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2. 帰国してみたら……

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「え?  結婚どころか婚約発表すらしていないですって?」
「ああ。王家からも殿下からもなんの発表も無いままだった」

  半年後、予定通り帰国した私が聞かされたのは、好きだった殿下の結婚──どころか、半年前と何一つ変わっていない状況だった。

「ああ、そうだ……殿下では無いが、側近のトゥマサール公爵家の令息、ユリウス殿は結婚したぞ!」
「ええ!?」

  私は純粋に驚いた。
  あの……あのユリウス様が結婚!?
  殿下と従兄弟同士で、側近でもある彼は、私のもう一人の幼なじみでもある。

「私、政治的バランスを考えてユリウス様は殿下が結婚するまではしないものだと」
「そう思われていたが……突然の発表でな」
「あ、相手はどこの令嬢なのです?」
「それが……」

  お父様が、ううむ……と顔を顰めた。
  そんなに問題のある方が相手なの?  と思ったら、

「スティスラド伯爵家の次女なんだ」
「え?」
「それも、かなりユリウス殿がメロメロらしくてな……」
「ユリウス……様が、メロメロ?」

  信じられない言葉だと私は思った。
  女性より仕事が命!  みたいな顔をしたあの人が……奥様にメロメロ?
  それも、妹とは言え、またスティスラド伯爵家よ。殿下と公爵令息を骨抜きにした美人姉妹って事!?  恐ろしすぎるわ。

「スティスラド伯爵家って何者なの……」
「詳しくは知らぬ」
「あれ、でも……」

  姉のリデル様の事は言うまでもなく……だけど、妹嬢がいたなんて初耳だわ。
  社交界でも会った記憶が無い。
  なぜかしら?

「アンジェリカ?」
「あ、いえ……何でもないわ。それよりも(あの美貌だけが取り柄の)のリデル様と殿下はどうなっているの?」
「相変わらず噂ばかりが先行している状態だ。だが、それももうすぐハッキリするだろう」
「どういう事ですの……?」

   困惑する私にお父様が一通のパーティーの招待状を見せて来た。

「……?  お父様、それは……」
「今度開かれるパーティーなんだが。何でもここで、遂に殿下の婚約者が発表されると噂になっている」
「……え?」

  発表は今からだったの?  と、私は留学のタイミングを間違えたと大きく後悔した。

「ただ……不思議なんだが、このパーティーに参加していない者は婚約者候補にはなれない、なんて話もあってな……正直よく意味が分からんのだ」
「……?  まさか、婚約者は決まっていない……?」

  馬鹿な私はその事に胸をときめかせそうになってしまう。

  殿下を諦めるのに半年では全然足りなかったみたいだわ。
  ……結局、留学先でも素敵な出会いなんて無かった。
  皆、私の顔を見ると“無理”とだけ言って去っていってしまうんだもの。

「そうなのかもしれん……」
「……そんな!」

  何が何だかよく分からないまま、私は急遽そのパーティーに参加する事になった。

  しかし、そこで私が見たものは、ずっと婚約者に決定したと思っていたスティスラド伯爵令嬢リデル様の本性と、殿下にとっての本当の想い人……“天使”の存在だった───



❋❋❋❋



  そのパーティーは波乱に満ちていた。


「いいこと?  私はね?  この誰もが振り返るような美貌で王太子妃になる事が約束されたも当然の……」
「…………なれないよ」
「……はぁ?」
「…………君はなれない。そんな資格は初めから無いからね」
「資格ですって?  ふざけないでよ!  誰よ!?  そんな好き勝手な事を言うのは!  黙っていなさいよ!」

  自分は王太子妃になる人間なのだと高らかに叫んだスティスラド伯爵令嬢リデル様に向かって、なんと王太子殿下が、真っ向から否定した。

「この私に向かって何様のつもり────……!?」
「うーん、好き勝手な事を言ったつもりはないのだけどなぁ」
「え、あっ……お、お……」

  殿下の登場にリデル様の顔は盛大に引き攣った。

「何様ではなくて……王太子様?  かな。どうも、スティスラド伯爵令嬢。賑やかだね」

  王太子殿下は冷ややかな目をリデル様に向けていて、その目に睨まれたリデル様の顔は一瞬で真っ青になった。
  
「あ……う、そ……何で……」

  ───リデル様は完全にパニックに陥っているけれど、それはこの様子を見せられている私達も同じだった。
  皆、唖然呆然とした顔でこの成り行きを黙って見ている事しか出来ない。


  スティスラド伯爵令嬢は王太子妃になれない?
  それって、殿下は婚約者として彼女を選んでいたわけではなかったという事?
   
