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第9話 幼馴染の公爵令嬢

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「サマンサ・ステヴィアン公爵令嬢……」

  わたくしは部屋に戻ると一人で呟く。
  王子妃教育の中でこの国の貴族については学んだ。
  ステヴィアン公爵家は、王妃殿下とは親戚関係にあたる。
  だから王妃殿下を通じて今回の話を持ってきた、のだと思われた。

  (正直、コンラッド殿下のいない所でというのは気乗りしないけれど、王妃殿下から直接言われてしまったので断れないわ……)

  それに今後、王子妃になる身としては、貴族令嬢たちとの交流は必要不可欠。
  頭ではそう分かってはいるのだけど…… 

  (あの日から貴族令嬢に対していいイメージが持てないのよね……)

「せめて、コンラッド殿下がいらっしゃる時にお話をくれれば良かったのに」

  そうしたら一人で彼女に会うことにならずに済んだかもしれない。
  だけど、これもいつかは乗り越えなくてはいけないことだから、そう思って顔を上げた。


❋❋❋


「王女殿下、初めまして。サマンサ・ステヴィアンと申します。本日は私の無茶なお願いを聞いて下さりありがとうございます」
「!」

  約束の日、現れたサマンサ嬢を見たわたくしはその美しさに思わず息を呑んだ。

  流れるようなサラサラの銀糸の髪、涼やかな目元にすっと通った鼻筋……
  そして、何より気品溢れる立ち振る舞い。お辞儀に至っても美しくお手本のよう!

「クラリッサ・ランツォーネです」
「お会いできて光栄です。クラリッサ王女殿下」

  わたくしが挨拶を返したあと、サマンサ嬢はそう言って再び美しく微笑んだ。



「本当に今日は私の我儘を聞いて下さりありがとうございます」
「いえ……」

  サマンサ嬢との対面は無難にお茶会でという形になった。
  
「……実はコンラッドにはずっと会わせて欲しいってお願いしていたのですけど、何度お願いしても断られてしまっていまして」
「……え?」

  サマンサ嬢が寂しそうな表情を浮かべる。

「ですから、狡いかな?  とは思ったのですが、リンダ様を通してお話をしてもらうことにしました」

  (リンダ様……って王妃殿下の事よね?)

  親戚であっても王妃様のことを名前で呼ぶとは……
  さすが、王子たちの幼馴染なだけあるわ、と感心した。

「えっと、コンラッドでん……コンラッド様が断っていた、と言うのはどういうことですの?」

  殿下からわたくしに会いたがっている令嬢がいるなんて話は一度も聞いていない。
  完全に初耳だった。

「ええ。とにかくダメだ、会わせられない!  の一点張りでしたわ。でも、コンラッドはこうと決めたら昔から強情で譲らないので仕方がないのですけどねぇ」

  サマンサ嬢は、そう口にしながら何かを思い出したのかふふふ、と笑う。
  そんな笑顔すらもとても美しい。

「そうでしたか……」

  他に返す言葉が見つからず、それだけ言ったわたくしは目の前のお茶に手を伸ばす。
  同じようにお茶に手を伸ばして一口飲んだサマンサ嬢が、「まあ!」と頬を赤く染めてとびっきりの笑顔を見せた。

  (──?)

  そして、振り返るとこのお茶を準備した侍女に向かって声をかけた。

「プリシラ!  今日は私の好きな茶葉を用意してくれたのね?  ありがとう!」
「あ……サマンサ様……」
「覚えていてくれたのね!  嬉しいわ!」

  プリシラもまさかお礼を言われるとは思っていなかったのか戸惑っていた。
  だけど、その表情は嬉しそうだった。
  普段、彼女がわたくしの前ではこんな表情を見せることは無いのでとても新鮮な気持ちになる。

「……あ、王女殿下。ごめんなさい、ついはしゃいでしまいました」
「いえ、大丈夫です。サマンサ様はこの茶葉がお好きなのですか?」

  侍女についお礼を言うくらい嬉しそうなのだからよほど、この茶葉が好きなのだろう。
  そう思って訊ねる。

「ええ、大好きですの。それにコンラッドもこの茶葉が好きで昔から、よく二人でお茶会ごっこをする時には必ずこれを───って、あ、すみません。そういう話ではなかったですよね」
「……」
「けれど、つい嬉しくて」

  サマンサ嬢はそう言うとふふっと小さく笑った。
 
  (……コンラッド殿下もお好きな茶葉?)

