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番外編
あの頃の私達
しおりを挟む私とルカスの出会いは、王立学校入学後すぐの事だった。
✧✧✧✧✧✧✧✧
「入学試験を首位の成績で突破した奴はお前だな?」
「は?」
彼……ルカスはある日の放課後、突然私の元へやって来てそう話しかけて来た。
(誰だっけ……どこかで見た事ある顔だわ)
「何の事ですか?」
「入学式で挨拶していただろ? あれは首位の成績だった人間がするって決まってるんだ」
「え?」
それは私にとって初耳だった。
「そうなの? 私、首位だったの!?」
入学式の挨拶は式の直前になって学校から連絡が来たので、そのまま引き受ける事になったけど、まさかそういう仕組みだったなんて!! 知らなかったわ!
嬉しくて思わずはしゃいでしまう。
「知らずに挨拶してたのかよ……」
「知らなかったわ。教えてくれてありがとうございました。では!」
まさか、私が首位の成績だったなんて!
絶対に入学するんだ! って毎日必死に勉強してきた甲斐があったわ~
と、浮かれていた私はそのまま帰ろうとしたのだけど、
「いやいやいや、待て待て待て!!」
「?」
何故か呼び止められた。
「えーと、何か私にまだ用でもあるんですか?」
「いや、その用ってわけじゃないんだが……」
「?」
さっきまでの勢いはどうしたのか、彼は急に口ごもる。
「お、俺はルカス・スチュアートだ! そ、それで……」
「……! 私は、マリエールと申します………………ルカス様」
唐突な自己紹介を受けて私は、このいきなり突っかかって来た彼が、あの日のルカス・スチュアート公爵令息だと思い出した。
「様はやめてくれ! ここでの俺はただのルカスだ」
「そう……ですか」
「この学校では貴族も平民も関係ないからな。俺もお前をマリエールと呼ばせてもらう!」
「はぁ……」
後に分かったけれど、この時のルカスはとにかく私と友人になりたかったらしい。
幼少期から誰よりも優秀だと子供の頃からそう褒められ過ごして来た(実際そうだったんだろう)ルカスが初めて敗北を知った。
それも、よりにもよってシュテルン王立学校の入学試験で。
しかも、負かしたその相手は平民の女だった。
……そりゃ、興味も湧くだろう。
ルカスは、自分と同じ目線で切磋琢磨出来る友人を欲していたのだ。
まぁ、この学校に入学出来た者は揃いも揃って優秀なので、特別なのは私だけではないけれど、やはり入学試験を首位の成績でというのは特別だったんだと思う。
それからのルカスは、“ただのルカス”として本当に私に絡んでくるようになった。
「マリエール! さっきの小テストの結果はどうだった?」
「もちろん、満点だけど。ルカスは?」
「フッ! さすがだな! 俺もだ」
そう言いながら笑うルカスは、本当に楽しそうだった。
私も楽しかった。
そして私はそんなルカスの存在に救われていた。
──ちょうどその頃、私は目標を失いかけていたから。
『え? もう一度言って?』
『だから、マリエール。もし、お前がシュテルン王立学校で首席卒業した時に望み願う事の内容が“ルドゥーブル男爵家の再興”だと言うのならその考えを改めて欲しい』
突然、お父様とお母様から言われた内容に私は言葉を失った。
『マリエールは、昔から勉強が好きだったからシュテルン王立学校に入りたいと言われても反対しなかったし、むしろ嬉しかったけどね?』
『首位の成績で合格して、それからも、毎日がむしゃらに勉強し続けるマリエールを見ていたら……その、本気で首席卒業を狙ってるのかも、と思ったのよ』
『あの学校に入ったなら、誰だって首席卒業を狙うわ……』
私はそう言葉を返したけれど、両親は曖昧に微笑む。
『なら、マリエール。もし、首席卒業者になった時、卒業時に願う事は“ルドゥーブル男爵家の再興”ではないと断言出来るかい?』
『そ、それは……』
目を見て違うとは言えなかった。
