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第10話 邪魔者

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  ───邪魔者となるお前は夫からは冷たくされ愛されない惨めな結婚生活となるだろうが……

  お父様から貰った手紙に書かれていたこの一文。
  最初はよく意味が分からず、腹立たしいだけだと思っていたけれど───

  コンラッド殿下の話ばかりするサマンサ嬢のあの態度。
  何度も見せた寂しそうな表情と涙。
  そして、先程の侍女たちの会話。

「これは……」

  きっと、コンラッド殿下とサマンサ嬢の関係は有名なのだろう。
  よそよそしかった使用人たちの態度にも腑が落ちたわ。
  ただ、使用人たちと違って国王陛下を始めとした王族方の態度が普通だったのは、彼らは政略結婚が当たり前だと分かっているから。
  そして何故かは分からないけれど──……

「……お父様も“このこと”は初めから知っていた」

  わたくしが二人にとって邪魔者になると知っていて、お父様は縁談の話を積極的に進めた。
  コンラッド殿下からも冷たくされ、サマンサ嬢の味方でありきっと長年二人を見守って来たであろう人達にも冷たくされ……
  わたくしは惨めな結婚生活を送ることになる……そう見込んで送り出した。

「だって手紙の最後にはこう書いてますものね、“どんなことがあっても二度と帰ってくることは許さない”」

  この部分にだけには激しく同意していたのだけれど。まさか、こんな意味が込められていたとは。
  この国でも単なる邪魔者となったわたくしが行き場を失うことをお父様はきっと願っていた。

「───でもね、お父様。あなた一つ誤算がありましてよ?」

  コンラッド殿下は冷たくどころかとっても優しくしてくださっていたわよ?
  荷物は最低限で構わないという言葉通り、こちらに着いてみれば、生活に困らないだけの準備がきちんとされていて、わたくしの好きな色で部屋も用意してくれていた。
  わたくしが一人ぼっちにならないように常に気を使ってくださっていたのだから!

「全然、冷たくなんかされていないのよ、お父様」

  殿下は誠実にわたくしと向き合おうとしてくれていた。
  だから、わたくしはお父様が願ったような惨めな思いなど全くしていない。
  むしろ、ずっと温かい気持ちを殿下から貰えていたわ。

  (けれど……)
  
  きっと、コンラッド殿下はこのままわたくしと結婚するつもり……なのでしょう。
  サマンサ嬢との関係が今どうなっているのかは、今日のことだけではいまいち分からないけれど……

「わたくしと会うのは駄目だと言っていた……か」

  その話が本当なら、サマンサ嬢がわたくしと会ってしまうと、今日のようなことになる可能性があるから頑なに彼女の頼みに拒否を続けて接触を避けさせていた。

  (まぁ、そうなるわよねぇ……)

  けれど、サマンサ嬢は殿下が留守の間に王妃殿下を利用してわたくしの元に乗り込んできた、と。
  わたくしは静かにため息を吐く。

  (嫌だわ。彼女サマンサ嬢のしたい行動や思惑が、気持ち悪いくらい手に取るように分かってしまう……!)

「───どうして、今日のサマンサ嬢とのお茶会が、よりしんどかったのかようやく理解出来たわ」

  愛する人を取られまいとし、必死に自分の方が愛されているアピールと牽制をしていたサマンサ嬢のあの姿は……

「……まるで、かつてのわたくし……自分を見ているようかのようだったから……」

  それは疲れもする。
  殿はずのお茶を、“コンラッドもこれを好きなの”と、言っていた時は何故なのかと疑問に思ったものだけど。

「あのお茶はつい最近、殿下とお茶をしている時に一緒に飲んだけれど、あの時の殿下はほんの僅かだけど微妙に眉を顰めていたのよね……おかわりもいつもと違ってやんわりと拒否していたし……」

