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第5話 王国に到着
しおりを挟む当然と言えば当然だけれど、この顔ぶれでのプリヴィア王国までの旅は重たくて苦しい道程だった。
よほどわたくしに嫌味を言ってやらないと気が済まないのか、護衛の彼は道中、市井や王宮でのわたくしの評判をこれでもかと語ってくれた。
「市井ではあの件で王女殿下の評判はガタ落ち。王女は身勝手で我儘だという意見が多数ですね」
(……知っていますけど?)
「貴族の間では王女殿下の我儘な性格は既に有名だったようですが、国民はさすがにそこまでは分かっていませんでしたからね、本当に上手く隠していたなと感心します」
(あなたに感心されてもね)
「護衛たちの間でも王女殿下の護衛任務に選ばれた時は罰ゲームだと笑われていましたよ」
(それは初耳。つまりあなたにとっては今が罰ゲームだと笑われていることになるけれど?)
「それから───」
けれど、わたくしが何を言われても顔色を変えずに、全て心の中で受け答えをしていたせいで、無反応でつまらなくなったのか最後は静かになっていった。
(やっぱり、こういう人は相手にしないのが一番ということね)
ちなみに、侍女の方は集団だといつも、これでもかとわたくしの陰口を叩いていたのに、何故かずっと静かだった。
(……一人だと怖気付くタイプなのかしら?)
そうしてどうにか苦痛に耐え、プリヴィア王国の国境付近まで辿り着くことが出来た。
ここからはお迎えとしてやって来るプリヴィア王国の馬車へとわたくしだけが乗り換えて、そのまま王宮に向かう手筈となっている。
(ようやくこの二人とお別れ出来るわ!)
「───王女殿下」
やっと息苦しさから開放されると内心で喜んでいたら、護衛の男がわたくしに一通の手紙を差し出してきた。
「それは?」
「国王陛下からの手紙です。国境付近で別れる時に王女殿下に渡すように、とのことでした」
「……」
は? お父様は、どうしてわざわざこんなものを?
こんなもの読まなくてもだいたい何が書かれているか分かるわ。
「…………そこに置いておいて」
直接受け取るのがものすごく嫌だったのでそう指示を出した。
護衛は何か言いたそうな顔をしていたけれど、そっとその場に置いて下がった。
────
そうしているうちに、プリヴィア王国からのお迎えの馬車が到着した。
「───クラリッサ王女!」
到着した馬車の中から聞こえて来た、どこか聞き覚えのある声にわたくしは驚いて顔を上げた。
「え……もしかしてコンラッド殿下、ですか!?」
「ようこそ、プリヴィア王国へ」
「……」
(えーーー!)
麗しの王子様は馬車から降りると、わたくしに向かって爽やかに微笑んだ。
(びっくりしたわ。まさか、殿下自ら迎えに来るなんて……)
王子の登場に護衛と侍女も驚いている。
二人でコソコソと「どうして王子殿下が?」「わざわざ迎えに……?」などと囁きあっている。
「驚かせてしまったかな?」
「はい……驚きました。殿下が来るとは聞いていませんでしたから」
「どうして?」
殿下は不思議そうに首を傾げる。
「私の花嫁となる女性が遠路はるばる来てくれたのに、なぜ、迎えを他人に任せなくてはいけない?」
「そ、それは……」
コンラッド殿下のあまりの直球な言葉に驚いた。
(私の花嫁……)
わたくしは本当にこの方の花嫁となる為にやって来た、という実感がジワジワと湧いてくる。
「聞いたか? 花嫁だと……」「本当に?」後ろで護衛と侍女は未だにヒソヒソ囁きあっている。
迎えが来たのでもう彼らはここにいる必要は無い。
さっさとお帰り願わなくては。そう思った時、コンラッド殿下が先に動いた。
「君たちが私の花嫁───クラリッサ王女にここまで付き添ってくれたのかい?」
突然、殿下に話しかけられたので二人がビクッと身体を震わせる。
「そ、そう……です」
「───それはご苦労さま、と言いたい所だけど、クラリッサ王女の顔色があまり良くない」
「「え!?」」
(───え?)