だって、私の願い事は間違いなく、“ルドゥーブル男爵家の再興”だったから。
『マリエール。はっきり言うよ。私達はそんな事は望んでない』
お父様の言葉にお母様も横でしっかりと頷いた。
『どうして……?』
『あの年の悪天候のせいだとは言え、領民を苦しめ、救えなかったのは領主としての私の落ち度だったからだよ。その後の資金調達や資金繰りに失敗したのも私が領主として未熟だったからさ』
『お父様……』
『今、元・ルドゥーブル男爵領だったあの地は、他の者がしっかり治めてくれている。領民達も落ち着いて来た頃だろう。それを引っ掻き回したいとは思わない。かと言って他の領地を再び治めていきたいとは考えてないんだ』
──今、貰えてる仕事で生きていくのには充分だからね。まぁ、マリエールが令嬢に戻りたいと思ってるなら申し訳ないけど。
お父様は申し訳なさそうな顔でそう言った。
私は令嬢時代に未練があるわけじゃない。
むしろ、清々している。
再興を願おうとしていたのはお父様とお母様の為だった。
でも、二人は再興を望んでない。
なら、私は何を目標に勉強すればいい?
首席卒業出来た時は、マリエールの好きな事を望みなさい。
そう言われても他の願い事なんて何も思い浮かばないのに……
その時の私は一気に自分の足元が真っ暗になったような気持ちだった。
「うわ、負けた……!」
「ふふん!」
テストの結果を見ながら私達はいつもの攻防を繰り返していた。
「もう、何勝何敗か分からなくなってきたな」
「私もよ。途中で数えるのやめたもん」
「だよな! 俺はマリエールと毎回こうして競い合ってる時間が好きだよ。だから次は俺が勝つ! 覚悟しろよ!」
「…………の、望むところよ」
ルカスは、こうして私と競い合ってる時間が好き……?
私も……好きだ。こうして競い合ってる時間を楽しいと思う。
そっか。
何も首席卒業の為だけに勉強する事だけが全てじゃなかったんだ。
……ルカスとこうして競い合う……その時間の為にこれからは勉強を頑張ってもいいかな?
それで、もし……首席卒業という栄誉を手に入れる事が出来たなら。
───その時は……
私がルカスの望みを叶えてあげたい!
自分の新たな目標、そして望みが決まった瞬間だった。
私はルカスに恋心を抱く前から、もしもの時は彼の為に願い事を使いたい……そう考えていたのだ。
その後、ルカスのユーフェミア侯爵令嬢への気持ちを知って、“これがルカスの願い事なのね!”と、確信した私は、絶対に首席卒業してルカスに願い事を託すのだと強く心に決めた。
✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧
「ふふッ」
「どうした? マリエール。何か可笑しな事でもあったか?」
私が突然、笑い出したものだからルカスがビックリしている。
「ううん、ちょっと思い出し笑いを、ね」
「……何だそれ」
「ルカスと成績で張り合ってた時間を思い出してたの」
私がそう答えると「それって笑えるのか……?」とルカスは不思議そうだった。
「ルカス、ありがとう!」
「何だ? 急に。それにお礼を言うのは俺の方だ」
「なんで?」
私が首を傾げていると、不意にルカスの顔が近付いてきて、
チュッと軽く唇を奪われた。
「!?」
「マリエールが俺の願いを叶えるよう望んでくれたから、こういう事が出来るようになった」
そして、ギュッと抱き締められる。
おかしいな。
卒業した私達は明日からそれぞれの仕事に就く事になっている。
その準備をしていたはずなのに……
何でかな。空気が甘くなった。
「ちょっ……ルカス!?」
「明日からはお互い忙しくなるからな……今だけ」
「今だけって……」
「好きだよ、マリエール」
「~~!!」
そう言って、優しい温もりが再び唇に降って来る。
──そんな甘い時間に浸り過ぎて、
明日の準備が全然進められず、なんやかんや言い合いになったのはまた別の話。
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