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34. ポンコツカップルのドキドキの夜が明けたら (ユリウス視点)

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「───私の可愛い天使は小悪魔でもあった……だが、可愛い!」
「はい?」

  ノルリティ侯爵がようやく許可を出したので、アンジェリカ嬢が王宮に住まいを移した日の翌朝。
  明らかに寝不足にしか見えない様子の殿下が執務室にやってくるなりそう口にした。

  (どっかで聞いたセリフ……いや似たような事を口にした覚えがあるぞ?)

  俺は思う。
  殿下のこの寝不足は……違う。
  愛する天使の女性と夜通しイチャイチャラブラブして過ごした幸せな寝不足には見えない。
  俺自身に痛い経験がありすぎて感じ取れてしまった。

  前回のアンジェリカ嬢との夜は、他人事とは思えない失敗をしたという殿下。
  昨夜、俺が帰る前に、
「ユリウス!  今夜は大丈夫だ!  お前から話も沢山聞いたからな。これで、ありとあらゆる事に対する想定もバッチリだ」
  なんて、自信満々だったのだが。

「ユリウス……」
「な、何でしょうか」
「…………確かお前も前に言っていたな?  天使が小悪魔のように可愛く誘惑してくると」
「ええ」

  俺は頷きながら思う。
  それを殿下の前で口にしたのは随分前になるが、それは現在も続いている。
  だって、俺の愛しの妻、ルチアはあんなにも可愛い天使なのに毎晩毎晩、無邪気に誘惑してくるんだ。
  それも……
『だって私、旦那様に飽きられたくないんです』
  なんて超絶可愛い顔で言うんだ!

  と、愛しの妻に思いを馳せていたら殿下が深刻な顔をして言う。
 
「もっと、お前から“小悪魔”についての話を聞いておくべきだった」
「え……」

  この感じ……おそらく昨夜、アンジェリカ嬢は無邪気に殿下を振り回したな?
  彼女ならやりかねない。心からそう思う。
  
「どうやら、アンジェリカ……侯爵の命令でここに来る前に閨教育が始まっていたそうなのだ」
「へぇ、閨教育……は!  つまり……?」
「ああ。夫婦ではない私とは一緒に寝ることはあっても、手を繋いで寝るまで!  と学んだそうだ」
「手……を」

  懐かしいな。
  俺の可愛い天使も、手を繋いで寝たいと言ってたぞ。

「キスは許容範囲らしいが、その先は全く頭に無さそうだった…………!」
「……」

  こ、これは侯爵にしてやられたのでは……殿下?
  住まいを移すことは認めるが、万が一にも先に子供が出来るのは許さんぞという……
  殿下を止められないと察した侯爵は、娘に知識を先に刷り込ませ……

「アンジェリカは、私が希望するなら、今後はフリフリもスケスケも喜んで着てくれるそうだが……」
「煽るだけ煽られて触れられない……という事ですか?」
「可愛い可愛いアンジェリカのその姿は見たい!  毎晩でも見たい!  だが……ぐあぁぁ」
「……」

  苦悩する殿下。これは危険。
  殿下はこのまま間違いなく“結婚を早めろ”とか無茶な事を言い出すに違いない。
  ……とりあえず、落ち着いてもらおう。
  俺は椅子から立ち上がり、コーヒーの準備を始める。
  最初は使用人に用意してもらっていたコーヒーだけど、あまりにも俺達の飲む頻度が高いので最近は俺が用意するようになった。

  (殿下が恋心を自覚してからが甘い……会話をしていると口の中がとにかく甘くなるんだ……)

「殿下、コーヒーを淹れますので、いったん落ち着きましょう!」
「……」

  殿下はこれが落ち着いてなどいられるかーー!
  という顔をしたけれど、コーヒーを淹れる事には反対の声をあげなかった。

  (すっかりコーヒー党になったな)

  そういえば、何で殿下は紅茶からコーヒー派になったんだっけ……?
  そんな事を思いながら俺は熱々のブラックコーヒーを用意した。




  その後もコーヒー片手に散々、殿下の惚気話を聞かされた。
  負けてたまるかと俺も愛しのルチアの話を返して、気付けばまた惚気合戦となっていた。
  だが、さすがに仕事をせねば……とどうにか惚気合戦を終え、仕事にとりかかる。

