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32. 王宮に住まいを移しまして

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「ブライアン様!」
「アンジェリカ!」

  私はお迎えに出て来てくれていたブライアン様の姿を見つけるなり、駆け寄って抱きついた。
  ブライアン様はそんな私を優しく受け止めてくれた。
  王宮へのおおよその到着時間は伝えてあったからわざわざ待ってくれていたみたい。
  忙しいはずなのにその気持ちが堪らなく嬉しい。

「……ふつつか者ですが、今日からよろしくお願いしますわ」

  私は笑顔でそう伝えた。

  
  お父様が王宮に住まいを移す事の許可をくれたのは三日程前。
  あれだけ何度懇願してもうんともすんとも言わなかったお父様の突然の豹変ぶりには驚かされた。
  
『殿下とアンジェリカを信じようと思う』

  まだ、どこか渋い顔をしながらもそう言って送り出してくれた。
  あとは、頼むから殿下を煽りすぎるな、と前にパーティーの日に王宮に泊まった時と同じ事も言われたけれど。
  何でもいい!  今日からもっとブライアン様の近くにいられる!  それだけでたまらなく幸せ!

「……アンジェリカ」
「え!?  ま、また!?」

  ブライアン様はまたしてもひょいっと私を抱き上げて横抱きにする。
  突然のその行動に戸惑う私に向かってブライアン様は言った。

「アンジェリカは私のお姫様だからな」
「ブライアン様……」

  今にも互いの唇が触れそうな距離で見つめ合う私達のうしろを、荷物を持った我が家の使用人が慌てて追いかけて来る。
  その声が「甘い……甘すぎる……コーヒー!」と言っていたので、最近の世の中はコーヒーが流行っているのかもなんてぼんやり思った。


────


「ここが、王太子妃……アンジェリカの部屋だよ」
「まあ!」

  お姫様抱っこで運ばれた部屋は、それなりに広いと思っていた我が家の部屋とは比べ物にならないくらい広かった。
  先日、泊まった王宮の客室とも比べ物にならない。

「このドアで私の部屋と行き来出来るようになっている」
「あ……」

  そう言われて私の頬がポポッと赤く染まる。
  つ、つ、つまり、人の目気にせず夜にブライアン様の元に忍んで行けるという事!
  想像しただけで顔が熱い。

「……アンジェリカが今すぐ食べちゃいたいくらい可愛い顔をしている……」
「え?」

  そう呟いたブライアン様は、そっと私をベッドに降ろすと、そのままブライアン様もベッドに乗り上げた。
  熱のこもった目で見つめられ、ブライアン様の手がそっと私の頬に触れる。

「可愛い可愛い私のアンジェリカ……愛してるよ」
「ブラ……」

  そう言ってブライアン様は私の唇をそっと自分の唇で塞ぐ。
  ───甘い。
  ブライアン様とするキスはとにかく甘い。

「アンジェリカの唇は甘いな」
「え?」

  キスの合間に囁かれたそんな言葉に思わず驚きの声が出た。

「なんで驚く?」
「ん……だ、だって……」

  同じ気持ちで嬉しいと答えたいのに、すぐブライアン様が私の唇を塞いでしまう。
  耐えきれなくなった私は、唇を離して小さく叫んだ。

「も、もう!  ブライアン様!」
「す、すまない……アンジェリカが可愛すぎて」
「んもう!  可愛いと言えば何でも許されると思っていませんか!?」
「そ、そんな事は……」

  私の剣幕に慌てて離れるブライアン様。そしてそのまま落ち込んだ。
  そんなちょっとシュンッとした姿も…………好き!

「…………アンジェリカ」
「はい」

  ブライアン様がそっと私の髪を手に取ってそこにキスを落とす。

「今夜は……その……この間……この間の」
「……!」

  ブライアン様が照れくさそうな顔で何かを言い淀む。
  私はピンと来た!
  ブライアン様ったら今夜も……
  と。
  だから、私は満面の笑みで頷いた。

「今夜、お待ちしていますわ!」

  ブライアン様は頬をほんのり赤く染めて頷いた。


────


  そして夜───
  
  今夜も私はピカピカに身体を磨かれる。

「アンジェリカ様?  こ、今夜は……その」
「今夜?  あ、ええ、そうなの。殿下と過ごす事になっているわ」
「あ……やっぱり」
  
  やっぱり?
  私が不思議な顔をしたからか、侍女の一人が慌てて言った。

「先程、たまたま、廊下ですれ違った殿下がどうにもこうにも締まらない顔をしておりまして」
「締まらない顔?」

  ブライアン様は可愛い時はあるけれど、いつだってかっこいいわよ?

「ですので、きっとアンジェリカ様絡みだと思ったのです」
「殿下はアンジェリカ様が絡むと分かりやすいですからね」
「そう、かしら?」
「愛されてますね、アンジェリカ様」

  細かいことはよく分からなかったけど、その言葉が嬉しくて微笑んだら、
「その顔はぜひ、殿下に!」
  と、言われてしまった。

  そうして、本日もスベスベの肌に仕上げて貰った私。

「アンジェリカ様、夜着はどうされますか?」
「各種、取り揃えてありますよ」
「各種?」

  そう言われて並べられた夜着。
  そんなに色々と種類があるものなのね、と感心する。

「先日はこちらにあります、フリフリしながらもスケスケしている、巷での一番人気の物にさせてもらいました」
「あれは一番人気だったの?」
「はい。新婚向けで可愛さの中にあるちょっとしたいやらしさが唆るそうですよ」
「へぇ……」 

  奥が深いのね、と思った。
 
「ちなみに、こちらはトゥマサール公爵家の御用達……なんて話もあります」
「え?  このフリフリスケスケが?」
「はい」

  トゥマサール公爵家……つまり、ユリウス様……
  ……ルチア様が着たら物凄く可愛いだろうなぁ、それこそ鼻血もの……なんて思った。

  でも、そんなことを聞いてしまうと、私は敢えて別の夜着を選びたくなるわね。
  そうなると、残りはフリフリに特化した可愛らしさ重視か、スケスケに特化されてセクシーに走ったお色気重視か……

「……」

  うーん……でも、今夜は……ねぇ。
  だから、私は悩んだ。
  
「あら?  これ……」

  悩んでいる私の目に飛び込んで来た夜着。

「ああ、アンジェリカ様。そちらは念の為にと取り揃えておいた……」
「……これ」
「え?」
「決めたわ!  今夜はこれにするわ」

  私は目に付いたその夜着を指さす。
  侍女達は驚きの声を上げた。

「え?」
「こ、こちらを?  本当によろしいのですか?」
「ええ!  今夜の私達にとってもピッタリだと思うの!」

  そうして、私は選んだ夜着をまとい上からガウンを羽織って愛しのブライアン様の訪れを待った。
  
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