  そう思って私は、もう一度そのお茶を飲んでみた。



  その後もサマンサ嬢との話は続いた。
  そのうち、彼女の話す内容のほとんどに“コンラッド殿下”の名前があることに気付いた。

「サマンサ様は王子殿下の方々とは幼馴染なのですよね?」
「ええ、そうなります。中でもコンラッドとは歳も同じでしたから、他のお二人より一緒にいることが多かったです。それで……」

  といったように、敢えてわたくしが王子殿下という言い方をしたのに、返ってくる言葉の中では必ずコンラッド殿下となっている。
  
「……そうなのですね。残念ながらわたくしはまだコンラッド様のことをあまり知らないので、本日は貴重なお話を聞けて嬉しいですわ」
「まあ!  それはお役に立てて光栄です。って、あまり知らない?  ……あ、そうですわよね、だってこの縁談の話は本当に急でしたものね」

  コトッと飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻すとサマンサ嬢は寂しそうな表情を浮かべる。

「本当に驚きましたわ。コンラッドから突然、ランツォーネの王女殿下と縁談の話があると聞かされて……」
「サマンサ様?」
「昔からと、と言い続けていたコンラッドでしたから……」

  (政略結婚なんて嫌だ……?  そう言っていた?)

「ですが、王太子殿下も二番目の殿下ももうそれぞれお相手がいますから……仕方がなかったのでしょうね……」
「……」

  サマンサ嬢はそう言って寂しそうに笑う。
  そして、その瞳は涙で少し潤んでいるようにも見えた。




  そして、お茶会は終了の時間となり、帰宅するサマンサ嬢を見送るため馬車寄せまで共に歩く。
  その際の会話のほとんどもやっぱり“コンラッド殿下”の話だった。

「王女殿下、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」

  何とか笑顔を作って微笑み返すと、別れ際にサマンサ嬢が私に向かって照れた様子で言う。

「あ、あの!  殿下が迷惑でなければ……なのですけれど、また、こうしてお茶をご一緒してもらえませんか?  その、出来ればこれからももっとお話がしたくて!」
「……」

  わたくしが答えに詰まっていると……
  どうしてかしら?  背中がチクチクするわ。
  後ろに控えている侍女たちからの視線がすごく痛い気がする。

「……迷惑だなんて。そう言って頂けて嬉しいですわ。お時間の都合が合えばぜひ」
「わぁ、ありがとうございます!  楽しみにしています!」

  サマンサ嬢は嬉しそうに微笑んで馬車に乗り込み帰って行った。
  それを笑顔で見送ったわたくしは、内心で大きなため息を吐いた。

  (ただただ疲れたわ……)

  ほんの数時間のはずが、何日も経ったあとみたい……それくらい疲れていた。
  お茶を飲みながら会話をしていただけなのに、どうしてこんなにしんどかったのかしら?
  不思議に思った。

  (そうだわ!  それより、プリシラを始めお茶会の準備をしてくれた侍女たちを労わないと!)


  そう思ってお茶会をしていた部屋に戻ると、片付けをしながらお喋りをしている侍女たちの会話が聞こえて来た。

「……サマンサ様、寂しそうでしたね」
「やはり、ね。心の中はお辛いでしょうに……」
「それでも明るく振舞って……私、お礼を言われちゃったわ」

  (……寂しそう?  辛い?   何の話かしら)

「サマンサ様はあんなにお美しいのに、それを鼻にもかけず本当に一途で健気な方ですよね」
「コンラッド殿下とあんなにお似合いだったのに……」

  (……殿下とお似合い?)

「他国の王女殿下とこの国の公爵令嬢ではやはり王女殿下の方が強いですからねぇ……」
「本当にお可哀想……」

  (────!)


  わたくしは侍女たちに声をかけずにそっと自分の部屋に戻る。
  そして、しまい込んでいたお父様からの手紙を取り出した。

「……これはそういう意味だったのね、お父様……」
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