コンラッド殿下はそれまで浮かべていた爽やかな笑みを消した。
「主人を疲れさせるような旅のお供しか出来ない無能な君たちにもう用はないよ」
「──っ」
「え、えっ……と……」
「聞こえなかったのかな? それともはっきり言わないと分からない?」
殿下が、とても冷ややかな目を向けたので二人は一気に真っ青になって「か、か、帰ります……!」と逃げるように馬車に乗り込み、慌てて去って行った。
(えーーーー!?)
わたくしは驚きすぎて声が出ない。
そして思った。コンラッド殿下ってこんな冷たい顔も出来る方だったんだ、と。
「───クラリッサ王女?」
「え……あ、はい!」
名前を呼ばれてハッとする。
「大丈夫かい?」
「ありがとうございます……だ、大丈夫……です」
「それなら良かった」
と、今度は私に向かって柔らかく微笑んだ。
(……調子が狂うわ)
馬車に乗り込んだ後、向かい側に腰を下ろした殿下は申し訳なさそうな様子で頭を下げた。
「君の護衛と侍女を勝手に追い返してしまったけれど……すまない」
「あ、お、お構いなく。問題ありませんわ! 事前にお伝えしていたように、彼らとは元々ここでお別れでしたから……」
「……」
そこで殿下が何故か黙り込む。
「…………だ、な」
そして、よく聞こえなかったけれど小さくなにか呟いたあと、わたくしに向かって言った。
「ところで話は変わるけれど、クラリッサ王女。先日、私がランツォーネ国を訪ねた際は、あなたが私に王宮内を案内してくれただろう?」
「え、ええ」
あの時は庭の案内だけでなく、王宮内も案内して回った。
「だからさ、今日は私が馬車の中からだけど、この国を紹介出来たらいいなと思っているんだ」
「え……?」
「それで、クラリッサ王女が少しでもこの国を好きになってくれたら嬉しい」
コンラッド殿下は優しく微笑んだ。
「それは、あ、ありがとうございます」
「よし! そういうわけで、これから少しだけ本来の王宮に向かうルートとは違う道を通るよ」
「は、はい!」
❋
そうして、コンラッド殿下は馬車の車内からプリヴィアの国をそして街を紹介してくれた。
だけど……
「……コンラッド殿下、先程から食べ物のお店の紹介ばかりなのは気の所為でしょうか?」
「え? そうかな?」
「しかも、女性が好きそうな甘いお菓子のお店ばかりでしたが?」
わたくしがジトッとした目で見つめると、コンラッド殿下が慌て出した。
「ま、ま、待ってくれ! な、何か変な誤解してないかな!?」
「誤解……」
「だって、クラリッサ王女が……手紙に書いていただろう!? 甘いお菓子が好きだ! と」
「え!」
わたくしが、きょとんとした目で殿下を見つめると殿下の頬が少し赤くなった。
「……王女はきっと可愛らしいものが好きなのだろうと思って……」
(!)
「もしかして、わたくしの為に調べてくださった、のですか?」
「……実際に王女自身が買いに行くことはなくてもどんなお店で作られているか知るのは別に悪いことじゃないだろう?」
「……」
そう言われて、窓の外に見える焼き菓子専門だというお店を見る。
大人気の繁盛店というわりには、こじんまりした店構え。
そんなお店の中では、すごい行列なのに定員さんがにこやかに接客している様子が見て取れた。
(これまで考えたことなかったわ)
───いいから! 今、王都で流行ってるのだから、さっさとわたくしの為に買ってきなさい!
───行列ですって? はぁ? まさかばか丁寧に並ぶつもりなの? そんなのわたくしの名前を出せば済むことでしょう!?
わたくしは何度、そんな言葉を使って使用人を街へと走らせた?
わたくしは何度、あんな嬉しそうな顔で楽しみに順番待ちしている客がいるところに、王女の名を使って押し退けて特別待遇させて来た?
「……っ」
───王女は身勝手で我儘だ。
そう言われるはずよ……
(──泣いてはダメ。わたくしには泣く資格なんかない!)
「……クラリッサ王女」
そうして必死に涙を堪えようとしていたわたくしに向かって声をかけたコンラッド殿下は、そっと手を伸ばすと、なぜかわたくしの頭を撫でた。
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