  そもそも事前の手紙のやり取りで聞いていた彼の好き嫌い。
  あのお茶は殿下の言っていた苦手なものに近い味なのでは?  と思い、実はハラハラして様子を見ていた。
  だから、なるべく悟らせないようにしようと振る舞う殿下のその態度を見てわたくしは密かに感心していた。こうあるべきだったのか、と。

  (だって、昔のわたくしなら侍女に「わたくしの好みも分からないの!?」と言って即座にカップを投げつけていたもの……)

「……サマンサ嬢。あなたの気持ち……よく分かるわ」

  たとえ、嘘をついてでも牽制したかった。
  どうせ、まだこの国に来たばかりの王女なんかに、殿下の好みなんて分からないだろうから少しくらい嘘をついてもバレない──……
 
  そういう理由だったのかと理解した。
  本当に恐ろしいくらい彼女の気持ちが理解が出来てしまう。

「まぁ、サマンサ嬢と違ってわたくしの場合は“愛されている”と思い込んで馬鹿な勘違いをしていたのだけれど……それで──……」

  ……あの時のことはもういい。
  もう今更、真実を訴えたところでなんの意味もない。
  あの時、誰もわたくしの話に聞く耳を持つものなんていなかった。それが全て。
  
  (それよりも、これからをどうするか、よ)

「……コンラッド殿下」

  わたくしはまた、人のものを奪うのは嫌なの。
  それと……

「偽りの愛も……不要なのよ」

  でも、何も知らないからこそなのかもしれないけれど、あなたはわたくしに“優しさ”をたくさんくれたから。
  だから、わたくしはあなたにそのお礼がしたい。その為には───……

「よし!   …………殿下が帰って来たら話し合いね」

  この件はコンラッド殿下の話も聞かないといけない。
  だって、これはわたくしが一人で勝手に決めつけていい話ではなくて、今すぐわたくしがこっそり姿を消せば即解決するという話でもない。

  (むしろ、婚約が成立している今、わたくしが勝手に居なくなった方が大きな問題になってしまうわ)

  …………まぁ、話し合いをした所で辿り着く結論は変わらないでしょうけれど。

  なので、わたくしはそれまでに今後の身の振り方を考えなくてはいけないわね。

  わたくしはそう決心した。



❋❋❋



「おはようございます、クラリッサ様」
「……おはよう」

  今日もいつもの朝が始まる。
  いつものようにテキパキと仕事をこなす侍女。

「……」

  不思議ね。理由が分かればこの態度も気にならなくなるものなのね。
  本音は、ランツォーネの侍女たちみたいに仕事放棄したい気持ちでいっぱいでしょうに……
  もちろん、今も褒められた行為では無いのだけれど、もっと酷いことを知っているわたくしにはこれだけでも充分過ぎると思えてしまう……
  
  出発前に殿下に余計なことを言わなくて良かった。
  無駄に殿下を悩ませることになる所だったわ。

  (…………だけど、何故かしらね)

  コンラッド殿下が海外公務に行ってしまうと知った時に感じていた“寂しさ”とは違う“寂しさ”がわたくしの中にある気がするのは。

「ぅえ!?  クラリッサ様?  どうされたのですか?」
「え?  なに、が?」

  そう言われてわたくしは初めて自分が泣いていることに気が付いた。
  わたくしの目から涙が溢れていた。

「ど、どこか痛むのですか!?  はっ!  そ、それとも私が何か粗相を……!」
「……」

   (ぅえ!?  って、プリシラが変な声を上げて取り乱して慌てている……)

  いつもなら澄ました顔のまま、表情を変えたりなんかしないのに。
  今はこんなにも……

「……ふっ」
「ふ?」
「ふふ……」

  わたくしはそっと口元をおさえる。

「え?  今度は笑っ……?  な、涙は!?」
「ふふふ……ふっ」
「ええぇぇーー……」

  プリシラが困惑しているその姿が、何だかおかしくて今度は笑いが込み上げて来たわたくしは、そのまましばらく笑い続けた。
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