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第22話 協力者
しおりを挟むあのツルッとした頭の元宰相が黒幕だと分かれば、あとはあの男を探るのみ。
本日もコンラッド様は自ら情報収集に出かけていて、わたくしは留守番していた。
「───クラリッサ王女殿下」
「トゥライトル侯爵?」
そんな中、わたくしに声をかけて来たのは、コンラッド様の協力者でもあり、現在、わたくし達の泊まる部屋を提供してくれている男──トゥライトル侯爵だった。
(誰がコンラッド様の協力者なのかと思えば……思っていたより大物だったわ)
外交に強いこの者ならコンラッド様の一人や二人……入国させるのも簡単な話。
そんな彼に突然、声をかけられて思わず身構えてしまう。
でも……
───クラリッサは、牢屋にいる時も釈放されてからも、ずっと悪意にさらされていたせいで皆が君を恨んでいる……そう思っているかもしれないけどね? 実際はそんなこと無いんだよ。
(コンラッド様はわたくしにそう言っていたわ)
そして実際、トゥライトル侯爵はわたくしが誰なのかを知ったうえで本当に受け入れてくれていた。
「ご無沙汰しております」
「……そうね」
「…………お元気そうですね」
「……そうね」
「……」
「……」
困ったことに、その後の会話が続かない。
頑張るのよ、クラリッサ! 自分から歩み寄るのよ! と、わたくしは自分に喝を入れた。
「トゥライトル侯爵……コンラッド様、とは……」
「え?」
「なぜ、あなたがコンラッド様の協力をしているのかしら? と思ったの」
「ああ……それはですね────」
そうしてトゥライトル侯爵はコンラッド様との出会いを語った。
意外にも最初に声をかけていたのはコンラッド様の方からだった。
「───王女殿下……は随分と変わられましたな」
「……」
「事件後に釈放された後、すっかり大人しくなって。この時も変わられたとは思いましたが、今はもっと……」
「今は?」
トゥライトル侯爵はニコッと笑って言った。
「お綺麗になられました」
「……なっ!?」
(わたくしはもともと容姿は悪い方ではな……ってそうじゃないわ)
トゥライトル侯爵の言っている“綺麗”はきっとそういうことではない。
家族がわたくしに述べていた上っ面のような意味とはきっと違う。
「コンラッド殿下に愛されているからでしょうな」
「!」
ボンッとわたくしの顔が赤くなる。
そんなわたくしを見て侯爵は少し驚いた顔を見せる。
「これは……王女殿下のそのような顔は初めて見ましたな」
「……」
「昨年の王女殿下の誕生日パーティーの後、コンラッド殿下があなた様に求婚していたことは殿下から聞きましたが……これはこれは殿下の片思いも報われたようですな。はっはっは」
「……!」
コンラッド様は包み隠さずに話していたらしい。
そう思うと何だか恥ずかしい。
「王女殿下。コンラッド殿下はいい“目”をお持ちの方です」
「え?」
「ですから、私も彼の話に乗りました。きっと、殿下は最初から王女殿下の本質を見抜いておられたのでしょう」
「……」
そんな持ち上げられるほどわたくしは決して素晴らしい人間ではないのに。
それでも、嬉しい……と思ってしまった。
「先のパーティーでの伯爵令嬢の転落事件」
「……」
「黒幕は……裏で糸を引いているのがディーラー侯爵の可能性が高いと聞きました」
「ええ……」
「昨年のパーティーで王女殿下に恥をかかされた……と憤慨しておりましたからね」
「……そして、わたくしがお父様にあのツルッツルの宰相をクビにしろと言ったことも恨んでいるのでしょうね」
宰相という地位からは降ろされても、侯爵という身分は残った。
そして、次に任命された現在の宰相があのツルッ……の息のかかった者だったことで今でも絶賛、元気に裏で動いているというのだから……
(わたくしを嵌めるのなんて簡単な事だったでしょうねぇ……)
「あのツルッ……元宰相はわたくしへの復讐を果たしながら、王家……お父様の失脚も狙っていた……そういうことであっているかしら?」
「そう思います」
「それはそれは……」
わたくしがそう言った時だった。
「あのツルツル男は国王陛下たちが、あの場でクラリッサを守ると思っていたんだろうね」
「コンラッド様!」
「そうなれば王家は必ず国民の反感を買う──しかし実際は溺愛しているクラリッサを守るかと思いきや、あっさり切り捨てたのだから、あのツルツルワイン塗れ男も驚いたことだろう」
その声に振り返るとちょうどコンラッド様が戻って来たところだった。
わたくしも人のこと言えないけれど、コンラッド様の元宰相の呼び方がエグい。
「ただいま、クラリッサ」
「お、おかえりなさいませ、コンラッド様」
コンラッド様は、パッと表情を変えると甘く微笑みながらわたくしの元に向かってくる。
そしてそのままギュッと抱きしめてきた。
「コンラ……」
「少し疲れたから、クラリッサに癒されたい」
「なっ!」
突然、何をするのですか! と言いかけたら先手を打たれてそんなことを言われてしまった。
「クラリッサとこうしていると疲れが取れるんだよね」
「……っ!」
そんなことを言われてしまって「離れてください!」とは言えないわ。
コンラッド様もそれを分かっているからなのか、ますますギュッとわたくしを抱きしめる。
(本当に狡い人……でも、あなたの役に立てるなら……)
「クラリッサ……」
「……コンラッド様」
そう互いの名前を呼びあった後、しばらく抱きしめ合っていたら──
「……コホン、お二人が仲睦まじいのは結構なことですが、そろそろよろしいかな?」
「!」
「あ……」
わたくしたちは慌てて離れる。
「失礼。このまま放っておいたら、お二人がずっと動かない気がしましてね」
「……」
「……」
そんなことはなくってよ! と言いたいけれど否定出来ない。
わたくしはチラッとコンラッド様を横目で見る。
その端正な横顔を見るだけで胸がキュンッとした。
(わたくしは……コンラッド様に恋をしている……のかしら?)
ジャンに感じていた時とは自分の気持ちが色々と違っていて正直、よく分からない。
あの頃は、ジャンのことが好きだから、彼をわたくしのものにしたい! わたくしのものになりなさい! ジャンも幸せでしょう? オーホッホッホ……という気持ちだったけれど……
(コンラッド様には幸せになって欲しい……心からそう思うわ)
そして、そのコンラッド様の“幸せ”にわたくしが隣にいられたなら、わたくしも───幸せ。
「───クラリッサ?」
「は、はい!」
「……その、そんなに見つめられると照れる」
「は、はい……」
「でも……嬉しい」
「!」
コンラッド様の頬が赤く染まる。その顔を見ていたらとても嬉しくなった。
「────放っておくとすぐに二人の世界に入りそうだな……ウオッホン!」
「「!」」
トゥライトル侯爵の再びの咳払いでわたくしたちはハッとして慌てて意識を戻した。
❋
「だいたい、証拠? は揃った気がしますけれど」
「問題はこれをどこでお披露目するか、か」
コンラッド様と二人でうーんと考え込む。
王宮に乗り込んでお父様たちに突きつけるだけではわたくしの冤罪は晴れない。
「───それなら、ちょうど明後日、王宮で大規模なパーティーがあるではないか」
「はい?」
「手引きするから、お二人で乗り込むといいのでは?」
あっさりとした顔でそんな物騒なことを告げたトゥライトル侯爵が持っていたのは、一番上の兄……王太子でもあるお兄様の婚約祝いのパーティーのお知らせだった。
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