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第8話 見送り
しおりを挟む祖国に居た時に受けていた扱いは明らかに、わたくしがやらかした事に対する批判の目だった。
その態度を率先して取っていたのが国王のお父様を始めとした王族だったから周囲も好き放題に振舞っていたわけだけど……
(プリヴィア王国の人達の態度が、どういう感情から来るものなのかよく分からないわ)
仕事はきちんとしてくれている。雑なことも嫌なこともされていない。冷たく睨まれることもない。
朝はきちんと起こしてくれて、支度も整えてくれて、温かい食事も出て……
誰にも起こされない、身支度は自分で、冷たいおざなりの食事……
真逆のはずなのに。
この国に来たばかりの時は、私は余所者だからしょうがない……そう思えたのだけど。
(───もしかして、知られてしまっている?)
「───クラリッサ王女?」
「あ、はい……」
「大丈夫? やっぱり何か……」
「い、いえ! 大丈夫です。無事のお帰りをお待ちしておりますわ」
わたくしは何とか笑顔を作ってそう口にした。
(コンラッド殿下が海外公務を終えて戻って来る時まで違和感が続くようだったら、その時は一言相談してみることにするわ)
殿下はきっとわたくしの話を無下にはしない。そう思えるから。
それまでは、わたくしからも周囲にどんどん歩み寄っていく。今、出来るのはそれしかないもの!
「……」
心の中でそんな諸々の決意をしていたわたくしは、コンラッド殿下が何か言いたげな様子でわたくしを見ていることに全く気付けなかった。
❋
「───それでは行ってくる」
「はい、気をつけて行ってらっしゃいませ」
そして、コンラッド殿下が海外公務に出発する日がやって来た。
わたくしは他の王族の方々と並んで殿下を見送る。
(やっぱり少し寂しいかも……)
殿下は今日までどんなに忙しくても必ず、わたくしと過ごす時間を作ってくれていた。
二人きりの食事の時間がなくなったあとは、必ず午後にお茶の時間を設けたり……
その時間が無くなるのかと思うと寂しい。
「……」
「殿下?」
何故か殿下が黙り込んでしまった。
「あ、あの……?」
「くっ…………そんな顔をされると行きたくなくなるじゃないか……」
「顔? えっと、何の話でしょうか?」
「…………か」
殿下はわたくしの顔を見ながら苦笑して何か言ったけれどよく聞き取れなかった。
「───そうだ! クラリッサ王女」
「はい」
「戻って来たら一つお願いしたいことがあるんだ」
「お願い、ですか?」
わたくしに頼みごととは珍しい。
「そうなんだ、あのね───」
殿下の顔が近付いてきて、わたくしの耳元に顔を寄せると小さな声で囁いた。
(───え!)
「…………嫌?」
「そ、そそそんなことはありません!」
「本当に? それじゃあ」
「わ、分かりました……」
(分かりましたから、耳元で喋るのは勘弁して下さいませーーーー!)
あまりの距離の近さに胸がドキドキしてしまう。
「良かった、ありがとう!」
「……」
コンラッド殿下はとても嬉しそうに笑った。
なんて眩しい笑顔を見せるのだろうかと思わず見惚れてしまった。
(本当に調子が狂う……)
「コホンッ……そ、それでは無事のお帰りをお待ちしております」
「───ああ」
そうしてわたくしはコンラッド殿下の出発を見送った。
「なかなか、仲良くやれているようですね」
「!」
その声に慌てて振り返ると王妃殿下がわたくしに話しかけていた。
わたくしは慌てて頭を下げる。
「コンラッドの相手がランツォーネ国の王女と聞いた時は本当に驚きましたが」
「殿下が常日頃から大変、気を使ってくれております」
わたくしがそう応えたら王妃殿下は小さく微笑んだ。
「───ふっ、まぁ……当然でしょうね」
どうして当然なのかと少し疑問に思ったけれど、深く追求はしない。
「あの子はよく海外公務を担当することが多いのだけれど、さすがに出来たばかりの婚約者がいるのだから今回は見送ったらと言ってみたのだけど仕事だからと譲らなかったわ」
「そ、そうだったのですか?」
真面目だなぁと思って気持ちがホッコリした。実にコンラッド殿下らしいと思う。
「それに、各地を回ってついでにどうしても調べたいことがあるとか何とか───」
「調べもの、ですか?」
「それが何かは語ってくれなかったけれどね。全く……」
やれやれ……と語る王妃殿下の顔は、“王妃”より“母親”の顔に見えた。
(使用人たちの様子はちょっと変に思えるけれど、王族の皆様は普通なのよね……)
このチグハグは何故なのかしら?
と、思いながらも見送りを終えた。
(殿下が戻ってくる前までに頑張るわよーーーー!)
と、気合を入れたものの……
「おはようございます、クラリッサ様」
「おはよう! 今日もいい天気ね!」
わたくしは満面の笑みで侍女に答える。でも──
「──そうですね。それで、今日のクラリッサ様のご予定は───」
侍女は特に笑顔を返してくれるわけでもなく淡々と本日の予定を告げるのみ。
(無視をされるわけではない)
話しかければ答えてくれる。聞こえなかったフリなんてされない。
頼んだこともきちんとやってくれる。分かりやすく嫌そうなため息を吐くなんて事はもちろんされない。
(けれど必要以上には踏み込まない……そんな感じ?)
これは前途多難だわ、そう思った。
❋❋❋
そして、コンラッド殿下が出発してから三日後のことだった。
王妃殿下に呼ばれたわたくしが話を伺いに向かったら────
「え? わたくしに挨拶をしたいと言っている令嬢がいる、ですか?」
「ええ、そうなの。ぜひ、あなたに会いたいと強く希望していて」
「強く希望……?」
そうまでしてわたくしに? と純粋に驚いた。
「コンラッドが今、不在だから戻って来てからにしては? とも言ったのだけど……」
「そ、その方はどこの家の令嬢なのですか?」
わたくしが訊ねると王妃殿下はこう言った。
「サマンサ・ステヴィアン。ステヴィアン公爵家の令嬢でコンラッドを含めた息子たちの幼馴染の令嬢よ」
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