーティー前日、バルコニーの手すりへの細工を無事に行ったからと、お父様は私に連絡をくれて事前に落下場所の確認を……」
「なっ!  アルマーーーお前っ!」
「ジャンを嘘の用事で王女殿下から引き離しておいて、お父様が予め共犯者にしていた代わりの騎士を殿下のそばに置いて……」
「やめろ!  こ、これ以上、余計なことを……言うなっ!」
「だって!  お父様が私を私だけに罪をきせようとする、から!」
「──アルマっ!」

  アルマは父親の静止を振り切って全てを語り出した。



「……コンラッド様、せっかく用意していた証拠の内容……アルマがペラペラ喋っています」
「うん……」

  わたくしたちが事前に用意しておいた、この場で元宰相になんだかんだとゴネられた際に突きつける予定だった証拠は、アルマの自白により今、この場では役に立つことは無さそうだった。
  もちろんこれはこれで、アルマの証言の裏付けとして後で提出することにはなるのだけれど。

  アルマが自白することは正直、想定していなかった。

「……わたくしもそうでしたけど」
「ん?」
「……悪いことって出来ないものなんですね。絶対にこうして明るみにされてしまうのですから……」

  あの日……わたくしへと向けられていたのと同じ、多くの人の冷たい目が今、元宰相やアルマに注がれている。
  あの視線の冷たさ、そして怖さをわたくしはよく知っている。

「クラリッサ……」

  過去を思い出して遠い目をしたわたくしをコンラッド様が優しく抱きしめてくれた。

  (本当に、あなたがいてくれて良かった……)

  心の底からそう思う。
  あなたと出会っていなかったら。あなたがわたくしをこの国から連れ出してくれていなかったら。
  あなたが……わたくしの冤罪を晴らしたい!  と、言ってくれなかったら。
  きっと、こうはならなかった。

「あ、そうです。コンラッド様!  あれを元宰相にプレゼントしなくては!」
「え?  ああ……本当にやるの?」
「ええ、そうでないとやっぱりわたくしの気も晴れません」

   わたくしはコンラッド様からそっと身体を離すと、今も必死に喚いている元宰相とペラペラと自白している最中のアルマの元へと向かう。
  アルマの自白は、父親の命令を受けてわざとジャンへと近付いた……という話にまで及んでいて、その話を真横で聞きながら大きなショックを受けて呆然と立ち竦むジャンの姿が見えた。

  (偽りの愛だらけね……)

  お父様たちからわたくしへの愛も薄っぺらかった。
  そして、アルマとジャンの間にあった愛も……
  コンラッド様からの愛を知った今、何もかもが薄っぺらいとしか思えない。

  もし、コンラッド様がいなかったら、わたくしは傲慢で我儘王女のまま、ずっと偽りの愛の中で生きていたのかしら───

「ツ……ディーラー侯爵」
「……くっ、王女!  何の用だ!」

  コンラッド様と同様、先にツルッと言いかけてしまった。
  これは頭の中で散々呼びすぎたせいね。

「───王女?  何の用だ?  ……随分と偉そうですわね?  わたくしは罪人扱いこそされましたが、身分はこの国の王女のままでしてよ?  そんな口を聞いて許されるとでもお思いかしら?」
「う、煩い!  貴様たちのせいで……!  私は……!」
「あぁ、ツルツルが眩しいね、などと言われる羽目になりました?  ふふ」

  わたくしが嫌味を込めてクスリと笑うと、元宰相がキッとわたくしを睨む。

「そんな顔をしても無駄でしてよ?」
「……くっ」
「そうそう、わたくし……あなたが黒幕だと知ってからどうしてもあなたに、これまでのお礼として、プレゼントしてあげたいと思って用意した物がありますの。ぜひ!  受け取ってくださるかしら?」
「プ、プレ……ゼント、だと?」