  仕事の量は多いし、殿下は寝不足もあってか疲れた顔をしている。
  少し休憩を……と思った時だった。

「───お邪魔します」

  扉のノックと共にそんな声が聞こえた。
  ……この声は。

「アンジェリカだ!」
「あ!  殿下……」

  愛しい人の声なのだから、聞き間違いなど起きないのだろう。
  殿下は俺が止める前にガタッと大きな音をたてて立ち上がると、勢いよく扉へと駆け寄りドアを開けた。

「え……ブライアン様?  お疲れ様です。ユリウス様も」

  さすがのアンジェリカ嬢もまさか王太子殿下自らがドアを開けるとは思っていなかったのか、一瞬ギョッとしていた。
  そんな殿下は激甘の蕩けそうな微笑みを浮かべてアンジェリカ嬢を部屋に招き入れる。
  一瞬で元気いっぱいになったぞ?

「はは、アンジェリカの顔を見たら、疲れなどすぐに吹き飛んだ」
「まあ!」

  アンジェリカ嬢は「それは良かったです」と、呑気に笑っているが、さっきまでの寝不足も相成った殿下の死にそうな顔を見せてあげたいところだ。

  (俺もルチアに会いたい……癒されたい……)

  帰ったら、今日は膝枕をしてもらおうと心に決めて俺は、無になる準備を始める。
  殿下とアンジェリカ嬢は何故かすぐに俺の存在を忘れてイチャイチャを始めるからな。
  コーヒーを用意して俺は隅っこに移動した。

「アンジェリカ、今日はどうしたんだ?」
「朝、少しブライアン様の顔色が悪かった気がしましたので、休憩中に食べられるお菓子を差し入れに参りましたの」
「お菓子を?」
「疲れた時は甘い物……と言うでしょう?」

  アンジェリカ嬢は殿下に向かってにっこり微笑んでそう言った。

「厨房の方に相談に行ったら、ちょうどブライアン様の休憩用のお菓子を準備していたところで、それならばと私が運んで来ました!」

  王宮内でも殿下が婚約者にメロメロだと広く知れ渡ったからな。喜んで託した事だろう。

「ありがとう、アンジェリカ」
「いえ、私は運んで来ただけですから」
「アンジェリカ」
「ブライアン様……」

  そう言って見つめ合う二人。
  ところで、分かってるのだろうか?  そこ、部屋の入口なのだが……
  だが、そんな事を感じさせないくらい空気が完全に二人の世界だ。
  そして、甘い。甘すぎる!
  だから、コーヒーがないとやってられないんだ!

「ん?  甘い物か……待てよ?  だが、それなら」
「どうしました?」
「お菓子よりも“こっち”の方が甘いのではないだろうか?」
「え?  こっち……?」
「ああ……こっち」

   ───そう言って殿下はアンジェリカ嬢の顎に手をかけて上を向かせると、そのままキスをしていた。

  (くっ!  俺もルチアと……)

  今朝も行ってらっしゃいませ、と可愛くキスをして送り出してくれた(日課)けど、足りない!
  ルチア成分が圧倒的に足りない!

  
───……


「お帰りなさいませ、旦那様!」
「ただいま、ルチア!」

  可愛い天使が今日も俺を出迎えてくれた。(日課)

  アンジェリカ嬢が王宮に住まいを移してくれた事への一番の感謝は、残業が圧倒的に減ったことだ。
  もともとルチアと結婚してから早めに帰るようにはなっていたが、もっと早く帰れている。

  (理由は一つ!  殿下も天使と過ごしたいからだ!)

「ルチア……」
「旦那様?」

  俺は今日も可愛く微笑む愛しい天使の妻をそっと抱きしめる。

「ルチアに癒されたい」
「!」
「愛してるよ、ルチア」
「だ、旦那様!?」

  ルチアが可愛らしく頬を赤く染めたので、俺はにっこり笑って彼女を抱き上げる。
  さあ、今夜はこのまま部屋に直行だ!

 
  ───こうして俺が愛しい妻に癒されている頃、未来の王太子夫妻は本日もガウンを脱ぐか脱がないか論争を繰り広げていたとかいないとか……
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