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第25話 愚かなお父様
しおりを挟む「ク……クラリッサ……だと?」
「あら? 見て分かりませんか? まさか、娘の顔も忘れたなどと……」
「ち、違う! そうではない!」
お父様は必死になって否定する。
名乗るまで分かっていなかったくせに。
「な、なぜだ……なぜ、クラリッサがここに……」
動揺しているお父様を無視して、わたくしは続ける。
「そして、こちらはもちろんご存知だと思いますけれど、わたくしの婚約者でもある、プリヴィア王国の第三王子コンラッド殿下ですわ」
「──ご無沙汰しております」
コンラッド様は一応、丁寧に頭を下げた。
「コ、コン……!? え? 髪が……な、なぜ、王子まで一緒に……」
わたくしの声は会場内にとてもよく響いていたようで、会場内が騒がしくなる。
──王女!?
──まさか、あのクラリッサ王女?
──どこかに嫁いだという話ではなかったのか? なぜここに……?
──婚約者の王子を連れて帰国されたのか?
わたくしは騒ぎの中のどさくさに紛れてチラッとジャンとアルマに視線を向けた。
二人とも唖然とした顔でわたくしのことを見ていた。
ついでにツルッツル頭の元宰相に視線を向けてみる。
すると元宰相は穴があきそうなほどコンラッド様のことを凝視していた。
(ああ、そうよね。コンラッド様の変装は昨年のパーティーの時と同じ……)
少しずつ顔が青くなっていく。
ツルッツル元宰相はあの日、自分が誰に絡んだのか今になってようやく理解したのかもしれない。
(今頃知ったところで遅くってよ!)
今すぐそう言ってやりたい所だけれど、この元宰相に毛根を壊滅させるくらいのショックを与えて追い詰めるのはもう少し後。
今は先にこちらを……と、わたくしは視線を前に戻す。
ワナワナと身体を震わせているお父様の後ろで、固まっている家族だった人たちにも“挨拶”をしなくては……
わたくしは再びにっこりと笑顔を作って、お辞儀をする。
「王太子殿下におかれましては、ご婚約、誠におめでとうございます」
「……っ」
お兄様……王太子殿下はピクッと反応したけれど声は出さなかった。
でも、その目はまっすぐわたくしを見つめている。
「ふふ、陛下を始め、皆様は先程からわたくしの顔ばかり見つめておりますけれど……わたくしの顔に何かついてます?」
そんなわたくしの質問にも無言で互いの顔を見つめ合うばかり。
それぞれ何か言いたそうにしているけれど、何を言ったらいいのかと戸惑っているようにも感じた。
そんな空気の中でお父様が再び吠える。
「───クラリッサ! 私はお前に何があっても帰ってくることは許さんと伝えたはずだろう!?」
「ええ、まさか一国の王が書いたとは思えないとっても無礼なあのお手紙のことですわね?」
「な、ぶ、無礼……だと!?」
わたくしがそんな風に嫌味な言葉を返すとは思わなかったお父様が一瞬、たじろいだ。
「ふふ、あんまりにも素敵な内容でしたから、ぜひ皆様にも知ってもらおうかと思いまして、本日も持参していますのよ? 今、この場で披露してもよろしいかしら?」
「ひひひひ披露だと!?」
「だって、これはせっかくの機会ですもの。本日のこの場には、他国の要人も何人かいらしているようですし……ランツォーネの王が縁談先の国に向かう娘にどんな手紙を書いて送り出したのか知ってもらうのも──」
お父様は、や、やめろ、やめてくれ……と必死に首を横に振っている。
「あら、そうですか? 残念」
ちなみに手紙を持ってきているのは本当。
「そうそう、お父様。実はわたくし、お父様に一つ聞きたかった事がありますの」
「……聞きたかったことだと?」
「そうですわ。頂いたその手紙の中に、“邪魔者となるお前は夫からは冷たくされ愛されない惨めな結婚生活となるだろう……”なんて、不思議なことが書かれていたのですけど、あれはどういう意味だったんですの?」
会場内が大きくザワつく。
何それ……酷い……どんな手紙……
そんな非難の声が上がっている。
「──まさかとは思いますが。お父様……娘が冷遇されるだろうと思いながら送り出したわけではありませんわよね? まさか、一国の王がそんな酷いことを考えたりなんてしませんわよ……ねぇ?」
「───っ」
お父様が言葉を詰まらせた。
そんなお父様には会場中から冷ややかな視線が向けられる。
「そうそうお父様。コンラッド様はとっても素敵な方でわたくしを心から愛してくれていますのよ」
「なっ……んだと!? そんな……だってコンラッド王子には……」
お父様の顔が信じられん! という表情になった。
それだけで、やはり“コンラッド殿下と幼馴染の公爵令嬢の話”を少なくともお父様は知っていたのだと確信した。
「コンラッド王子には……何ですの?」
「い、いや……何でもない……」
お父様はさすがに下手なことは言えない、と思ったのか小さく首を横に振った。
わたくしとコンラッド様は顔を見合わせて微笑み合う。
「ですから、不思議で不思議で仕方がないんですのよ。いったいどうしてお父様はわたくしが、コンラッド様から冷たくされて愛されない惨めな結婚生活を送ることになる……だなんて思ったのか……」
「…………」
「酷い話ですわ」
「くっ…………クラリッサ! そ、それはお前自身のせいだろう!」
お父様が真っ赤な顔で怒りながらわたくしに向かって指をさす。
「え? わたくし?」
「そうだ! お前が……お前が愚かにもあんな事件を起こしたから! だから、そのことを知ってしまったコンラッド王子が、お前を忌避する可能性を考えて忠告をしてやった……に過ぎんのだ!」
「まあ!」
(なんて酷い言い訳なのかしら?)
「当然だろう! 事件のことを知ればコンラッド王子だってお前を……」
「───それは心外ですね」
コンラッド様がお父様の声を遮る。
そして、わたくしの肩に腕を回して抱き寄せながら言った。
「陛下。私はクラリッサ王女の巻き込まれた事件のことを知っていて彼女への求婚を続けましたし、何より彼女は無実だと信じているのですが?」
「クラリッサが、む、無実……だと?」
お父様が驚きの顔をコンラッド様に向ける。
それはお父様だけじゃない、他の家族も同様だった。
「どうしてそんなに驚くのですか? そんなの当然でしょう? 愛する人の言うことを信じないでどうするのですか? 私はクラリッサ王女を愛していますからね、彼女のことを信じています」
事件の話が出たせいか、会場はまた一気に騒がしくなる。
「し、信じるも何も……あの時は状況証拠も、被害者令嬢の証言も全てがクラリッサを犯人だと言っていたのだ! それにクラリッサは影でこそこそとその令嬢に嫌がらせを行うような非道な行いを……」
「───だからと言って、あれだけの証言と証拠のみでろくに調べもせずに、あの場で娘を殺人犯呼ばわりまでする必要はなかったはずだ!」
コンラッド様の怒鳴るその声は、会場内にとてもよく響いた。
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