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第2話 手紙
しおりを挟む「あら、綺麗な字……わたくしとは大違い」
ドキドキしながら開封した手紙はとても丁寧かつ綺麗な字で書かれていた。
(なるほど……教育係が口を酸っぱくして長年わたくしに言い続けていたのはこういう事だったのね……)
たかが文字……そう言いたくなるけれど、これは確かに手紙を受け取った相手が受ける印象が全然違う。
この美しい字を見てコンラッド殿下に不快な思いを抱く人なんてきっといない。
「毎回、あれやこれやと口煩いからクビにして! 当時、お父様にそんなお願いをしてしまったけれど……わたくしは、そんな事すらも分かっていなかったのね。情けないわ」
今ならあのたくさんのお小言は、全てわたくしの為だったと分かるのに。
「……」
自分を責めるのも反省するのもそこまでにして、わたくしは内容に目を通す。
思った通りで一般的な挨拶の手紙……といえるような内容だった。
(この様子……やはり、わたくしが過去にやらかした事は知らない……?)
だけど……
「───一日でも早く君を妃として迎えたいと思っています。ですって? これは本気なの?」
よく知りもしないわたくしに対してよくそんな事を言えるものね……と逆に感心してしまった。
「それとも、プリヴィア王国には、一刻も早く我が国と縁を結ばないといけないような事情でもあるのかしら?」
それなら納得出来るけれど、名ばかり王女のわたくしにそんな複雑な事情が分かるはずがない。
ただ、相手がここまで乗り気となると余程のことがない限り、この縁談は確実に結ばれそうだということだけは理解した。
(結婚なんて一生出来ないと思っていたのに)
かつて強く憧れて、幸せを夢見て、そして粉々に砕けた好きな人との結婚という夢。
もう、結婚に対してあの頃のような純粋な憧れを抱くことが出来ないのが少し悲しい。
「さて……返事を書かなくてはね。確か便箋と封筒はここに……まだあった……はず」
わたくしは机の引き出しの中をゴソゴソ探る。
こんな時、専属の侍女がいてくれたら……とは思うけれど、わたくしの専属侍女になるのだけは絶対に嫌だ。それくらいなら王宮勤めを辞めます! と泣かれてしまうので仕方がない。
「あ! あったわ!」
ペンを用意して真っさらな便箋と向き合う。
(なんてお返事を書こうかしら?)
こうして誰かに手紙を書くのはかなり久しぶり。
緊張のせいか、手が震えていた。
わたくしは自分の字が下手なことは分かっている。
それでも彼の字を見習って少しでも丁寧に……
そう心がけてわたくしは、なんとかコンラッド殿下宛に返事の手紙を書いた。
❋❋❋
それからは、特にお父様に呼び出されることもなかったので、縁談の話が進んでいるのかどうなっているのかよく分からないまま一週間ほどが過ぎた。
「──クラリッサ殿下宛てのお手紙です」
「!」
その日、そう言って渡された手紙の封筒にはプリヴィア王国の印章がついていた。
(───もしかしてコンラッド殿下からのお返事!?)
あの時、返事として書いた内容はわたくしもほぼ挨拶のみ。
なので、まさかそこから更に返事の手紙を貰えるとは思っていなかった。
わたくしは震える手で手紙を受け取る。
なんだかとてもくすぐったい気持ち。
手紙を持って来た侍女は気味の悪そうな顔をしていたけれど、返事を貰えた、ということが嬉しかったのでそんな事は気にならない。
そうして、ドキドキしながらわたくしは手紙を開封した。
───クラリッサ王女、返事の手紙をありがとう。
いかがお過ごしでしょうか。
そんな書き出しで始まる殿下からの手紙は今日も惚れ惚れするくらい綺麗な字で書かれていた。
わたくしはそのまま読み進める。
「……まあ!」
コンラッド殿下は手紙の中で、わたくしの事を知りたいと書いていた。
好きなこと、嫌いなこと、食べ物の好み、好きな色、どんなに些細な事でもいいから知りたいので、教えてくれたら嬉しい、と。
「政略結婚の相手だというのに随分と律儀な方なのねぇ……」
思わずふふっと笑みが溢れる。
「……それなら、ぜひ、わたくしにもコンラッド殿下のこと教えてくださいな」
わたくしはそんな内容の返事を書いた。
───
「まあ! 苦いのと辛い食べ物が苦手? 意外とお子様のような味覚の方なのですわね」
それから───
お互いのことを知るために……と始まった手紙のやり取りは、もはや文通と呼べるほどの頻度になっていた。
直接、顔を合わせた事はなくても、昔からの知り合いと言ってもおかしくないほど互いのことを語り合っている。
(さすがにやらかした話は出来ないけれど……)
「こっそり残してはいつも怒られていますって……ふふ。昔のわたくしみたいね」
かつてのわたくしも苦い食べ物は苦手だった。
料理人は工夫を凝らしてこっそり料理に混ぜ込んでは、どうにかわたくしに食べさせようといつも奮闘していた。
「今は、まるで嫌がらせかのように隠しもせずそのまま出されるけれど、食事を貰えるだけ有難いので文句は言えないわね……」
(固くなったパンに味のしない冷めた具なしスープ……あれを思えば食べ物の苦さなんて大した問題ではなくってよ!)
そんな日々のやり取りのおかげでコンラッド殿下という方の人となりがだいぶ理解出来るようになった。
とりあえず、思ったのはタラシの才能がありそう……だった。
律儀なことに毎度毎度、最後には早く会ってみたいだの、声を聞いてみたいだのと女性が喜びそうな言葉が書かれている。
(こんな細やかな気配りまで……きっと自国でもモテるでしょうに……)
──殿下の姿絵が見たいです。
お父様に頼みごとなど出来ないので、何通目かの手紙でそうお願いしてみたら、殿下は次の手紙の返事にご自分の姿絵を同封してくれていた。
それを見る限りは、金髪碧眼ですっと通った鼻筋……意志の強そうな目元……明らかに女性に騒がれそうな整った容姿をしていた。
そんな王子が婚約するとなったらプリヴィア王国の令嬢たちの多くが泣き崩れるのではないかしら?
「もし正式な婚約の運びとなったら……わたくしの命、大丈夫かしら?」
少しだけ不安になってしまう。
────そんなことを考えていた翌日、私は再びお父様に呼び出された。
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