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第6話
しおりを挟む勉強が手につかない。
こんな事は初めてだった。
「…………」
原因は分かってる。
あの日のパーティーで、ユーフェミア侯爵令嬢が現れたから。
───────……
驚き固まっていたルカスの事を気にするでもなくユーフェミア侯爵令嬢はルカスに駆け寄って行った。
そして、花のような笑顔でルカスに微笑みながら口を開いた。
「ルカス会いたかったわ! 私、ようやく気付いたの。やっぱり、あなたじゃなきゃ駄目なんだって!」
その言葉に会場内がより一層騒がしくなる。
「ユーフェミア侯爵令嬢!?」
「まさか……」
「あのルカス様と踊ってた令嬢はどうなるんだ?」
ユーフェミア侯爵令嬢の登場にしばし固まってたルカスは、ようやく現実に戻って来たのか、「はぁ……」と一つ大きなため息を吐いた。
「ユーフェミア。話はここではなく別の所でしよう。周りの視線が痛すぎる……マリエールも巻き込んで本当にすまない」
「……」
私は無言で首を横に振る。
ちょっと注目を浴びてはいるけれど、巻き込まれているという程のものでは無い。
そもそも私が誰なのか分かってない人の方が多いのだから。
「本当にごめんな」
「ううん、気にしないで」
精一杯の笑顔で私はそう言った。
こうして、ルカスはユーフェミア侯爵令嬢を連れて別室で話をする事になったようで私とはそのまま別れた。
連れ添って歩く二人が本当にお似合いで私の胸はチクチク痛みを訴え続けていた。
─────……
そして、あれから1週間が経つけれど、ルカスは学校を休んでる。
「このまま休み続けたら首席卒業は私のものだぞー……」
思わずそんな独り言をこぼす。
最後のテストはもうすぐなのだ。でも、そんな事を口走っている私も全然集中出来ていない。
「テストの結果なんて待たなくても……ルカスの望みは叶いそうなんだもんね」
ユーフェミア侯爵令嬢があの時口にした言葉はルカスとヨリを戻したい……という意味で間違いないだろう。
ルカスの具体的な願い事の内容はもちろん分からないけれど、ユーフェミア侯爵令嬢に関する事を願うはずだったと思ってる。
だから、彼女が帰って来たのできっとルカスの願いはわざわざ首席卒業して叶えて貰わなくても報われるはず。
今更、勝手な事を……と思わなくもないけれど、部外者の私がアレコレ言う事じゃない。
「ーー俺の望みが何だって?」
ビクッ!
突然、後ろから声を掛けられたので、ビックリして肩が思い切り跳ねた。
私はおそるおそる振り返る。
「……ル、ルカス?」
「久しぶり。やっと学校に来れたよ……最後のテストも間近なのに困るよな」
「そ、そうね……」
心の準備をしていなかったからか動揺がすごい。
心臓が飛び出しそうだ。
「悪かったな」
「何が?」
「あの日、不可抗力とは言えマリエールを置き去りにするみたいな形になっちゃっただろ?」
私の事、少しは気にしてくれてたんだ。
何だかそれだけでもう充分な気がした。
「気にしてないよ。それよりドレスはどうやって返せばいい?」
あの日のドレスはまだ私の手元にある。
もしかしたら、ユーフェミア侯爵令嬢の為のものだったのかも。
私が着ちゃって悪いことしたな……
「返さなくていい。マリエールが持っててくれ」
「は? 何言ってるの? そんな事出来るわけなー……」
「いいんだ!」
「……ルカス?」
そう口にするルカスの表情が真剣だったので私はそれ以上突っぱねる事が出来なかった。
****
勇気の無い私は、結局あれからルカスとユーフェミア侯爵令嬢がどうなったのか聞けていない。
友人として軽く聞いてみればいいのに。
だけど、はっきりヨリを戻すことになったと告げられるのが怖くて無理だった。
そんな、モヤモヤを抱えていたその日、私の前に“彼女”は現れた。
彼女ー……ユーフェミア侯爵令嬢は学校の校門前で待ち伏せしていた。
そして、私の姿を認めると近づいて来てこう言った。
「初めまして、マリエール……さん。えっと、ルドゥーブル元男爵令嬢で間違っていないかしら?」
「……」
何でユーフェミア侯爵令嬢がここに!?
私は混乱していた。
「あの! ルカスはまだ……」
「違うわ。今日はあなたに会いに来たのよ、マリエールさん」
ルカスはまだ校内にいる──
そう言いかけた私の言葉を遮ってユーフェミア侯爵令嬢は笑顔で言った。
「どうして私に?」
「あなたにお願いがあるの!」
「お願い……?」
「そう! あなたルカスと首席卒業を争っているのでしょう?」
──嫌な予感がする。
ユーフェミア侯爵令嬢のお願いって……まさか。
私の背中に冷たい汗が流れる。
「お願いよ! 彼に勝ちを譲ってちょうだい?」
「え……?」
思った通りだった。
「私とルカスが、元の関係に戻るには“首席卒業の褒美”の願い事が必要なの! だから彼には絶対に首席卒業して貰わなくちゃいけないのよ!」
「……っ!」
ずっと怖くて聞けなかった事をまさかこんな形で知る事になるなんて……
泣きそうな気持ちになった。
「その代わり! あなたの望みは私の家、オリエント侯爵家が叶えてみせるから、ね?」
「いや、それは無理……ですから」
「どうして? 私の家はそれなりに権力があるもの。大抵のお願い事なら叶えられるわよ。だから遠慮しないで?」
「遠慮……とかではなくて、ですね……」
もう嫌。このお嬢様、何を言ってるの……?
「私ね? ちょーっと平民の男が珍しかったから心奪われちゃったけど、結局私とは合わなかったの。で、あなたも知ってるかもしれないけど、色々と公の場でやらかした反省の為に、実はずっと領地に行かされてたのよ。でもね……そこで気付いたの。私にはやっぱりルカスしかいないんだって!」
何て身勝手な事を言うのだろう。
ルカスがずっとどんな想いであなたの事を……!! そう言ってやりたい。
「ようやく許されて王都に帰って来れたから、お父様にルカスと元の関係に戻りたいのって言ったら、何故か反対するんだもの。嫌になっちゃう! でも、首席卒業のルカスが私と元に戻りたいと望むなら皆が反対しても叶えられるでしょ?」
「それが……ルカスの望み……願い事なのでしょうか?」
私はおそるおそる尋ねる。
それがルカスの望み? あの再会から二人で話し合って出した結論なの?
「当たり前じゃない! ルカスは私と結婚して我が家に婿として入ってオリエント侯爵家を継いでくれるのよ! だから、ルカスにとって私は特別で必要な人間なのよ!」
「……」
そう言いながら、私を見るユーフェミア侯爵令嬢の目は、
まるで「あんたみたいな平民女とは違うのよ!」と言っているみたいだった。
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