5 / 14
第5話
しおりを挟む「えっと……本当にマリエールか?」
着替えが終わった私を見て、ルカスが目を丸くして驚いている。
「驚きました? 大変身ですよ~」
私の支度を整えてくれた侍女さんが「私、とってもいい仕事したわ」と言わんばかりの笑顔でぐいぐいと私をルカスの前に押し出す。
「…………」
ルカスは言葉を失っているようで、何も言ってくれない。
……別にいいけどね!
そんなルカスも私に上着を貸してダメにしてしまっていたからか、制服から正装に着替えていた。
……カッコイイ! 思わず見惚れそうになる。
「坊っちゃま! お嬢様に見惚れるのは構いませんがこういう時は気の利いた一言が必要ですよ!」
「……なっ!?」
侍女さんの指摘にルカスが苦い表情を浮かべた。
そんな事言われても困るよねぇ。
ん? それよりも、坊っちゃま? そう聞こえた気がしたけど……
「……坊っちゃま?」
「あぁ、申し訳ございません、私、名乗っておりませんでした! 私はスチュアート公爵家の侍女のメリッサと申します!」
「へ?」
ルカスの家の侍女さんだったの!?
私は心の底から驚いた。
てっきりパーティー主催者の用意した侍女さんだとばかり思ってた。
「……なら、ちょっと待って? このドレスは?」
「坊っちゃまが万が一の時の為に……と申しまして持参しておりました」
「は?」
「メリッサ!!」
ルカスが慌てたように大声でメリッサさんの言葉を遮った。
万が一って何だろ? いや、それよりもそうなるとコレ誰の為のドレスだったの?
私が着てしまって良かったの?
そんな疑問ばかりが頭の中にぐるぐると駆け巡る。
「あー……マリエール。その、似合ってる……」
「あ、ありがとう?」
ルカスがどこか気まずそうに、でも、ちょっと照れた様子を見せながらそう口にした。
「でも、ルカス。このドレス、本当は別の誰かの為のー……」
「いいんだ! マリエールが着ててくれて構わない」
「そ、そう?」
ルカスは被せ気味に私の言葉を遮った。
全く持っていいとは思えなかったけれど、ルカスがそう言うのだから仕方ない。私もこれ以上は追求しないでおこうと決めた。
「……せっかくだ、マリエール。このまま広間に戻って俺と1曲踊らないか?」
「え?」
私は驚き、目を丸くしてルカスを見つめる。
「踊れるだろ?」
「踊れる……けど……」
「なら、決まりだ。行くぞ!」
「え? え!?」
ルカスはそう言ってやや強引に私を連れ出す。
「……」
さっき、ロクサーヌ達に絡まれた時も思ったのだけど、もしかしてルカスはかつての私……ルドゥーブル男爵令嬢だった頃の私を知っているのだろうか?
学校に入学した時の私は、すでに平民になった後だったから、令嬢時代の事をルカスに話した覚えは一切無い。
令嬢だった頃も、没落寸前の弱小貴族だった私は社交界に顔を出したのは片手で数えられるくらいしかなく、ルカスと接点を持った記憶も無い。
あのルカスの婚約破棄騒動だって、私が一方的に見ていただけ。
なのに、どうして……?
「さぁ、お手をどうぞ、マリエール嬢」
広間に戻った私にルカスがそっと手を差し出す。
「……はい」
私は、おそるおそるその手に自分の手を重ねた。
ルカスと踊り始めると、会場中の視線を自分達が集めているのが分かった。
「スチュアート公爵家のルカス様が……!」
「相手は……誰だ?」
「見た事ないぞ!?」
「あの日以来踊る姿を初めて見た……」
どうやら、ルカスはあの日以来誰かと踊る事をしていなかったらしい。
(それだけ、ユーフェミア侯爵令嬢の事を……想ってるのね)
そう思うと胸が痛んだ。
きっと私と踊ってるのはほんの気まぐれ。友人だから。
それだけだ。
そう自分に言い聞かす。
さっき、ロクサーヌ達から庇ってくれた時に“大事な友人”って言って貰えた。
……それだけでもう、充分だ。
「何を考えてる?」
「え?」
「何か他の事を考えてないか?」
「……」
言えるはずが無い。だから、私は無理やり笑顔を作って言った。
「気のせいよ」
「そうか……? しかし、大したもんだな」
「何が?」
ルカスの言葉の意味が分からなくて首を傾げる。
「マリエールは久しぶりのダンスだろう? 難なく踊れてる」
「!」
その言葉にやっぱりルカスは知っているのだと確信する。
「……ルカスは、“私”を知ってたの?」
私の質問にルカスは驚いたのかちょっと目を大きく見開いた。
「知ってたよ。──ルドゥーブル男爵令嬢、マリエール」
告げられたその言葉にひゅっと私は息を呑んだ。
「そう……知ってたのね」
「あのな、マリエール。俺は……」
顔を俯けて目を伏せる私にルカスが何かを言いかける。
だけどちょうどその時、会場内が大きく騒めいた。
何事かと思って顔を上げると同時にルカスの動きが止まった。
「……ルカス?」
「……」
どうしたんだろう? そう思って固まってしまったルカスの視線を辿る。
「…………っ!?」
私は驚いて声も出せなかった。
その視線の先にいたのは──……
「ルカス! 会いたかったわ」
私と同じ、ストロベリーブロンドの髪色で可愛らしく微笑む女性。
「ユーフェミア……」
ルカスが小さな声で呟いた。
──そう。ルカスの元婚約者。
そして今でも、彼が忘れられないでいる、あのユーフェミア侯爵令嬢がそこにいた。
55
お気に入りに追加
3,446
あなたにおすすめの小説

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結

【完結】姉の婚約者を奪った私は悪女と呼ばれています
春野オカリナ
恋愛
エミリー・ブラウンは、姉の婚約者だった。アルフレッド・スタンレー伯爵子息と結婚した。
社交界では、彼女は「姉の婚約者を奪った悪女」と呼ばれていた。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる