13 / 57
第13話 誤解……?
しおりを挟む「───クラリッサ、頼むから……落ち着いてくれ」
「……っ」
こ、これは何ですの!?
なぜ、わたくしが殿下に抱きしめられているの……?
全くもって理解不能な殿下の行動に動揺したわたくしは完全に動けなくなった。
「……」
「……」
(あたたかい……)
こんな風に誰かに抱きしめられるのはいつ以来かしら……?
子供の頃は当たり前のようにたくさんギュッとしてもらっていた。
大人になってからもお父様やお兄様たちが……クラリッサは可愛いね、と言ってギュッとしてくれてわたくしはそれが嬉しくて……
(って! わたくしは何を思い出しているの……今更、なのに……)
この温もりはいけない。今はそんな場合ではないのに変な思考に陥ってしまう。
だから心を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
そして落ち着くと同時に殿下に向かって口を開く。
「殿下! こういった行為は──」
「コンラッド」
「は、い?」
何故か最後まで言わせてもらえず、しかも遮られた。
「コンラッドと呼んでくれ、クラリッサ」
「コン? えっと?」
「……呼んでくれ、呼んで……欲しい!」
「ひぇ!?」
ギュッ
と、何故かここで殿下のわたくしを抱きしめている腕の力が強まる。
(ど、どうしてこうなるの!?)
それに気の所為かしら?
“コンラッド”と呼ばないのならこのまま離さないぞ!
そんなオーラをひしひしと感じる。
「……」
「……」
(困りましたわ。何だか殿下が大きな子供に見えて来た……)
けれど、戻って来たら名前で呼ぶという約束をしたことは確かですし……
観念したわたくしは軽く咳払いをすると、おそるおそる顔を上げてその名を口にしてみた。
「コ、コンラッド……様」
さすがに呼び捨てする度胸まではなかった。
なのに……
「うん、クラリッサ!」
「!」
わたくしは顔を上げていられず、バッと一気に顔を下げる。
(と、とんでもない笑顔を見てしまったわ……!)
直視出来ないくらい眩しすぎる満面の笑みで微笑まれた。
(そもそも、なんで殿下……はそんなに嬉しそうなんですのよ!?)
「クラリッサ?」
「~~~!」
怯んではいけない!
しっかり殿下に言わないと。
だって、この距離はいけない。どう考えてもサマンサ嬢に対する浮気なのだから!
「よろしいですか? このような行為は“愛”があってこその行為だとわたくしは思うのです」
「愛?」
「なっ……」
どうしてそんな不思議そうな顔をするんですの!
「そうですわ。家族や夫婦、恋人……そういった関係の中にある愛ですわ……」
「特別? うーん、でもそれなら私たちは婚約者だよ?」
「そ、その通りではありますが、婚約にも色々ありますでしょう?」
互いを想い合って結ばれた愛情たっぷりの婚約から、わたくしたちのような愛は二の次の政略結婚まで事情は様々なはず。
「わたくし達は政略結婚ですもの」
「え?」
「ですから! 先程も申し上げましたように、わたくしには偽りの愛は不要なのです!」
「……偽りの愛」
殿下が小さな声でそう呟くと、やっと腕の力を緩めてくれた。
これでようやく解放されるわ! そう思ったのだけど殿下の様子がまだどこかおかしい。
全然、納得していなさそうな顔をしている。
「あ、あの……?」
わたくしが声をかけると殿下は、今度は手をわたくしの両肩に置いた。
「クラリッサ……君はさっきもそう口にしていたよね? 偽りの愛って何の話?」
「は、い?」
殿下は心底分からない、という顔になった。
「───そんなの決まっています! サマンサ・ステヴィアン公爵令嬢がいるからですわ」
「サマンサが?」
殿下の眉がピクリと反応した。
「待ってくれ。彼女は私たちの幼馴染であり親戚だ」
「もちろん存じていますわ! それでいて、彼女こそがあなたの想い人であり恋人───」
わたくしがそう口にしたら、殿下が「は?」と間抜けな声を上げた。
そして自分の額に手を当てながらわたくしに訊ねる。
「……そういえば、さっきクラリッサは妙な事を言っていた……」
「妙……ですか?」
「うん。サマンサがクラリッサに喧嘩を売ろうと身の程知らずにも乗り込み、鼻で笑ってしまうくらいの陳腐で愚策な行動をした……って」
「え、ええ……」
我ながらなんて言い方を……と思うも、それよりも殿下の様子がおかしい。
「……それって、私がいない間にサマンサがクラリッサの元に来た……ということであっている?」
「そ、そうですわ……」
あら? 殿下のこの反応……もしかして、話を聞いていない?
「……誰が手引きをした?」
「お、王妃様ですわ」
「母上が? ────あぁ、だから母上はさっき私から気まずそうに目を逸らしたのか……そういう事か……」
「?」
殿下は何やらブツブツと呟いている。
「───サマンサとは何を?」
「お茶会を」
「お茶会……」
「そこで、わたくしはお二人が恋人なのだと……」
「───こっ!!!!」
殿下が小さく叫ぶ。
「……コンラッド様?」
「…………ははは、クラリッサ。すまないがもう一回、聞いてもいいかな」
「は、あ……ど、どうぞ?」
「──誰が誰の恋人だって?」
ん? 殿下の声が一段と低くなったような……
「で、ですから、サマンサ嬢が、でん……コンラッド様の恋人なので、わたくしは二人を引き裂く邪魔者──」
「違う! ───そんなはずないだろう!」
(───え?)
殿下は声を荒らげると、再びわたくしを抱きしめた。
(ちが……う? 今、殿下はそう口にした……?)
「……クラリッサ。つまり君は……私は恋人がいるのにも関わらず、その恋人を捨てて君との婚約を強行した浮気者だと思っている?」
「……」
コクリと頷く。
「わ、わたくし達は、政略結婚、ですから!」
「───だから、偽りの愛……浮気者……それにさっき言っていた大バカ者はそういう……」
「あの……?」
「あぁぁ……」
殿下がわたくしを抱きしめながら深いため息を吐いていた。
やがて、落ち着いたのか、そっとわたくしの名を呼んだ。
「クラリッサ」
「は、はい!」
「────すまなかった。私のせいで君を……悩ませてしまった」
身体を離してくれた殿下は、そう言ってわたくしに頭を下げた。
「い、いえ! それよりも……」
「それよりも?」
わたくしは、先程の“違う”が気になって仕方がない。
「コンラッド様とサマンサ嬢は恋人……」
「ではない!」
「わたくしは二人の仲を引き裂く邪魔者……」
「絶対に違う!」
(そんな……)
「そんなの信じられないって顔をしているね」
「……」
わたくしの考えていることは筒抜けだったのか、見抜かれていた。
「クラリッサ」
「……」
「おいで。一旦、座ろう」
「は、い……」
「そして、私の話を聞いてくれると嬉しい」
そう言われてわたくし達はソファに並んで腰を下ろした。
「クラリッサに、信じてもらうには…………あー、何から話そうかな、うん、これはやっぱり……」
「やっぱり?」
「───私が初めての恋に落ちた日の話……だな」
「は、い?」
(殿下の……初めての恋に落ちた……日!? なぜ!)
わたくしは吃驚して殿下の顔をじっと見つめてしまった。
78
お気に入りに追加
5,044
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる