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4. 惚気ける幼なじみ
しおりを挟む──“天使”で思い出したわ!
私、まだユリウス様におめでとうと言ってないじゃない!
私のこの胸のモヤモヤとユリウス様のおめでたい話は、別に考えるべき事のはず。
「ユリウス様、結婚おめでとうございます」
「え?」
「私が、留学している間に結婚されたと聞きましたわ」
「……あ、そうか! ありがとう」
ユリウス様は照れたように笑った。
彼がこんな風に笑うなんて初めて見た気がする。珍しいものを見たわ……と驚いた。
「奥様もパーティーで見かけましたわ。その、とても……か」
「───そうなんだ! ルチアはすっっっっごく可愛いんだ! いや、もう可愛いなんてもんじゃない。その次元はすでに超えていると俺は思っている!」
「!?」
───えぇえっ!?
私はびっくりして言葉を返せなかった。
「はぁ……早く仕事を終わらせてルチアの元に帰りたい」
「……っ!?」
まだ、私が最後まで言い切っていないのに、食い気味で惚気を開始するわ、早く仕事を終わらせて帰りたい!?
だ、誰なの!?
これは、本当に私の知っているユリウス様なの?
仕事ばかりで休めと言っても休まない、近寄ってくる女性には常に塩対応! が当然だったあのユリウス様なの?
え? これはわざと? わざと妻を愛してますアピールをしているの?
彼の事だから何か企んでいてもおかしくは無いけれど───
「───ん?」
私が驚いて声を失っている様子なので、ユリウス様は不思議そうに首を傾げた。
「アンジェリカ嬢? 俺は何かおかしいか?」
「い、え……まさか、ユリウス様がそこまで……とは思わず、驚いてしまいました……の」
「……? そこまで、とは?」
「……」
ちょっと!? そこで首を傾げるのーー?
「だって! 聞いてくれ……ルチアの可愛さは見た目だけではないんだ! 性格だって素直で真っ直ぐで……でも時々、小悪魔で……俺は毎日誘惑されながらも癒されている!」
「……」
あ……これはわざとじゃないわ!
これ、本気で……本気で惚気けているだけだわ……
そして、どこから突っ込んだらいいのかが分からないし、口の中がジャリジャリする!
私がユリウス様の怒涛の惚気攻撃に困惑していたら、またまた聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「ユリウス! お前と言う奴は……またか! またやってるのか!?」
こ、この声は……!
誰の声かを悟った私の心臓がドキンッと大きく跳ねた。
「──殿下? また、とは何の事でしょう?」
ああ! やっぱり殿下だわ!
私が密かに盗み見る事を目的としていた殿下まで現れたちゃったわ!
「お前はまたそれか! 決まってるだろう!? 油断するとすぐ誰の前でも天……奥方の事を惚気ける、その癖だ!」
「癖……? ですが、ルチアはやはり天使のように可愛いので……つい皆にも聞いてもらいたくて」
「…………私はもう慣れたが他の者は慣れていないから程々にしろとあれほど…………って? (犠牲者は)まさか、アンジェリカだったのか?」
「!」
殿下はすぐに私の事に気付いてくれたので、私は逸る気持ちを抑えながらそっと腰を落として挨拶をする。
「王太子殿下、パーティー以来ですわね。ごきげんよう」
「あ、ああ……ユリウスが惚気けていた相手はアンジェリカ……」
「……?」
何かしらこの反応。
まるで、ユリウス様の惚気けている相手が私では良くなかった……そんな風に聞こえる。
何で?
「……っと、すまない。アンジェリカ……王宮に来ていたのだな」
「え、ええ、そうなのです! 先日はパーティーだったのでゆっくり出来ませんでしたし、せっかくなので久しぶりに散策したくてお父様に無理を言ってついて来ましたの」
「そ、そうか…………それなのに……ユリウスの惚気を聞かされたのか? ……それは不憫過ぎるだろう!?」
「……えっと? 今なんて?」
そうか……の後の声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「い、いや……ユリウスの惚気を聞かされるのは辛かっただろう、と思っただけだ……」
「えっ!? で……」
殿下はそう言いながら私の頭をヨシヨシと撫でた。
彼の中では無意識な行動なのかもしれないけれど、私にとっては心臓が飛び出しそうなくらいの出来事だった為、私は一瞬で顔が真っ赤になってしまった。
なんならほんのり目には涙まで浮かんでいるかもしれない……
「……はっ! す、すまない!」
殿下が慌てて私の頭から手を離す。
「い、いえ……」
「……」
「……」
次の言葉がうまく見つからず、何故だか無言で見つめ合う私と殿下。
な、何なのこの空気は!
「……~~っ! ユリウス、へ、部屋に戻って仕事するぞ!」
「え? あ、殿下?」
「……アンジェリカも……その、よければついてくるといい。その手に持っているのは……ユリウスの預かった仕事なのだろう?」
そう言って殿下は私の手から、持っていた仕事の荷物を取り上げた。
「ここまで運んでくれた礼くらいはする」
「は、はい……ありがとう、ございます?」
私は油断したら飛び出しそうになる心臓を必死に押さえながら、殿下と一緒に執務室へと向かった。
────
「コ……コーヒーを飲まれるのですか!?」
「アンジェリカは嫌いだったか?」
執務室に着くなり殿下が用意させ、私の目の前に出された飲み物はコーヒー。
「いえ、嫌いではないですわ。 ありがとうございます」
そう答えながらも、私の頭の中ははてなマーク。
あれ? 私の知っている限り、殿下は紅茶派だったと思うのだけど……?
いつから、コーヒー好きになったの?
たった半年の国を離れていただけなのに、色々な事が起きて変わっている気がする……
そんな事を思いながらカップに口をつけ飲もうとしてハッと気付く。
「ブ、ブラックコーヒーなんですの?」
「……あ!」
私が驚きの声をあげたので、殿下がハッとする。
「……す、すまない。最近、甘すぎて砂糖が不要だったものだから。用意していなかった……────おい! 砂糖とミルクを持ってこい!」
そう言って慌てて砂糖とミルクを持ってこさせていた。
砂糖が要らないだなんて……
甘い物が好きだったはずなのに……どうしてしまったの?
何だか殿下が知らない人になってしまったように見えてしまって寂しい。
そうしてシュンッと落ち込んでいると、また頭を撫でられた。
「……!?」
「え、あ……すまない。アンジェリカが落ち込んでいるような気がして」
「……殿下」
「そ、その元気を出してくれ……今は色々難しいかもしれないが」
「え……?」
今は元気になるのが難しい? どういう意味かしら?
私が顔を上げると殿下とパチッと目が合う。
殿下は少し恥ずかしそうに目を逸らしながら口をモゴモゴさせて言った。
「ア、アンジェリカは、だ、大事な幼なじみだからな! 落ち込んだ顔を見るのは……その………わ、私として、も……だ」
「…………ふふ」
「な、なんで笑う!?」
だって殿下ったら、こうやってなんだかんだで優しい所とか、ちょっと不器用な所とか全然変わっていないんだもの。
「……だって……ふふ」
「ア、アンジェリカ……?」
───ああ、困ったわ。私、やっぱりあなたの事が好きみたい。
再度、気付かされた自分の恋心に私の心は大きく揺れた。
だけど、殿下の口から何度も出ていた“天使”という言葉。
そして、殿下の新たな縁談話───が、この先の私の気持ちに大きな混乱を巻き起こす事になるなんて、この時は思いもしなかった。
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