  殿下とリデル様の二人の話は続く。

「……スティスラド伯爵令嬢、逆に聞きたいけれど……せっかくのパーティーで、ここまでの騒ぎにしておいて私が出て来ないとでも思っていたのかい?」
「……そっ!  それ、は」

  リデル様の声はガタガタに震えていた。
  私は悟る。
  これは、疚しい事があった人がとる時の行動だわ……と。
  
「それから、ずっと聞きたかったのだけどね。何故か君は昔から周囲に自分の事を“未来の王太子妃”だと言っているそうだね?  いったいその話はどこから来たのだろう?」
「……知っ……!」
「不思議だよね?  これまで君とまともに話をした記憶は無いし、私は何かを表明した記憶も無いのだけど?」
「あ……う……」
「何か勘違いさせるような行動をとった事もないはずなのだけど?」
「……う」

  王太子殿下は笑顔でリデル様を追い詰めていた。
  私は殿下のその言葉にびっくりしていた。

  ───これまで、まともに話した事も無かったですって!?

  そうなると、リデル様は単なる大ホラ吹きの嘘つきとなる……
  勝手に私を含めた多くの令嬢達が勘違いして騙されていた……?
  そうして、私はようやくここで殿下がこのパーティーを開いた意図を理解した。

  スティスラド伯爵令嬢リデル様を公の場で追い詰める事が目的だったのね!?

  なら、まだ私にも妃になれる可能性は残っている?
  私の脳内に、さっき半年ぶりに会って挨拶した時の殿下の顔が浮かぶ。


────


『アンジェリカ、留学していたそうだね?』
『ご無沙汰しておりますわ。半年ほどでしたが、ディティール国に留学しておりました』
『さすが、アンジェリカだな』
『!』

  昔と変わらない笑顔を見せてくれた殿下にうっかりときめきそうになった。

『……ああ、そうだ、君がいなかったこの半年の間にユリウスが結婚したんだ。それで、その……』

  殿下は何故か躊躇いがちにユリウス様の結婚の話題を口にされた。

『はい、父から聞きましたわ。突然の話だったそうですね』
『そうなんだ……で、だ』
『何でも奥様の事を目に入れても痛くないほど可愛がられているとか……』
『あ、ああ……天使だった…………はっ!  で、ではなく、その……』

  天……?
  さっき、ユリウス様と一緒に殿下に挨拶している彼女……ルチア様を見かけたわ。
  びっくりするくらい姉のリデル様と似ていなくて、可愛らしくそして美しくもあり綺麗な方だった。
  ユリウス様がメロメロになったという話も納得よ。心から頷いたわ。

『そ、その、アンジェリカ、君は大丈夫なのか?』
『何がですの?』

  どうして殿下が困った様な顔をしているのかしら?
  私は本気で意味が分からず首を傾げた。

『ユリウスの結婚だ。ショックを受けたりは……』
『ショックですか?  (先を越されて)ショックはショックですけれど……』

  絶対、最後に結婚する人……それも政略結婚と思っていたからびっくりよ。
  だってどう見ても、あのデレデレは政略結婚じゃないでしょう?

『やはりそうか……』
『?』


────


  何故か殿下はそこで神妙な顔をして黙り込んでしまったのよね……
  そのまま、挨拶の時間が終わってしまったけれどあれは何だったのかしら。

  それよりも、気になるのはユリウス様の奥方であるルチア様に向けて殿下が口にされた“天使”という言葉。
  あれはどういう──?

  ずっと婚約者になるとばかり思っていたリデル様の件が誤解だったと分かって安堵したものの、今度は私の頭の中で“天使”というフレーズばかりが繰り返されていた。
  
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