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7. 嵐の予感
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「まさか、こんなにすぐお茶会を開いてもらえるとは思いませんでしたわ」
「そ、そうか……まぁ、早いうちにと思ってな」
「ありがとうございます」
なんと、てっきり社交辞令かと思われたお茶会の約束は、思っていたよりもすぐに開催された。
ユリウスも含めての三人だがお茶会をしよう、と殿下からお誘いがあって本日、こうしてまた王宮にやって来た。
「アンジェリカの好きそうな紅茶もお菓子もたくさん仕入れておいたぞ」
「まあ! お菓子まで? ありがとうございます! でも、殿下はやっぱり今日もコーヒー……しかもブラックなのですね?」
「まぁ……な。最近はこれでないとダメなんだ」
「胃に悪そうなんですけどね、どうしたのやら」
ユリウス様のその言葉に殿下は、ははは……と苦笑いをしていた。
───お茶会といえば。
子供の頃は殿下と向かい合って座って話をするのがとにかく照れ臭くて、常に挙動不審だった覚えがあるわ。
さすがに今はそこまで酷い事にはならないけれど、でも、やっぱり緊張はする。
そんなお茶会は、終始和やかムードでお互いの近況を報告しながら進み、何故か私の留学の話になった時、少しだけピリッとした緊張感がその場に漂った気がした。
「……ディティール国はどうだった?」
「学ぶ事は多かったですわ。ほら、あちらの国は海がありますでしょう?」
殿下はディティール国に興味があるのか私に色々と訪ねてくる。
「ああ、海か。確かにこの国に海は無いから産業面でも……」
「ええ。ですから、こちらには無い珍しいご飯がありましたのよ! どれも美味しかったですわ。特に海で獲れた魚をふんだんに使用した海鮮…………あ!」
私の食い意地のはった発言のせいで、殿下とユリウス様が必死に笑いを堪えている。
そこまでの姿を見せるなら、もういっその事思いっきり笑ってくれればいいのに!
「ふっ……じ、実に……アンジェリカ……らしい、話だな」
「で、ですね……」
私らしい?
殿下もユリウス様も普段いったい私をどんな目で見ているのよ!
と、怒りたくなる。
私は、ジロリと殿下の事を睨んだけれど、何故か嬉しそうな笑顔を返してくる殿下。
おかげで調子が狂って仕方がなかった。
「ところで、アンジェリカ嬢は留学中にディティール国の王族について耳にする事はあった?」
「え?」
ユリウス様がそう訪ねてくる。
「向こうの国の王子や王女は俺たちと歳が近いと聞いたけど?」
「ああ……そうですね。末の王女様とは短い間だけでしたが、同じ学校に通いましたよ」
「アンジェリカ嬢はその王女様と学校で接点はあったの?」
「いいえ?」
私が首を振ってそう答えると、二人が顔を見合わせる。
これは何かあるわね……外交関係かしら? と、私は内心で思った。
ディティール国の末王女、ジュリア様は何というか……色んな意味で学園ではとても目立つ存在だった。
男女問わず、多くの取り巻きを引き連れて歩くあの姿は、いかにも“王族”といった様子だったし、彼女はいつだってその特権を全てフル活用しているかのような振る舞いだった。
こちらの殿下が、昔から慎ましい生活を望んでいるせいかギャップが凄かったわね。
「なかなか目立つタイプと聞いたけど?」
「そうですわね。色んな意味でとても目立っていましたわ」
ユリウス様のその言葉に私も頷く。
私の脳内には、いつだって「オーホッホッホ!」と高笑いしていた王女様の姿が浮かぶ。
「そうか……」
「……」
何故か、殿下とユリウス様の様子が萎んでいく。
「ディティール国と何かあるのですか?」
「いや……今はまだ何も……だが……」
殿下が小さなため息と共にそう答える。
「?」
今は……まだ?
その表現が頭の中に引っかかったけれど、この時は深く考えなかった。
その後のお茶会は何故か、ユリウス様のルチア様の惚気を聞く会へと変化してしまい、私は新婚夫の妻への愛の深さを知る事となる。
終始、ベタ甘な話を聞かされ胸焼けがした私は、そこで、ようやく殿下がコーヒーを飲むようになった理由を悟った。
───
「すまなかったな」
「何がですか?」
「せっかくの茶会が、気付いたらほぼユリウスの惚気で終わってしまっていた」
私は、帰りの馬車が迎えに来る事になっている馬車寄せまで殿下と並んで歩いていた。
「もしかして、ユリウス様は結婚してからずっとあのような感じなのですか?」
「ああ。暇さえあればすぐ惚気を語ろうとする。本当にすまない。茶会はユリウス抜きですべきだったかもしれない」
「え!? な……何故です?」
それって、私と二人でお茶会がしたかったって事────……?
そう期待してしまい、私の胸がトクンッときめいたけれども、
「あんな話を延々と聞かされていたら、アンジェリカまでコーヒーに目覚めてしまうかもしれないだろう?」
「え? そっち……ですか?」
「飲みすぎは良くないからな」
「…………殿下がそれを言います?」
かなり飲んでいたように見えたけれど?
でも、確かにユリウス様のあの話を聞いていると、コーヒーの方が美味しく感じるのではないかと思った。
「ああ。だが、それにやっぱりアンジェリカが……」
「私?」
「……」
「……っ!」
何故か、殿下がじっと私の目を見つめて来た。
ばっちりと目が合ってしまったのですごく胸がドキドキする。
そうして、暫く私達は見つめ合ったのだけど───
「……な、何でもない!」
「は、はい? 何でもない……ですか?」
「ほ、ほら、い、行くぞ! もうアンジェリカの迎えが到着して待たせている……かもしれん!」
「──え? あ、で、殿下!」
そう言って殿下に手を取られる。
繋がった手の温もりから、私の気持ちが全部筒抜けになってしまいそうで、とても恥ずかしかった。
❋❋❋❋
───その数日後。
その日の夕食の後、お父様が私の部屋を訪ねて来た。
珍しい事もあるのね、と出迎えると何故かここでもまたディテール国の話。
「アンジェリカ。アンジェリカはディティール国の末王女ジュリア殿下と面識はあったのか?」
「はい?」
「留学していた時、交流などはあったのか? と聞いている」
それもまた、ディティール国の王女様の話?
いったい何があったのかしら?
「いいえ、王女殿下の事は遠くから見ているだけでしたわ。私のような留学生がとてもとても話しかけられる雰囲気ではなくってよ」
「……そうか」
「ディティール国や、王女様に……何かあるんですの?」
私が聞き返すとお父様は神妙な顔をして言った。
「──実はな。来週、その王女様が我が国を訪ねてくるらしいのだ」
「え? なぜ……」
理由は分からない。
だけど、何故か嫌な予感しかしなかった。
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