【完結】私の好きな人には、忘れられない人がいる。

Rohdea

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第2話

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  私がまだルドゥーブル男爵令嬢だった頃、ルカスには婚約者がいた。

  それは、貴族の子女であれば当然の事で。
  上位貴族であるルカスにそんな存在がいないはずがない。
  私みたいな没落寸前だった下位貴族とは訳が違うのだ。



  だけど、今のルカスに婚約者は───いない。



  何故なら、ルカスの婚約者だった、
  ユーフェミア・オリエント侯爵令嬢は、婚約者だったルカスを裏切って使用人だった平民の男性と恋に落ちてしまったから。
  そして身勝手な彼女は事もあろうに公の場でルカスに婚約破棄を告げた……

  今でもあの光景を覚えている。

  あれは、私の男爵令嬢として最後に出席した夜会での出来事だった。



───────

───……




「ルカス!  ごめんなさい……私との婚約を破棄して!」
「……は?」

  突如夜会の会場内で始まった、ユーフェミア侯爵令嬢の婚約破棄の申し出にその場にいた誰もが言葉を失った。

  会場のど真ん中で向き合うルカス・スチュアート公爵子息と、ユーフェミア・オリエント侯爵令嬢。
  そんな侯爵令嬢の傍らには、見知らぬ男性が寄り添っていた。

「私、好きな人が出来てしまったの」
「…………ちょっと待って、ユーフェミア。君はいったい何を言ってる?」
「彼を愛してるの!  だから……本当にごめんなさい!」

  そう言って泣き崩れるユーフェミア侯爵令嬢。
  そんな彼女を慰める謎の男性。(多分浮気相手)
  突然の展開に頭がついていけていないのかその場で呆然とするルカス公爵子息。



  それはまるで物語の一幕のようだった。



  突然の事態に慌てた夜会の主催者が間に入り、その後三人は別室に連れられていった為、その後どんな話が彼らの間にあったのか私は知らない。

  知らないけれど、程なくしてルカス・スチュアート公爵子息とユーフェミア・オリエント侯爵令嬢の婚約は解消され、ユーフェミア侯爵令嬢は社交界から姿を消した。

  この醜聞とも言える話はしばらくの間、社交界を騒がせたけれど、公の場で婚約破棄された当のルカスが飄々としていたので皆の関心も段々と薄れていった。

  ただ私にはあの時、たまたま見えてしまった傷ついた表情のルカスの事が脳裏に焼き付いて離れないでいた。




  ──その後、シュテルン王立学校の入学式から数日後に、
「成績トップで試験を突破したのはお前か!!」
  と、私に絡んで来たのが、まさにそのルカス・スチュアート本人だったのですごく驚いたのも今となっては懐かしい話だ。





  そんなルカスは、あれから縁談や婚約の申し込みは数え切れないほど来ているのに、どれも突っぱねているらしい。

「今は必要ないんだ。勉強に集中したいから」

  そんな理由で断っているらしいけど、きっと違う。私には分かる。

  ──ルカスはまだ、ユーフェミア侯爵令嬢の事が忘れられずにいる。

  その事に気付いたのは、入学式後に突撃され、ルカスともだいぶ仲良くなり、
  テストの結果で1位と2位争いを始めた頃だった。


────────

────……


「……ねぇ、ルカス?  私の顔に何か付いてる?」
「え?」

  ルカスがさっきからじっと私の事を見つめてくるから、あまりにもいたたまれなくなってしまって聞かずにはいられなかった。

「さっきから、ずっと私を見てたから何かあったのかと思ったんだけど?」
「……い、いや、違う!  そうじゃ……ない!」

  ルカスは見るからに慌て出した。
  そして、どことなく気まずそうに顔を背けながら言った。

「マリエールの髪が……」
「私の髪?」
「日に透けてキラキラして綺麗だな、と……思って」
「!?」

  一見、歯の浮きそうなセリフに私の心臓は飛び出しそうになった。
  だけど、ハッとそこで気付いてしまった。

  ──私とユーフェミア侯爵令嬢の髪色は同じだわ!

  なんてことはない。
  ルカスは私の髪を見てユーフェミア侯爵令嬢を思い出しただけ。

  (そんなにも彼女の事が好きだったのね……ある意味そこまで想われるなんて羨ましい)

  皮肉にもこの時の事がきっかけで私はルカスを意識するようになってしまった。



  …………不毛な恋の始まりだった。




───

──────……




「それで、マリエールは今日も勉強してから帰るのか?」

  ぼんやりと過去に思いを巡らせていたから、ルカスのその言葉でハッと現実に戻された。

「当たり前でしょう!  最後のテストまで時間が無いんだから」
「そりゃ、確かに時間は無いが……」
「私は絶対に首席で卒業するの!  それで願いを叶えてもらうんだから!!」

  そう力強く宣言する私に、ルカスは困ったような笑いを浮かべながら尋ねてきた。

「なぁ、ずっと気になってたんだが、マリエールがそうまでして叶えたい願いってのは何なんだ?」
「……え?」

  まさか、そんな事を聞かれるとは思いもしなかった。

「いや、悪い。願いを簡単に口に出せるわけないよな。ただ……」
「ただ?」
「ただ、ちょっと気になったんだ。マリエールがそこまでして叶えたい願いは何だろうって」
「……」



  ────私の願い。
  もし、首席で卒業出来た時に私が願う事。それは……



  とっくに決まってる。からそれは変わってない。
  だけど、言えない。今は絶対に言えない。


  私は曖昧な笑顔で誤魔化すしかなかった。

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