  プレゼントなどという言い方をしているそれが、決して良い物であるはずがないと分かっている元宰相の顔が恐怖で歪む。
  わたくしはにっこり笑った。

「まあ!  そんな嬉しそうな表情をしてもらえるなんて、わたくしも嬉しいですわ!  用意したかいがありますわね!」
「……なっ!」
「ほら、あなたは昔からそのツルッとした頭のことを嘆いていたでしょう?  ですから、そんなあなたの為に用意しましたのよ」
「──は?」

  元宰相が眉をひそめたと同時にわたくしは隠し持っていた小瓶を取り出す。
  そして、蓋を開けてその中身の“液体”を宰相の頭からかけた。

「な、な、何をするーーーー!?」
「えぇと、薄毛に悩む方のために開発されたらしい、毛根に刺激を与えて活性化させる成分が入ったという、なんちゃらかんちゃら……?」
「も、毛根を刺激……!?  な、何だそれは!  し、しかも、これが何なのかよく分かっておらぬではないかーーーー!」

  元宰相がポタポタと液体を頭から垂らしながら叫んだ。
  その姿は本当に滑稽で笑いが込み上げてくる。

「気に入ってもらえたようで嬉しいですわ。時と場合によっては刺激が強すぎて毛根が死滅する可能性もあるそうですけど───まぁ、その時はその時……ですわよね!」
「───!?!?」

  元宰相は青白い顔になってガクリと膝から崩れ落ちた。

「……」

  事件の調査中にこの人について調べた時、もはや手遅れに近いだろうに今も必死に育毛剤を頼っていると聞いたので思いついた仕返し方法だった。

  (まぁ、中身はただの“水”なんですけどね!)

「──クラリッサ、少しは気分が晴れたかい?」
「ええ!  元宰相のあの情けない顔ときたら……ふふ」
「はは、なかなか愉快な顔をしていたね」

  コンラッド様と、ふふっと見つめ合う。

「私としてはクラリッサを嵌めたというだけでも許し難いのだから極刑に処してもっと痛い目に──」
「……裁くのはわたくしのすることではありませんから。それに……」
「それに?」
「──いいえ、何でもありません」

  それに……
  この男がわたくしから大好きだったジャンを奪ったように、人は大事なものを奪われる方が心に負うダメージは大きい。
  だから、これでいい。
  
「……さて、残りは」
「ああ」

  そう言ってわたくしはチラッとお父様たちへと視線を向ける。

  (ごめんなさいね、お兄様。あなたの婚約祝いのパーティーはもう滅茶苦茶です)

  わたくしはコンラッド様に支えられながら、青白い顔のまま動こうとしない人たちの元に向かう。
  伯爵令嬢の転落事故──クラリッサは冤罪だった。
  ──そして、自分たちも嵌められようとしていた。わたくしを犠牲にしたことで首の皮一枚が繋がっていた──
  明るみになったその事実が彼らを動けなくさせている。

「……ク、クラリッサ……」

  わたくしが近付くとお父様が青白い顔のまま弱々しい声でわたくしの名を呼んだ。
  
「どうしました?」
「…………す」
「ああ!  もしかしてお父様やお兄様も、ディーラー侯爵に先ほどわたくしがプレゼントした“毛根活性剤(嘘)”が欲しいのですか?」
「なっ……」
「え!!」

  お父様が絶句する。その後ろでお兄様たちもビクッと身体を震わせたあと、必死に首を横に振っている。
  その姿の間抜けなこと。

「あらあら、遠慮なさらなくても結構ですわよ?  もしもの時のことを考えてたくさん用意しておきましたから!」
 
  (だって、水を入れるだけですもの!  とっても簡単!)

「───ふふ、せっかくですもの。お父様もお兄様たちも使ってくださいますわよね?」

  わたくしはにっこり笑顔で彼らに迫った。


  お父様が今なにを言おうとしたのかは分かっている。
  けれど……
  ──そんな簡単に謝罪はさせない。
  “すまなかった”
  そんなたった一言であっさり片付けて終わらせられるのはどうしても嫌だった。
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