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第13話 誤解……?

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「───クラリッサ、頼むから……落ち着いてくれ」
「……っ」

  こ、これは何ですの!?
  なぜ、わたくしが殿下に抱きしめられているの……?
  全くもって理解不能な殿下の行動に動揺したわたくしは完全に動けなくなった。

「……」
「……」

  (あたたかい……)

  こんな風に誰かに抱きしめられるのはいつ以来かしら……?
  子供の頃は当たり前のようにたくさんギュッとしてもらっていた。
  大人になってからもお父様やお兄様たちが……クラリッサは可愛いね、と言ってギュッとしてくれてわたくしはそれが嬉しくて……

  (って!  わたくしは何を思い出しているの……今更、なのに……)

  この温もりはいけない。今はそんな場合ではないのに変な思考に陥ってしまう。
  だから心を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
  そして落ち着くと同時に殿下に向かって口を開く。

「殿下!  こういった行為は──」
「コンラッド」
「は、い?」
  
  何故か最後まで言わせてもらえず、しかも遮られた。

「コンラッドと呼んでくれ、クラリッサ」
「コン?  えっと?」
「……呼んでくれ、呼んで……欲しい!」
「ひぇ!?」

  ギュッ
  と、何故かここで殿下のわたくしを抱きしめている腕の力が強まる。

  (ど、どうしてこうなるの!?)

  それに気の所為かしら?  
  “コンラッド”と呼ばないのならこのまま離さないぞ!  
  そんなオーラをひしひしと感じる。

「……」
「……」

  (困りましたわ。何だか殿下が大きな子供に見えて来た……)

  けれど、戻って来たら名前で呼ぶという約束をしたことは確かですし……
  観念したわたくしは軽く咳払いをすると、おそるおそる顔を上げてその名を口にしてみた。

「コ、コンラッド……様」

  さすがに呼び捨てする度胸まではなかった。
  なのに……

「うん、クラリッサ!」
「!」

  わたくしは顔を上げていられず、バッと一気に顔を下げる。

  (と、とんでもない笑顔モノを見てしまったわ……!)

  直視出来ないくらい眩しすぎる満面の笑みで微笑まれた。

  (そもそも、なんで殿下……はそんなに嬉しそうなんですのよ!?)

「クラリッサ?」
「~~~!」

  怯んではいけない!  
  しっかり殿下に言わないと。
  だって、この距離はいけない。どう考えてもサマンサ嬢に対する浮気なのだから!

「よろしいですか?  このような行為は“愛”があってこその行為だとわたくしは思うのです」
「愛?」
「なっ……」

  どうしてそんな不思議そうな顔をするんですの!
  
「そうですわ。家族や夫婦、恋人……そういった関係の中にある愛ですわ……」
「特別?  うーん、でもそれなら私たちは婚約者だよ?」
「そ、その通りではありますが、婚約にも色々ありますでしょう?」

  互いを想い合って結ばれた愛情たっぷりの婚約から、わたくしたちのような愛は二の次の政略結婚まで事情は様々なはず。

「わたくし達は政略結婚ですもの」
「え?」
「ですから!  先程も申し上げましたように、わたくしには偽りの愛は不要なのです!」
「……偽りの愛」

  殿下が小さな声でそう呟くと、やっと腕の力を緩めてくれた。
  これでようやく解放されるわ!  そう思ったのだけど殿下の様子がまだどこかおかしい。
  全然、納得していなさそうな顔をしている。
  
「あ、あの……?」

  わたくしが声をかけると殿下は、今度は手をわたくしの両肩に置いた。

「クラリッサ……君はさっきもそう口にしていたよね?  偽りの愛って何の話?」
「は、い?」

  殿下は心底分からない、という顔になった。

「───そんなの決まっています!  サマンサ・ステヴィアン公爵令嬢がいるからですわ」
「サマンサが?」

  殿下の眉がピクリと反応した。

「待ってくれ。彼女は私たちの幼馴染であり親戚だ」
「もちろん存じていますわ!  それでいて、彼女こそがあなたの想い人であり恋人───」

  わたくしがそう口にしたら、殿下が「は?」と間抜けな声を上げた。
  そして自分の額に手を当てながらわたくしに訊ねる。

「……そういえば、さっきクラリッサは妙な事を言っていた……」
「妙……ですか?」
「うん。サマンサがクラリッサに喧嘩を売ろうと身の程知らずにも乗り込み、鼻で笑ってしまうくらいの陳腐で愚策な行動をした……って」
「え、ええ……」

  我ながらなんて言い方を……と思うも、それよりも殿下の様子がおかしい。

「……それって、私がいない間にサマンサがクラリッサの元に来た……ということであっている?」
「そ、そうですわ……」

  あら?  殿下のこの反応……もしかして、話を聞いていない?

「……誰が手引きをした?」
「お、王妃様ですわ」
「母上が?  ────あぁ、だから母上はさっき私から気まずそうに目を逸らしたのか……そういう事か……」
「?」

  殿下は何やらブツブツと呟いている。

「───サマンサとは何を?」
「お茶会を」
「お茶会……」
「そこで、わたくしはお二人が恋人なのだと……」
「───こっ!!!!」

  殿下が小さく叫ぶ。

「……コンラッド様?」
「…………ははは、クラリッサ。すまないがもう一回、聞いてもいいかな」
「は、あ……ど、どうぞ?」
「──誰が誰の恋人だって?」

  ん?  殿下の声が一段と低くなったような……

「で、ですから、サマンサ嬢が、でん……コンラッド様の恋人なので、わたくしは二人を引き裂く邪魔者──」
「違う!  ───そんなはずないだろう!」

  (───え?)

  殿下は声を荒らげると、再びわたくしを抱きしめた。

  (ちが……う?  今、殿下はそう口にした……?)

「……クラリッサ。つまり君は……私は恋人がいるのにも関わらず、その恋人を捨てて君との婚約を強行した浮気者だと思っている?」
「……」

  コクリと頷く。

「わ、わたくし達は、政略結婚、ですから!」
「───だから、偽りの愛……浮気者……それにさっき言っていた大バカ者はそういう……」
「あの……?」
「あぁぁ……」

  殿下がわたくしを抱きしめながら深いため息を吐いていた。
  やがて、落ち着いたのか、そっとわたくしの名を呼んだ。

「クラリッサ」
「は、はい!」
「────すまなかった。私のせいで君を……悩ませてしまった」

  身体を離してくれた殿下は、そう言ってわたくしに頭を下げた。

「い、いえ!  それよりも……」
「それよりも?」

  わたくしは、先程の“違う”が気になって仕方がない。

「コンラッド様とサマンサ嬢は恋人……」
「ではない!」
「わたくしは二人の仲を引き裂く邪魔者……」
「絶対に違う!」

  (そんな……)

「そんなの信じられないって顔をしているね」
「……」

  わたくしの考えていることは筒抜けだったのか、見抜かれていた。

「クラリッサ」
「……」
「おいで。一旦、座ろう」
「は、い……」
「そして、私の話を聞いてくれると嬉しい」

  そう言われてわたくし達はソファに並んで腰を下ろした。

「クラリッサに、信じてもらうには…………あー、何から話そうかな、うん、これはやっぱり……」
「やっぱり?」
「───私が初めての恋に落ちた日の話……だな」
「は、い?」

  (殿下の……初めての恋に落ちた……日!?  なぜ!)

  わたくしは吃驚して殿下の顔をじっと見つめてしまった。


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