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閑話 ブラックコーヒーをお供に
しおりを挟む「────私の天使が可愛い」
「いえ、俺の天使も可愛いです」
「……天使を超えた女神のような可愛さだ!」
「いえ、それは俺の天使……ルチアもです!」
「……」
「……」
私とユリウスは無言で睨み合う。
あの騒ぎとなったパーティーから数日後。
公務の合間の休憩時間。
私とユリウスは執務室で互いの最愛の人──お互いの天使について語り合っていた。
いや、語り合うなんてかっこいいものでは無い。
────これは、ただの惚気合戦だ!
そんな私達の前にあるのはホカホカの湯気が出ているコーヒー。当然ブラックだ!
これも定番になりつつある。
(最近はユリウスもブラックコーヒーなんだよな……)
少し前は「何でブラックコーヒーが飲めるんですか? 俺には甘さが必要なので無理です」と口にしていたユリウスなのに……最近の消費量がすごい。
(いったいユリウスに何が……?)
あの日、アンジェリカのあまりの女神っぷりに、盛大に鼻血を出して朝までイチャイチャ出来なかった事はユリウスにも知られてしまっていた。
鼻血の処理をした侍女達から漏れたらしい。なんて事だ……!
しかし、ユリウスの事だからてっきり笑ってくると身構えていたのだが、何故か痛ましそうな同情の目で見られた。
と、いうよりもむしろ、自分の事のように胸を痛めていた。あんなユリウスは初めてだ。
だが、もうすっかりユリウスもいつもの調子に戻っている。
「───具体的にアンジェリカ嬢の可愛い所を挙げるとするならどういう所ですか?」
「全てだ!」
私が即答すると、ユリウスがしかめっ面になる。
なんて顔をするのだ! 本当の事を言っただけなのに!
「───そうだな。まず、アンジェリカの私を見る目が、常に私の事を昔から大好きだと言ってくれている。昔からだぞ! 昔から! あの顔が可愛くて仕方がないな……」
「…………えぇと? ですが殿下は何か盛大な勘違いをしていませんでしたっけ?」
「……!」
嫌な所を突いてくる側近だな……
そんな事を思いながら私はユリウスを睨む。
「俺はまさか、アンジェリカ嬢がずっとあなたに恋をしていたなんて欠片も気付きませんでしたよ」
「……ああ、本当にな。私もだ」
恥ずかしくて私の顔が見れなかった?
そんなの可愛すぎるだろう!
「殿下、鼻の下が伸びてますよ」
「……私のアンジェリカが可愛いのだから仕方がない」
「…………そうですか」
ユリウスがゴクリとコーヒーを飲む。
「それに、ユリウス。お前も聞いただろう? アンジェリカはずっとずっとこっそり私の名前を呼ぶ練習をしていたそうだぞ! そんな所も可愛いだろう?」
アンジェリカにブライアンと呼ばれる幸せを私は噛み締めていた。
愛する人だけが私の名前を呼んでくれるなんて本当に幸せしかない!
「甘いですね……殿下、俺は愛しのルチアに“旦那様”と呼ばれていますよ」
「……はっ!」
ユリウスがニヤリとした笑みを浮かべながら言った。
「だ、旦那様……」
「そうです! 結婚しているからこそ呼んでもらえる特別な呼び方です」
「……くっ!」
「天使のようなルチアが、あの可愛らしい微笑みで“旦那様”と呼ぶのは俺だけなのですよ!」
「……くっ!」
私とアンジェリカは残念ながらまだ、婚約者という関係だ。
“夫婦”となるのはまだまだ先……
(私も……アンジェリカに“旦那様”呼ばれてみたい……“あなた”でもいいな)
そんな可愛いアンジェリカを想像したら胸の高鳴りが止まらない。
「……ユリウス。私とアンジェリカとの結婚を早めることは……」
「無理ですね。無茶を言わないで下さい」
「……」
ユリウスは即答した。
ユリウスの奴め! 自分は出会ってそんなに経たずに結婚したくせに!
こういう時は“王子”という身分が少しだけ憎くなる。
私はグビッと残りのコーヒーを一気に飲む。
「……だが、アンジェリカの住まいは王宮に移すぞ!」
私がそう断言するとユリウスが渋い顔になる。
「……そうは仰いますが……ノルリティ侯爵は首を縦に振ったのですか?」
「…………交渉中だ」
「殿下……」
ユリウスが痛い所を突き、更に哀れみの目を向けてくる。そんな目で見るな!
侯爵は「殿下の事は紳士だと信じております」とチクっと釘をさしてくるのだ……
だが、アンジェリカも一緒に説得してくれているから、近日中には折れてくれると信じている。
そうすれば私は毎晩アンジェリカの元を訪ね……
「一日も早くフリフリとスケスケに慣れねばならん……」
「……! で、殿下? 今なんて……」
私の独り言を拾ったユリウスがどこか焦ったようなおかしな顔をしている。
「…………独り言だ」
アンジェリカのあのスベスベの肌と破壊級の可愛さはとてもとても言葉に出来ぬからな。
「そ、そうですか…………フリフリとスケスケって聞こえた気がする……」
「ん? ユリウス。コーヒーが空だぞ」
「……殿下こそ」
「「……」」
そう言って私達は互いにコーヒー(もちろん、ブラック)をおかわりした。
「アンジェリカに会いたい……」
「早く家に帰りたい……」
────こうして、私とユリウスはコーヒーの香りの充満する部屋で、最愛の女性について惚気あいながら今日も仕事に励んでいる。
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